第1633話 完全なる死
日向が死亡した。
肉体は血しぶきとなって、この大地の上にまき散らされた。
彼の存在を維持していた『太陽の牙』も、今は柄だけを残して完全に砕かれてしまった。日向の肉体が新たに生成される様子もまったく無い。
日向はもう復活しない。復活できない。
不死身の能力者が、完全な死を迎えてしまったのだ。
残された日影、本堂、シャオランも大いに動揺している。
「アイツ……マジか……死にやがった……」
「グ……ウウ……!」
「ヒューガ……ウソでしょ……?」
シャオランが、足元に転がってきた『太陽の牙』の柄を拾い上げてみる。
これまで日向以外の人間を拒絶してきたその柄は、今はほんのりと熱を発するだけで、シャオランでも簡単に持つことができてしまった。
そして、日向を葬った張本人である狭山は、再び悲しげな微笑みを浮かべながら、日影たちに声をかけてきた。
「さて、日向くんはこの有様だけど、君たちはどうする? どうせ最後にはこの星を殺すんだ。助けてもらうという選択肢はないけれど、この星の最後まで生かしてあげるくらいは許してあげるよ」
そんなこと言っても、君たちは諦めないのだろう。
今の狭山のイントネーションには、そんな感情が込められていたように聞こえた。
そして、やはりと言うか、日影たちは降参しなかった。
エヴァを後ろに下げ、それぞれの得物を構えて、狭山の前に出る。
「アンタも知ってるだろうが、オレは諦めの悪ぃ人間でよ。最後までやらせてもらうぜ」
「グルル……!」
「こ、この星ごと殺すっていうのなら、どこへ逃げたって同じだろうし、ぼ、ボクだって戦うよ! 最後まで!」
「だろうね。君たちならそう答えると思っていた。悲しいほどまでに、君たちはそういう子たちだ」
日影たちの返事を聞いた狭山は、複数の”怨気”の腕を生成。
攻撃は仕掛けず、日影たちを待ち構えるように佇んでいる。
日影たちが動く。
まずは日影が”オーバーヒート”で、正面から狭山に突撃。
本堂は右、シャオランは左から狭山の側面に回り込むよう動く。
「日向は油断してやられちまったが、ようは『太陽の牙』をぶっ壊す、あの次元破壊攻撃とやらに気を付けりゃいいんだろ! やってやらぁッ!」
……が、その時。
日影の身体が、そして『太陽の牙』が、一瞬にしてバラバラになった。
胸から下が無くなり、両腕も肩口から切り落とされてしまった。
腕も、足も、胸から下の腹部や腰も、何等分されたか分からないくらいに細切れだ。
「なん、だとぉ……!?」
まだ心臓と口は残っているので、自然と日影は仰天の言葉を吐いていた。”オーバーヒート”は解除されたが、その勢いは止まらず、上胸と頭部が残った状態のまま日影が前方に飛んでいく。
いったい何をされて身体をバラバラにされたのか、日影はまったく見えなかった。ただ、その直前、狭山の”怨気”の腕の群れがピクリと動いたように見えた。
恐らくはあの瞬間、”怨気”の腕の群れが伸びてきて、その爪で日影を引き裂いてしまったのだ。音速戦闘にも対応できる日影ですらまったく視認できないほどの速度で。そして『太陽の牙』まで破壊されたところを見るに、これも次元干渉の一撃だったのだろう。
飛んできた日影の上半身を、狭山が襟首を掴み上げるようにキャッチ。
「この通りだ。何の変哲もない普通の攻撃を繰り出すだけで、もう君を絶命させるには余りある威力だ」
「て……めぇ……」
「……って、まだ生きてるのかい。驚いたよ。正直、ちょっと気持ち悪いね」
そう言って狭山は、キャッチした日影をシャオランの方に向かって放り投げた。
シャオランの足元に、上半身だけになった日影が転がる。
思わず、シャオランの動きが止まった。
「ひ、ヒカゲ……」
転がった日影を見て、ガクガクと全身が震えだすシャオラン。
先ほど「最後まで戦う」という決意の言葉を発したばかりのはずだが、こんな絶望的な戦力差を見せつけられると、嫌でも恐怖が蘇ってくる。
そんなシャオランを見放したかのように、彼が発していた”空の気質”も消え去ってしまった。
狭山が、シャオランに目を向ける。
シャオランはさらに震え、足腰が立たなくなり、尻もちをついてしまう。
蛇に睨まれた蛙よりも悲惨な状態だ。
そんなシャオランと狭山の間に、本堂が割って入った。
「グルオオオオオッ!!」
「ほ……ホンドー?」
狭山の前に立ちはだかりながら、本堂がシャオランの方を振り返り、視線を投げかけてくる。「此処は任せてお前達は逃げろ」と、そう言っているように見えた。
「う……うわあああああああっ!!」
泣き叫ぶような声を上げて、シャオランは足元の日影と、少し離れた位置で安置していたエヴァを回収。そのまま全速力でこの場から逃げ去った。
この場に残ったのは、本堂と狭山のみ。
狭山が、本堂に声をかけてきた。
「本堂くん、どいてくれ。自分はシャオランくんを追わなくてはならない」
「グオオオオオオッ!!」
そうはさせないとばかりに、本堂が狭山に飛び掛かる。
右腕の刃に、青く輝く超高圧電流を乗せて。
しかしその瞬間、狭山が全身から”怨気”を放つ。
それはまるでスーパーセルかと思うほどの、この一帯全てを巻き込む赤黒いオーラの大嵐だった。
「グウウウウウッ!?」
これを受けて、本堂の足が止まってしまう。
吹き付ける”怨気”が、本堂の身体を崩壊させる。
細胞一つひとつに至るまで、本堂の肉体が破壊されていく。
この”怨気”の嵐の中心にして発生源である狭山は、悲しげな表情で本堂を見ている。
狭山はもう、何の攻撃も繰り出してはいない。
ただ、その身から生まれるエネルギーを発散させているだけ。
普通の人間で言えば、ちょっと大声を上げているくらいの感覚だ。
そんな行動さえも、本堂からすれば絶望的な必殺技以外の何物でもない。
本堂の肉が溶け落ちて、心臓が露わになる。
露わになった瞬間に、心臓も爆風のような”怨気”で消し飛ばされてしまう。
それでも本堂はまだ動く。
右足が崩れ、左腕が崩れても。
残った右手を、狭山に向かって伸ばす。
「オオオオオアアアアアアアアアアアッ!!!」
その叫び声だけを残して。
本堂の肉体は”怨気”の奔流に押し流され、細胞一つ残さず消滅してしまった。
「……さようなら、本堂くん。自分が教えてきた人間の中でも、君は本当に聡明な子だったよ。本当に……教え甲斐のある若者だった……」
”怨気”の発散を止め、静まり返った赤黒い空の下。
狭山は静かに、そうつぶやいた。
本堂仁、死亡。