第1631話 致命的なミス
狭山にトドメを刺そうとした日向に、なぜか北園が制止を呼び掛けた。
しかし、それは間に合わず、燃え盛る『太陽の牙』は狭山の身体を刺し貫いた。
「……お疲れさま、日向くん。零番目の『星殺し』。ようやく君は、自分が定めた本来の役割を果たしてくれた。この星の心臓を貫くという役割を」
狭山が日向に声をかけてきた。
だがその声は、目の前の狭山が発したものではない。
日向の背後から聞こえてきた。
すぐさま後ろを振り向く日向。
そこには、今の声の主であろう狭山が立っていた。
「狭山さん……? じゃあ、俺がいま突き刺したのは……!?」
再び顔を正面へ戻し、『太陽の牙』で貫いた一人目の狭山の姿を確認する日向。
そこにいたのは、狭山ではなかった。
日向に刺し貫かれていたのは、エヴァだったのだ。
「ひ……日、向……」
「エヴァ……な、なんで、どうして……」
日向の『太陽の牙』を持つ手がガタガタと震えだす。
呼吸が荒れ始め、頭の中が真っ白になる。
先ほどの爆発をそれぞれ凌いだ他の仲間たちも日向の周りに集まり、日向に対して驚愕の視線を向けていた。
「日向……お前、何してんだ……!?」
「ひ、ヒューガ……!」
「ガルル……」
「ち、違うんだ……! さっきまで、そこにいたのは絶対に狭山さんだった! な、何が、いったい何が……!」
仲間たちのただならぬ視線を受けて、日向も慌てて弁明する。
目の前のエヴァをどうにかすることも忘れて。
そんな日向に、狭山が再び背後から声をかけてきた。
「先ほどの撃ち合いの直前、君に”幻覚”の超能力を使ったのさ」
その言葉に、日向は思い当たる節があった。”星殺閃光”を放つ直前、至近距離に迫ってきた狭山の右眼が妖しく光ったのを見た。恐らくあの時に超能力を使われたのだ。
日向には”再生の炎”があり、相手が日向に洗脳系の超能力を仕掛けても、その相手の方が逆に熱で焼かれて反撃されてしまうという特性が存在する。かつてロシアで戦ったオリガも、日向を洗脳しようとして、自身の眼を焼かれていた。
狭山もそれを知っている。
だから、狭山は日向に洗脳系の超能力は使ってこないと考えていた。
その思い込みを利用されてしまった。
彼は自分の右眼が焼かれるのを承知の上で、日向に超能力を仕掛けてきた。幻覚を見せている間、ずっと右眼を焼かれ続けていただろうに、そんなこともお構いなしで。
「超能力を使って、君には『エヴァちゃんが自分に見える』よう幻覚を見せておいた。そして、自分自身はあの大爆発で姿をくらませ、君がエヴァちゃんに襲い掛かるよう誘導した。幻覚を見ていなかった他の皆からは、君がなぜか一直線にエヴァちゃんに攻撃を仕掛けたように見えただろうね」
「だ……だまし討ちじゃないですか、こんなの……。嘘はつかないんじゃなかったんですか……!」
「そう。自分は嘘はつかない。つきたくない。因果応報、人を騙せば必ず自分にも報いが返ってくるからね。けれど君たちに勝つには、その信念も曲げなければならないと判断した」
「こ、この……っ!」
何か罵倒の言葉を投げかけようとした日向だったが、それよりも早く狭山が再び言葉を発する。
「けれど、そもそもこれは君のミスだ。自分がこういう手も使えるということ自体は、予想するのは難しくなかったはずだろう? その予想をせずに、君は勝利を急いでしまった。少し冷静になって立ち止まれば、この結末は防げたかもしれなかったのに」
「そ、それは……」
何か言い訳をしようとして、ふと日向は思う。
狭山の言葉に間違いはない。自分は狭山の策を予想できなかった。
狭山の能力の強大さと危険性は、日向もよく知っている。普段の日向であれば、このような展開になることを警戒して、狭山にトドメを刺すのを待ったかもしれない。
どうして今回に限って、狭山の策を予想できなかったのだろうか。
それはきっと、狭山がここまでの戦いで、ほぼ一貫して力押しの戦闘を仕掛けてきたからだ。多少の駆け引きや搦め手は使ってきたものの、このような明らかなだまし討ちはまったく使ってこなかった。
普段から彼が掲げている「人を騙さない」という信条もあって、狭山はそのようなラフプレーは仕掛けてこないものだと、無意識のうちに思い込まされてしまった。
そして何より、「あの狭山に勝てる」という高揚と興奮が、日向に勝負を急がせてしまった。
「…………最初から、この展開に持っていくのが狙いだったんですか?」
絞り出したような声で、日向は狭山にそう尋ねた。
「できれば実行したくない一手だったけどね。誇ってもらっていい。君たちは自分に、ここまでさせたんだ」
先ほどまでの高揚と興奮が、嘘のように冷めていく。
最初から自分たちは、この師の手のひらの上で踊っていただけだったのだ。
返事を終えた狭山は、日向の首根っこを掴み、彼を後方へ引き剥がすように放り投げた。
「わっ……!?」
いきなり投げられ、地面を転がる日向。
そこでようやく我に返る。
このままではエヴァが危ない。
「致命傷を負っているだけじゃない。このままだと、狭山さんがエヴァの『星の力』を奪ってしまう……!」
急いで狭山に攻撃を仕掛けようとした日向だが、『太陽の牙』はまだエヴァの身体に突き刺さったままだ。手元に呼び戻すことはできるが、そうすると刀身が塞いでいるエヴァの傷口から大量出血してしまうかもしれない。
そんな日向の視線に気づいたのか、狭山がまた声をかけてきた。
「『太陽の牙』を使うのかい? ほら、どうぞ」
そう言うと彼は、エヴァの身体から無理やり『太陽の牙』を引き抜いて、日向に投げてよこした。
「あがっ……!?」
「え、エヴァっ!」
剣を引き抜かれ、エヴァの身体から大量の血が噴き出す。
それを見て思わず動揺し、声をかける日向。
その日向を狙って、狭山の”怨気”の腕が素早く伸びて、日向を殴り飛ばしてしまった。
「ぐっ!?」
さらに、エヴァを助けるために動こうとした日影、本堂、シャオランの三人にも、狭山は同時に攻撃を仕掛けた。”吹雪”の権能を行使して、三人を空間ごと凍らせてしまったのだ。
「グ、グウウ……!?」
「かはっ……つ、冷たい……!? これじゃ動けないよぉ……! 空の練気法”無間”も、拳を振るえないんじゃ使えない……!」
「クソッ……たれぇッ……!!」
日影だけは”オーバーヒート”を発動し、氷を溶かして脱出。
その間に狭山は、エヴァにたくさんの”怨気”の腕を伸ばし、その爪を突き立て、彼女の身体から『星の力』を吸い上げている最中だった。
「あ……あああああっ……!? い、痛いっ、痛いっ! うああああああ!!」
「前もこうやって君から『星の力』を吸い上げて、君は心が壊れちゃったんだっけ。まぁ今回はあの時の半分程度の量だし、ギリギリ耐えられるんじゃないかな」
「やめやがれぇぇぇッ!!」
日影が音速で狭山に突撃するが、狭山は”怨気”の腕に”地震”の震動エネルギーを宿し、向かってきた日影に叩きつけた。
音速の激突も、大地を揺るがすエネルギーには勝てず。
空間をも震わせる衝撃波と共に、日影は吹き飛ばされてしまった。
衝撃波は日影だけでなく、その先にいた氷漬けの本堂やシャオランまで巻き込む。
「ぐぁぁッ!?」
「グオオオッ!?」
「わぁぁ!?」
……そして。
狭山がエヴァの身体から”怨気”の腕を引き抜き、彼女を日向の方へ放り投げた。空になったスナック菓子の袋を投げ捨てるように。
「……これでおしまいだ。君たちと、この星の敗北が確定した」
そう告げる狭山からは、息もできなくなりそうなくらいの、莫大な量のエネルギーが発せられていた。