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第1637話 声よ届け、祈りよ届け

 それは、まだ狭山がエヴァから『星の力』を吸収してパワーアップする前。日向たちと狭山が互角の勝負を繰り広げていた時。


 北園は、日向の魂と同調し、彼に力を与えながら、彼の勝利を強く祈っていた。


 その祈りのタイミングで、日向が振るう『太陽の牙』が、ひときわ強く熱を発したように見えたのだ。


 これを見た北園は、思ったのだ。

 それこそが、『太陽の牙』がパワーアップする条件なのではないかと。


 これまで何度か自発的に強化を行ない、新しい機能などを追加していった日向の『太陽の牙』。その強化の条件は、日向自身にもよく分かっていないようだった。


 もしもその強化の条件が「誰かが日向に対して祈りを捧げること」だとしたら、日向が今に至るまで分からなかったのもうなずける。日向が振るう剣なのに、その強化に日向自身はまったく関わっていなかったのだから。彼が特別な行動を取っても、一切の意味は無かったのだから。


 そして、この条件は有り得ない話ではない。

 古来より太陽というものは、地上の人々の信仰を集めるシンボルとされてきた。


 太陽が発する炎を結晶化し、生み出された『太陽の牙』。

 この地球が持つ力を焼き殺すほどの、太陽の性質をそのまま宿した剣。


 であれば、この「誰かの祈り」という強化条件は、太陽の力を持つこの剣にとって、これ以上ないほどに合致する。


 それに気づいた北園は、日向に力を貸しながら”精神感応(テレパシー)”を行使。


 発信対象は、この星に生きる、北園が出会ってきた全ての生命。



◆     ◆     ◆



 ここは夜の日本海海上。

 ヘリコプター空母「ひゅうが」の船内にて。


 ブリーフィングルームに集まっていたマモノ対策室の倉間と的井、そして日向の父の日下部陽介の頭の中に、北園の声が届いた。日向のために祈ってほしいという声が。


「おい今の、北園ちゃんの声じゃなかったか!?」


「間違いないです! ですよね、倉間さん!?」


「ああ、北園の声だった。死んだって聞いてたが……」


「それより、『俺たちの祈りが日向の力になる』って言ってたぞ! そうなのか!?」


「分かりませんが……今ごろ彼らも最終決戦に挑んでいるはず。そんな状況の中で、意味のない”精神感応(テレパシー)”は行わないかと。それに今の声は、とても切羽詰まって、真剣さが感じられました」


「日下部一佐! 艦内放送を頼む! どうせなら、この艦にいる全員で祈ってやろうぜ! あいつらの勝利を!」


「名案だ倉間室長! さっそく操舵室に向かおう!」


 その三人が艦内放送のために操舵室へ向かっている間、船内の一室にいた日向や北園のクラスメイトの少女、小柳カナリアにも北園の声が届いていた。


「よしのんの声だったのです! 祈りが日下部くんの力になる……。つまり、日下部くんのために祈る人間が多ければ多いほど、日下部くんの力が増すのです! けれど、よしのんの”精神感応(テレパシー)”は、よしのんが出会ったことがある人にしか届かないと聞いたことがあるのです」


 するとカナリアは、自分のスマホを取り出した。

 インターネットが回復しているので、動画サイトにアクセス。


 そして彼女はスマホを使って、その場で生放送を開始した。


「わ、わたしも自分にできることをやるのです! 生き残っている人がまだいるのなら、現在についての情報を集めるため、きっとこういった動画サイトを見ている人も世界のどこかに少しはいるはず……。一人か二人だけでもいい! 少しでも、よしのんが知らない人たちに、この事を伝えるのです!」



◆     ◆     ◆



 同時刻、マモノ対策室十字市支部にて。

 ここで待機していたスピカとミオンにも、北園の声は届いていた。


「ねぇスピカちゃん! 今の声って……」


「うん! 北園ちゃんの声だったー! やっぱりあの時、日向くんたちについて行った魂は北園ちゃんだったんだ!」


「それにしても、この声は『幻の大地』から発信しているのよね? ”精神感応(テレパシー)”で声を届けられる距離は使い手それぞれによって変わるけれど、次元を越えて声を届けられるのは最上級の才能だわ。”精神感応(テレパシー)”が、北園ちゃんの最も得意な超能力だったのね」


「きっとこの声も、世界中の皆に届いているんだろうねー。この星の皆の祈りが日向くんの力になる……これはすごいことになりそうな予感!」


 微笑みながら、彼女らもまた日向たちのために祈る。

 彼らの勝利と、無事の帰還を。



◆     ◆     ◆



 ここは夜の九州北部の山間部。

 そこにポツンと建てられた一軒家。


 ここに暮らしているのは九重老人。

 水の九尾の狐のマモノ、スイゲツの飼い主だ。


 人里から遠く離れたこの場所は、奇跡的にレッドラムの襲撃を受けておらず、九重老人も無事だった。


「今……あの時のお嬢ちゃんの声がしたのぉ……。そうか……あの子らは今、大変なことをしておるのじゃろうなぁ。スイゲツは無事じゃろうか……」


 すると、その九重老人に声をかける若者たちの姿が。

 街から避難してきて、偶然にここへたどり着き、九重老人に(かくま)ってもらっている人たちだ。


「おじいさん、どうしたんですか?」


「ま、まさか化け物がここにも!?」


「ほっほ、違うよ。なんと言うか……そう、応援の要請じゃ」


「お、応援の要請?」


「そうじゃ、お前さんたちもあの子らのために祈っておくれ。きっとこの災害を終わらせるために戦ってくれている『太陽の勇者』のためにの」


「『太陽の勇者』って、おじいちゃんが聞かせてくれた、あの作り話の?」


「なんかよく分からないけど、その勇者さんのために祈ればいいのね?」


「爺さんの畑と備蓄のおかげで、俺達は飢えずに生きているんだし、それくらいならお安い御用さ。付き合うよ」


 それから九重老人と若者たちは庭先に出て、遠くの空に向かって手を合わせて、名も顔も知らない勇者の無事を祈り始めた。



◆     ◆     ◆



 日本から遠く離れて、ここはロシア。

 激戦の果てに人類がレッドラムから奪還した、ホログラートミサイル基地。

 

 あの日の戦闘で生き残った人々が、復興の中心拠点として、この基地のインフラ設備を整えてくれた。ちょうど今、近くの街に残っていた食糧を集めたトラックが基地に戻ってきたところである。


 そんな日が暮れた基地の中で、グスタフ大佐と息子のズィークフリドは、北園の声を聞いた。


「今のは……北園良乃の”精神感応(テレパシー)”か? そうか……やはりあの子たちは今、一大決戦に挑んでいる真っ最中なのだな」


「…………。」


「我々も祈ろうズィーク。旅立ってしまったオリガの分まで……いや、あの子ならわざわざ私たちが気を遣わずとも、あの世で勝手に祈ってるかもしれんな、はは」


「…………。」(微笑むズィークフリド)


 北園の声を聞いたのは、この二人だけではない。

 基地の中のほとんどの人間が聞き取ったようだ。

 もちろん、基地奪還戦で活躍したシチェクやイーゴリ、そして車椅子に座っているキールも。


「そうか! あのニホンの若者たちは頑張っているのだな! ではこのシチェク様も祈ってくれよう! 俺様の祈りは他の皆より百倍はパワーがあるぞぉ!」


「絶対、他の人とそう変わらない気がするなぁ。そんな気しかしないコメントだよ」


「いや、案外効果あるかもだぜ? 祈りも思い込みも似たようなモンだろうしな! というわけで、俺の祈りはなんと他の皆より千倍のパワーがある!」


「何だとぉ!? だったらやっぱり俺様は一万倍だ!」


「十万倍!」


「百万倍!」


「千京!」


「おぉい! いきなり意味わからん(けた)に飛ぶのは卑怯だろう!? 京の次の(けた)っていったい何だ!? ええと……一万京っ!」


「はいはい二人とも、そこまでにしてさっさと祈るよー」


 その後、三人は両手を組んで、目を閉じ、静かに祈る。

 三人だけでなく、この基地の全ての人間が、同じように祈っていた。



◆     ◆     ◆



 ここはフランス。

 日向たちが旅の途中で出会ったフランス人女性、ミシェルの家。


「あの時の日本の女の子の声が聞こえたわ! きっともうすぐ世界に平和が戻るのね! ひゃっほーう!」


 ミシェルは家を飛び出し、クルクルとダンスしながら道路へ飛び出す。

 この場所は街の中心地より標高が高く、水に沈んだパリの街を一望できる。


 そんな夕焼けづいた、水に沈んだパリの街に向かって、ミシェルは叫んだ。


「若者たちーっ! 頑張ってねーっ! お姉さんもエールを送るからねーっ! お酒のエールじゃないよーっ! 声援の方だよーっ!」


 その叫び声は、仮にこの街に死んだ人たちの霊魂が残っているのなら、まとめて叩き起こしてしまいそうなくらい、高らかでハキハキとしていた。



◆     ◆     ◆



 スペイン、海に沈んだ首都リスボンの海岸線。


 そこでは、以前、日向たちと行動を共にした、マモノ化した六匹の犬たちが夜空を見上げていた。


 イビザンハウンドのイビと、ピレニアンマスティフのピレが鳴き声を上げる。


『今、あの時のお嬢ちゃんの声が聞こえたぜ!』


『どうやら、最終決戦の最中のようですねぇ』


 二匹の言葉に、のんびりやなスパニッシュマスティフのスパと、気まぐれなラフコリーのラフが返事。


『そうらしいなー。もうすぐ平和が戻るのかね。彼らにはぜひとも勝ってもらわないとなー』


『うーん。しかしどうやら、お嬢さんの緊迫した声を聞くに、苦戦しているみたい? (それがし)たちの応援を必要としているっぽいー』


 そのラフの言葉に、生真面目なシベリアンハスキーのシベと、気弱なポメラニアンのポメがうなずいた。


『この星の未来を思う意志に、人も動物もマモノも関係ないわ。私たちも祈りましょう、彼らの勝利を』


『あの時みたいに一緒にとはいかないけど、この祈りだけでも、君たちと一緒に戦えるのなら!』


 さらに、この六匹の犬たちの近くの海の中から、クジラのマモノのネプチューンと、その娘である子クジラのラティカ。さらにこの二体の知り合いであるチョウチンアンコウのマモノ、ファグリッテも姿を現す。おまけに、島のような巨大クラゲのマモノのアイランドも。


『あの時、娘を取り返してくれた彼らが、まさかこれほどの英雄になるなんて想像すらしなかったですね……』


『そうだね。……ねぇ、ファグリッテさん』


『ああ、任せときな! すでにあの時のジ・アビス討伐隊の連中には声をかけておいた! 皆であの人間たちを応援するよ! あのジ・アビスを倒した時の再現と行こうじゃないか!』


『みなさーん! がんばってくださーい! 平和な地球を取り戻してくださーい!』


 四体が浮かぶ海の底から、優しく(きら)びやかな光が(あふ)れ出てきた。眺めているだけで元気が湧いてくるような、海のマモノたちの祈りの光だった。



◆     ◆     ◆



 そしてここは、アメリカ合衆国。

 国の再興の拠点となっている、合衆国機密兵器開発所。


 ここにいる人々のほとんどが、一斉に北園の声を聞き取った。


「おい今の声! ジャパンのチームの!」


「ああ、ミスキタゾノの声だった!」


「やっぱりあの子ら、頑張ってるんだね!」


 それぞれの作業の手を一斉に止めて、ガヤガヤと騒ぎ出す人々。

 すると、ラップ好きのロドリゴ少尉が唐突に韻を踏み始める。


「YO~! 俺っち祈るぜ、アイツらの勝利! 火を点けてやるぜ、熱い闘志! 皆で祈ろうぜ、俺たち同志!」


「ラップで祈る人間とか前代未聞っすね……」


「ぶふふ……皆が静かに手を組んでる中で、浮きっぷりがヤバイよねぇ」


 ノリノリなロドリゴを見て、肩をすくめるカイン曹長とマイケル曹長。


 一方、こちらはサミュエル中尉とリカルド准尉。


「頑張ってね、日下部くん……! どんな時でも、冷静さを失わないように!」


「ふん。俺は無神論者なのだがな。祈る暇があるなら自分で道を切り開く。それが俺の考え方だ。だが……まぁいい。今回限り入信してやる。奴らのために祈ってやろうじゃないか」


「でも中尉、ゲームのガチャを引くときはけっこう祈るポーズしてません? まぁ、それで当たり引いてるところ見たことないですけど」


「黙れ准尉。神は死んだ。いいな!」


 それからここにいるのは、技術チームのハイネと、ロナルド・カード大統領。そしてARMOUREDのジャックとコーネリアス少尉だ。


「ねーねー! 今の聞いた!? ニホンチームのキタゾノの声だったよー!」


「聞いタ。またミスキタゾノの声を聞けるとはナ。喜ばしい限りダ」


「よし。我々合衆国(ステイツ)、一丸となって日本チームの勝利を祈るぞ。祈りは良い。たとえ気持ちだけであっても、戦場に立つ者たちと一緒に戦い、支えることができる」


「へぇ、おっさん良いコト言うじゃねーか。よっしゃ、このジャック様もいっちょ一肌脱いで、アイツらのために祈ってやりますかね」


 そして、機密兵器開発所にいる数百人の人々が、一斉に祈りを始めた。

 神でも仏でもない、たった一人の少年のために。


「……ファイトだぜヒュウガ。世界が……いいや、この星の全てがオマエらを応援してるんだからよ」



◆     ◆     ◆



(この星のみなさん! どうか日向くんを応援してください! 日向くんたちは今、この星を守るために戦っているんです! みなさんの力を、日向くんに貸してあげてください! それがきっと、今の日向くんの力になるはずですから!)


 北園の声は、本当にたくさんの人々に届いた。

 ちょっと見知っただけの人や、たまたま彼女がすれ違いざまに顔を憶えて、会話すらしたことがない人にまでも。


 マモノたちにも、彼女の声は届いた。

 山に帰っていたグラスホーン。

 インドで日向たちに助けられたスノーバードの雛鳥(ひなどり)たち。

 氷海のペンペラーと、その子分のインペギーたち。


 声を受け取った者たちが、声を受け取っていない者たちにもこのことを伝え、一人、また一人と、日向のために祈ってくれる人が増えていく。あとついでに、カナリアの生配信は同時接続者数五万人を突破した。


 この星の全てが当事者だ。

 木々も、知能を持たない虫たちも、目に見えない微生物さえも。

 日向のために、祈りを送る。


 皆の祈りは金色の粒子となって飛んでいく。

 世界中から、次元を越えて、一人の少年のもとを目指して。


(そこのあなたも……どうか祈ってくれませんか?

 日向くんの勝利を……私たちの未来を……!)

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