第1632話 ゲームオーバー
狭山が、エヴァの『星の力』を吸収してしまった。
用済みとなったエヴァは狭山に放り投げられ、日向の前に転がされた。
先ほど”怨気”の腕に殴り飛ばされて、頬の骨が粉砕され、首の骨まで損傷するほどのダメージを受けていた日向。ここでようやく身を起こし、目の前にエヴァが倒れていることに気づく。
「え……エヴァ……ごめん……俺が馬鹿なミスしたばっかりに……!」
まだ足腰が立たず、這ってエヴァのもとに向かう日向。
彼女は『太陽の牙』に腹部を貫かれ、狭山の”怨気”の腕で体内をグチャグチャに破壊された致命傷を負っている。
それでも、まだエヴァは息をしていた。
奇跡的に、彼女は生きている。
「エヴァ……まだ生きてる……! 良かった……! 待ってろ、今すぐ”治癒能力”で回復させてやるから! 頼む、しっかりしてくれ!」
本来、エヴァ自身も”生命”の権能で傷の回復はできたが、『太陽の牙』の炎熱はこの星を殺すことに特化しすぎているため、傷を塞ごうとする『星の力』さえも焼き尽くしてしまう。ゆえに今に至るまで、エヴァ自身では日向の刀傷を回復できなかった。精神エネルギー由来の超能力”治癒能力”であれば、その問題点もクリアできる。
ところが。
日向が”治癒能力”を発動しても、エヴァの傷が塞がらない。
「なんで……なんでだよ……!? どうして傷が治らない!?」
「そりゃあ君、自分の”怨気”の影響だろう」
必死にエヴァを回復させようとしている日向に、いつの間にかすぐ近くまでやって来ていた狭山誠が、そう答えた。
「先ほど彼女から『星の力』を吸い上げる際に、彼女の身体は芯まで”怨気”に侵されてしまった。今も生きているのは驚いているけれど、もう間違いなく助からないよ」
その言葉を聞いて、日向は愕然とした。
狭山が言わずとも、もうエヴァは助からないかもしれないと分かっていた。それでも、その事実を信じたくなくて、どうにか助ける方法を探そうとした。
結局、どれだけ認めたくなくても、現実は変わらない。
エヴァはここで死ぬ。日向のミスがきっかけとなって。
「あ……ぐ……、痛い……痛いよ……」
「エヴァ……ごめん……本当に、ごめんっ……!」
目の前に宿敵たる狭山がいる状況だが、それでも日向は、縋りつくように、エヴァに謝罪せずにはいられなかった。
すると、その日向の謝罪を聞いて、エヴァが返事をしてきた。
「ま……まだ、あなたは、戦えるでしょう……。狭山誠は……まだ立っています……。戦って、ください……。もう動けない、私の分まで……」
「え、エヴァ……」
「う……げほっ、げほっ……!」
もう声を出すのも余命を縮めるほどなのだろう。少し話をしただけで、エヴァが苦しそうに咳き込み、吐血してしまった。
今のエヴァの言葉を受けて、日向は顔を上げ、目の前の狭山を見る。
狭山の表情は、今までと違い、微笑みが消えていた。
これから先の暗い未来に絶望しているような、物憂げな顔をしていた。
ここで、先ほど狭山の衝撃波によって吹き飛ばされた日影、本堂、シャオランの三人が戻ってきた。
戻ってきた三人のうち、最初に口を開いたのはシャオランだ。
震える声で、これ以上ないくらいに戦慄しながら。
「さ……サヤマから感じる気配が……こ、こんなの有り得ない……。この星そのものみたいに、信じられないくらい大きい……!」
「あの野郎、エヴァの『星の力』を吸収しちまったのか……!」
「グルル……」
「見てのとおり、遊星は完全に力を取り戻した。この星が吸収していた『遊星の力』を返してもらった。もうこれで、いつでもこの星を殺せる。そして同時に、君たちにも一切の勝ち目は無くなった。いわゆる、ゲームオーバーだよ。さて……抵抗を諦めて降参するのであれば、せめて楽に殺してあげるけど、どうする?」
狭山に気圧されている三人と、目の前で反抗的な視線を向けている日向に対して、狭山がそう呼び掛けてきた。
すると日向が、エヴァを抱えて、日影たちのもとへ運び、三人に引き渡してきた。
「悪い、ちょっとエヴァを頼む……」
「頼むったって、どうする気だ? 一人でどうにかできんのかよ?」
「”最大火力”を使う。皆が近くにいたら、巻き込んでしまう」
それだけ返事をして、日向は狭山のもとへ戻っていく。
日影たちは仕方なくエヴァを譲り受け、彼女の容態と、日向の様子を見守る。
狭山のすぐ目の前まで戻ってきた日向。
その目には先ほどの絶望感は無く、必ず目の前の敵を倒すという決意だけが宿っている。
「やはり、諦めるつもりはないんだね」
「それが、俺が取らなければならない責任ですから。あなたは絶対にここで倒す」
「悪いけど、それはもう無理だ」
先ほどまでの狭山なら、今の日向の意志を聞けば喜ぶ様子を見せたかもしれない。しかし今は、完全に心が冷め切っている様子だ。日向のことを、悲しいものを見ているかのようである。マモノ災害の時期も含めて、彼がこのような表情をしているのは今まで見たことがなかった。
それでも日向は止まらない。止まるわけにはいかなかった。
両手で『太陽の牙』の柄を握りしめ、狭山の脳天を狙って振り下ろす。
「太陽の牙……”最大火力”ッ!!」
剣を振るうと同時に凶悪なまでの熱波が発生し、その刀身が緋色に輝き、長大に伸びる。太陽そのものを思わせる光と熱を発するその剣が、狭山に迫る。
すると狭山は”怨気”を噴出。
赤黒いオーラが一本の大きな腕を生成し、日向の『太陽の牙』を掴みにかかる。
その結果。
”怨気”の腕が、ギガイグニート状態の『太陽の牙』を掴んで止めてしまった。
「なっ……!? つ、掴んだ……!? 山だって消し飛ばす熱量なのに……!」
これまであらゆる敵を問答無用で焼き斬ってきた緋色の光剣が、ビクともしない。刀身から発せられる凶悪な熱波も、狭山の身体から噴出する異常な出力の”怨気”が完全に遮断してしまっている。
「今の自分は『この星そのものだっていつでも殺せる』と言っただろう。それほどなんだ、星の本来の力というものは。自分で言うのもなんだけど、神そのものの力と言っても過言ではない。『星の力』は『太陽』の炎に焼き尽くされるものだけど、所詮は欠片に過ぎない『太陽の牙』と、この大きな星の百パーセントの力であれば、『惑星』と『太陽』の相性差は覆せる」
狭山の言葉の終わりと共に、『太陽の牙』を掴んでいる”怨気”の腕が、その握る手にさらなる力を込めた。
その瞬間。
バキャッ、という音と共に、『太陽の牙』の刀身が砕け散った。
「…………は?」
唖然としてしまう日向。
緋色の光剣の破片が複数枚、虚しく宙を舞っている。
さっきまで刀身から発せられていた熱波が、夢だったかのように冷めていく。
日向は腰が抜けたように、その場で尻もちをついてしまった。
右手に持つ『太陽の牙』は刀身が消えて、もう柄しか残っていない。
「空間ごと『太陽の牙』を粉砕したんだ。その剣は、製作した自分でさえ破壊できないほど頑丈だったけれど、さすがに次元にまで干渉すれば、耐えられなかったみたいだね」
その狭山の言葉を、日向は上の空で聞いていた。
柄だけになった『太陽の牙』を、呆然と見つめている。
日向の身体が透け始めている。
彼の本体でもある『太陽の牙』が壊されて、存在が維持できなくなってきたのだろうか。
先ほどまで決意だけが宿っていた彼の瞳は、完全に絶望と諦観に上塗りされていた。
「さて……日向くん。最後に何か言い残すことはあるかい?」
ここで再び微笑みを見せて、狭山がそう尋ねてきた。
微笑んではいたが、やはりその笑みは悲しそうなものだった。
「…………もう、何も言えません」
数拍置いて、ようやく絞り出したように、日向はそう答えた。
「そっか。それじゃあ……お疲れさま」
狭山は、日向にそう告げた。
そして、先ほど『太陽の牙』を握り潰した大きな”怨気”の腕がスイングされる。
”怨気”の手のひらが、日向に叩きつけられた。
その瞬間、日向の全身が血しぶきとなって飛び散った。
柄だけになっていた『太陽の牙』は、血しぶきとなった日向と一緒に空中を舞い、後方にいる日影たちの前に転がった。