第1629話 牙が届く
日向の技であるはずの”最大火力”を日影が使用し、狭山の身体を貫いた。
なぜ日影が、日向の”最大火力”を使用できたのか。
先ほど日向が”最大火力”を発動しながら『太陽の牙』を狭山めがけて投げつけ、それを狭山に弾き飛ばされてしまった時、その日向の『太陽の牙』を日影が回収していたのである。
そしてこっそり自分の『太陽の牙』と日向の『太陽の牙』を持ち替え、こうして狭山に攻撃を仕掛けたのである。日向の技は、日影は使えない……その固定概念を逆手に取るために。
日下部日向と、『太陽の牙』。
主となっているのは『太陽の牙』で、日向は『太陽の牙』を振るうための機構として、剣の方に取り込まれている。
ゆえに、異能の主体となっているのは剣の方。
日向でなくとも、剣を手に取る誰かがいれば、日向の技は発動できる。
マモノ対策室十字市支部にて、事前に打ち合わせたコンビネーションだ。
懸念点だったのは二つ。
一つは『太陽の牙』の、正式ではない持ち主に対する拒絶反応。
これは日影が気合いで無理やり耐えてくれた。
もう一つは、”最大火力”発動の際には凶悪な熱波がまき散らされ、それに日影が耐えられるかどうかだったが、”オーバーヒート”で纏っていた炎が盾になってくれたようだ。それでも日影自身も大火傷を負ってしまったが。
そんな日影の捨て身の甲斐もあって、”最大火力”によって生成された緋色の光剣は、見事に狭山の身体の正中線を捉えた。
……と思われたが、狭山もギリギリのところで日向たちの狙いに気づき、身体を横へ逃がしていた。そのため、身体のど真ん中は外され、左わき腹を引き裂くだけに終わってしまった。
とはいえ、これは狭山も相当なダメージを受けたようだ。
これまで以上に大きく飛び退き、日向たちから距離を取る。
そして右手で左わき腹を押さえ、苦しみ始めた。
「ぐぅぅぅ……! はは……やるじゃないか……! 見事に裏をかかれてしまった……!」
微笑みながらそう言ってみせるが、その笑みには明らかに余裕がない。加えて、彼が生成した複数の”怨気”の腕が、のたうち回るように周囲に拳を叩きつけ、地盤を破壊している。足元の”怨気”の手も、痛みと怒りをこらえるように地面に爪を立て、土を抉り、握りしめている。
効いている。
その実感を得た日向たちは、言葉を掛け合わずとも士気が上がった。
このままいけば狭山を倒せるかもしれない。
この長く続いた戦いの日々が終わるかもしれない。
そして、それ以上に、超えられないと思っていたこの恩師を、遂に超えられるかもしれない。
高揚せずにはいられない。
自然と、日向たちの攻めの姿勢がさらに強くなる。
日向たちが攻勢を強めてくるのを察知したか、狭山が”怨気”の翼を広げて飛翔。天に向かって手を掲げ、血のように赤い”怨気”の雨を降らせてきた。
雨とは言うが、実際には空から赤い槍が高速射出されて降り注いでくるようなものだ。その威力は凄まじく、地上全域が攻撃範囲のため逃げ場もない。
さらに、赤黒い空から”怨気”の雷も次々と落ちる。
岩をも穿つ鋭い赤雨と、赤黒い雷が降り注ぐ地上。
地獄。それ以外に似合う言葉が見つからないような光景だ。
これに対して、日向がドーム状のバリアーを生成。
彼の側に寄ってきた本堂、シャオラン、エヴァも一緒に匿う。
日影だけは日向たちから距離を取り、”オーバーヒート”で狭山を追う。
「念障壁、三重球状展開!」
ドーム状の、三枚のバリアーが日向たちを包み込む。
ヴェルデュ化を経て極限までに高められた北園の精神エネルギーは、とうとう全盛期のスピカと同じく、バリアーの三枚同時展開を可能にした。
展開したバリアーに次々と赤雨と赤黒い雷が叩きつけられるが、まだまだバリアーが破壊される様子はない。
その間にエヴァが『星の力』を行使し、狭山から天候のコントロール権の奪取に取り掛かる。
一方、バリアーに入らなかった日影は、狭山と空中戦を繰り広げていた。降り注ぐ”怨気”の雨と雷は、その身から発する超高熱の炎で蒸発させ、打ち払う。ちなみに当然ながら、すでに日向の『太陽の牙』は日向に返し、自身は自分の『太陽の牙』に持ち替えている。
日影は”オーバーヒート”による能力で。
狭山は背中に発生させた左右二枚ずつ、計四枚の”怨気”の翼で。
それぞれ音速で飛び回り、空で激しくぶつかり合う。
『太陽の牙』と”怨気”の剣が、衝突し合って火花を散らす。
「分かってんだぜ。テメェの肉体はいくらでも再生できるが、そのたびにテメェの魂はエネルギーを消費する。その魂のエネルギーの残量が、テメェの生命力に直結している。今のテメェの肉体は、もう魂を保管し、守るための殻でしかない。肉体の中の魂こそがテメェの本体だ。さっきテメェは”最大火力”の熱を受けた。魂もゴッソリ削られたんだろ!」
「そう思うかい? その通りさ! けれど、まだまだだよ! 自分たちの怨嗟と憤怒は、この程度では燃え尽きない!」
狭山が日影の上を取った。
真下にいる日影に向かって、右の翼を大きく振り抜く。
振り抜かれた翼から、巨大な”怨気”の真空刃が放たれた。
「ちッ……!」
これは危険な攻撃と判断して、日影は素直に回避。
回避された真空刃は地上に着弾し、大地に地割れかと思うほどの大きな切れ込みを刻んだ。
するとここで、”怨気”の雨と雷が止んだ。
エヴァが天候のコントロール権を狭山から奪ったのだ。
「日影くんに気を取られすぎたか。さて……これ以上あの子たちに勢いづかれる前に、そろそろ自分としても勝負を決めたいところだ。ここから終わらせるには、どう持っていけばいいかな。また先ほどの雨を再利用してレッドラムを三千体ほど……いや、ここでレッドラム生成のために自分の魂を分散すると、自分自身の”怨気”の出力が落ちるな。日向くんに火力負けする可能性が出てくる。そもそも雑兵をいくら増やしても、エヴァちゃんの”ラグナロクの大火”で一掃されるか」
日影と戦いながら思考を巡らせていた狭山の背後に、蒼い渦が現れた。エヴァが開いた次元のゲートだ。
その蒼い渦の向こうから本堂が出てきて、狭山に飛び掛かる。
「グオオオオッ!!」
「さすがにそれは短絡だよ」
狭山もすぐに本堂の接近に気づき、迎撃の用意。
しかし、狭山が本堂の方を向いた瞬間、彼のすぐ後ろにもう一つ、小さな次元のゲートが開く。人間の腕を一本入れるのがやっとくらいの、小さなゲートだ。
そのゲートにシャオランが拳を突き入れて、狭山の背中を殴打。
「やぁッ!!」
「おっと、なるほど……! 訂正しよう、さすが君たちは常に創意工夫を怠らないね……!」
脊髄に衝撃が走り、狭山の動きが止まる。
その間に本堂は狭山に接近し、彼を両腕でガッチリと捕まえた。
そのままベアハッグの形で、全身を使って本堂は狭山をへし折りにかかる。
同時に全身から超高圧電流も発し、狭山にダメージを与える。
狭山が発する”怨気”が本堂を急速に蝕むが、構うことなく狭山を絞め続ける。
「グルオオオオオッ!!」
「ははは! 熱い抱擁だね!」
戦車もスクラップにするであろうパワーで絞め上げられ、街が停電するほどの電量を浴びせられてもなお、狭山は楽しげな表情を見せている。
そして純粋なパワーなら、今の本堂と比較しても、狭山の方が上だ。
狭山は本堂の両腕を無理やり振り払い、反撃の右フック。
本堂は素早く狭山から離れ、この反撃を回避。
すると今度は、日影が上空から急降下。
これまで以上にスピードを上げて、狭山めがけて突撃してくる。
「再生の炎……”落陽鉄槌”ッ!!」
すぐさま回避しようとした狭山だが、先ほど本堂に浴びせられた電撃の影響か、身体が麻痺して思うように動かなかった。
「そうか、最初から自分の神経を重点的に焼いて、動きを阻害するのが彼の目的だったか!」
「もらったぁぁッ!!」
日影の突撃は、狭山に命中。
しかし狭山もバリアーを展開して、直撃は防いでいた。
そのまま狭山はバリアーごと日影に運ばれ、共に地上へ激突。
隕石が地表に落下したような大爆発と破壊が巻き起こる。
すごい量の煙が発生し、日影と狭山がどうなったのか目視で確認することはできない。
……が、その時。
強烈な打撃音と共に、日影が煙の中から吹っ飛ばされてきた。
「ぐぅぅッ!?」
バッターが打ったボールのように地面をバウンドする日影。
先ほどの煙が晴れると、その中心に狭山が立っていた。
狭山もまた無傷ではないが、日影の最大の大技が命中したにしては傷が浅い。やはりバリアーが直撃を防いだことでダメージを大幅に軽減させたのだろう。そのダメージも”治癒能力”が回復させ始めている。
「ふふ……! まだだ、もっと見たい! 君たちの意地を! 君たちの『生きる』という意志を!」
「だったら、これはどうですか!? ”アバドンの奈落”!!」
離れたところからエヴァが言い返し、『星の力』を操作。
すると、狭山の身体に強烈な重力がかかる。
彼の身体ごと地盤が沈下するほどの、殺人的な重力だ。
「ぬぅ……! なんの……! これくらいなら良いウエイトトレーニングだとも……!」
狭山もエヴァに余裕の言葉を述べてみせる。その言葉に偽りは無いのだろう。これほどの超重力を受けておきながら、地べたに這いつくばらず二本の足でしっかりと立っている。
だが、その時だった。
狭山からも、エヴァからも、日影や本堂やシャオランからも離れた場所で、強烈な熱波が発生した。
すぐに、その熱波の発生源の方向を振り向く狭山。
それと同時に、熱波の原因を瞬時に分析した。
「やはりか……。日向くんが”星殺閃光”を使おうとしている。いよいよ勝負を決めに来たってことだね」