第1638話 彼は最後まで諦めなかった
この星の人々の祈りが、日向のもとへ届けられている頃。
狭山誠はシャオランを殺害し、彼の遺体を調べていた。
彼が回収した『太陽の牙』を探し、破壊するために。
……ところが。
「……無い。おかしい、無いぞ。シャオランくんは『太陽の牙』を持っていない……」
狭山がそうつぶやいた。
隅々まで探したが、シャオランは『太陽の牙』を持っていなかったのだ。もちろん、先ほど狭山がシャオランの腹部を貫いた時、一緒に破壊してしまったというわけでもない。間違いなく、そのような手ごたえはなかった。
そして狭山は、ハッとした表情を浮かべた。
「ああ……そうか、そういうことか! これは一本取られたどころの話じゃないなぁ! 下手をすると三本先取されたか……? とにかく、今すぐ移動するとしよう!」
そう言うと、狭山は”瞬間移動”で姿を消した。
◆ ◆ ◆
一方こちらは、日影とエヴァ。
日影は、瀕死状態のエヴァを両腕で抱え上げながら、シャオランと別れた場所から移動していた。
日影の腕の中のエヴァは、もう息も絶え絶えだ。瞼も閉じたりわずかに開いたりを繰り返しており、もはやいつ二度と目を開けなくなるか分かったものではない。
そんなエヴァに、日影は声をかけた。
「お前に言われたから、とにかく逃げてるけどよ……どこまで逃げりゃいいんだエヴァ?」
「とにかく……ひたすら遠くへ……。狭山誠が、追ってこれないくらい……」
「分かった。しかし……シャオランはどうするつもりなんだ……? 日向の野郎の『太陽の牙』を狭山に渡さないために逃げたんだよな? だが、さっきの狭山の、あの速さ……。たぶん一分もかからず追いつかれちまうぞ……。アイツだってそれくらい分かってるだろうに……クソッ、怖がりなアイツらしくねぇぜ……」
結果的にシャオランを見捨てる形になってしまい、日影は悪態をついた。その言葉自体はシャオランに向けてのものだが、そのやるせなさは自分自身に向けて。
すると、そんな日影にエヴァが話しかけてきた。
もう一言発するだけでも辛いだろうに、それでも。
「日影……シャオランは……」
「戻ってきてねぇよ……。今の狭山に追われた以上、もうアイツも……」
「違い、ます……。シャオランが……これを……」
そう言ってエヴァがローブの袖から取り出したのは、なんと日向の『太陽の牙』だった。折れた刀身の根元と柄だけが残った、しかしほんのりと温かい残骸だ。
「お前、それ……シャオランが持ってるはずなんじゃ……」
「あなたが、意識を回復させる、前……。シャオランが、こっそりと私に、渡したんです……」
「それで、まだアイツが持ってると狭山に思い込ませて、オレたちと一緒に『太陽の牙』も狭山から引き離したっつうのか!?」
「この、剣……。少しずつ、温かくなっていくような、感じが……。シャオランはきっと、日向の復活を、信じて……」
「あの野郎……! 狭山に怖がってたのも、命乞いも、全部演技だったってのか……! アイツはまだ、オレたちの勝利を諦めちゃいなかった……!」
……が、その時。
空から赤黒い光線が飛んできて、日影たちの背後に着弾。
着弾した光線は大爆発を起こし、日影とエヴァを吹き飛ばしてしまった。
「ぐぁぁッ!?」
叫び声を上げながら宙を舞った日影。
エヴァは、何の声も発しなかった。
日影は受け身も取れず、派手に地面に叩きつけられた。
エヴァも同じく叩きつけられ、そのまま動かなくなってしまった。
彼女が持っていた『太陽の牙』も、地面の上に放り出された。
「エヴァ……おい、しっかりしろ……」
自身もまだ起き上がれないながらも、エヴァに声をかける日影。
だが、彼女はもう、うめき声の一つもあげてくれない。
そうしている間に、日影たちの背後に、空から狭山誠が降り立った。
「探したよ二人とも。いやはや、完全に騙された。『太陽の牙』を持っているのは君たちだったか」
「狭山……チクショウッ……!」
日影は、軋む全身に鞭打って、歯を食いしばりながらどうにか立ち上がった。爆風と共に日影を侵した”怨気”が、今も彼の肉体を蝕んでいる。
立っているだけで血を吐きそうだ。
それでも日影は気力を振り絞り、狭山の前に立ちはだかってみせる。
「おら……かかってこいよ狭山……。まさかそれだけの力を持っておいて、こんなゴミみてぇな存在のオレをビビッて避けるなんてこたぁしねぇよなぁ……?」
「それじゃあ遠慮なく」
そう答えた瞬間、狭山は日影の心臓に貫手を突き刺した。槍のような五指が日影の胸に食い込み、心臓を貫き、背中までぶち抜いてしまった。
「がッ……!?」
「ごめんね、急いでるんだ。早くあの剣を壊さないと、どうにも嫌な予感がする」
そう言って狭山は、日影を串刺しにした右腕を引き抜こうとした。
しかし日影は、串刺しにされながらも狭山にもたれかかり、両腕で彼の身体を捕まえる。日影の全身に付着した血で、狭山の衣服が汚れた。
「まだ……だぜ……」
「心臓が壊れたのに、よく動くねぇ」
すると狭山は、日影に突き刺していた右腕を右へ動かし、日影の胸部を切り開いてしまった。
「が……はぁ……ッ……」
しがみつくように狭山を捕まえていた日影だったが、その身体がぐらりと倒れた。
……と思いきや、日影は狭山の足に縋りつくようにして、再び狭山を両腕で拘束。
「は……ごほっ……」
もう挑発の言葉を吐く余裕もまったくないらしく、まさに絶命寸前といった表情で狭山を捕まえている日影。切り開かれた胸部からの出血と、口からの吐血が止まらない。
そんな日影を無理やり引き剥がそうと、狭山は彼の頭頂部に右手を置いた。
その時、ふと狭山の動きが止まる。
そして、不意に日影の頭をなで始めた。
「……話の流れではあったけれど、君はこの戦いの中で、自分を父と呼んでくれたね。形容詞にクソと付いていたけど。日向くんから受け継いだ記憶の中ではともかく、君はきっと、こういう風に父親から頭をなでられたこともなかったのだろうね」
「…………。」
狭山にそう声を掛けられ、頭をなでられているが、日影は何の言葉も発しない。ただひたすら、いつ動かなくなってもおかしくない死人の顔で、狭山を捕まえ続けている。
「君と、的井さんと、あとついでに倉間さん。君たちとあのマモノ対策室十字市支部で過ごした日々は、自分に第二の家族ができたような、本当にかけがえのないものだった」
「…………狭……山……」
「ありがとう日影くん。こんな自分に、あんなにも素敵な時間をくれて」
そう伝え終えると、狭山はなでていた日影の頭を無理やり右へ百八十度近く傾け、彼の首の骨をへし折った。
とうとう、日影は地面に倒れ伏した。
それを見届けて、狭山は落ちている『太陽の牙』のもとへ向かう。
……が、しかし。
その狭山の足が、何かに引っ掛かったように引っ張られた。
見てみれば、日影の右手が狭山のズボンの裾を掴んでいる。もう日影はうつ伏せに倒れたままだが、それでも手と指だけを動かして、狭山に食いついていた。
「……分かった。君に敬意を表するよ。三人仲良く、葬ろう」
すると狭山は、倒れていた日影の首を掴んで、『太陽の牙』の方へと放り投げた。
その放り投げた日影と、落ちている『太陽の牙』と、その近くで倒れているエヴァを巻き込むため、狭山が右手から特大の”怨気”の光線を発射した。
「お疲れ様、予知夢の子供たち。これで本当に、さようならだ!」