第1627話 抑制不能
エヴァの”怒り叫べ、星の咆哮”を至近距離から撃ち込まれ、地表ごと粉砕されてもなお、まだ狭山誠は倒れない。
それどころか、これまでよりもさらに”怨気”の出力が上がっている。
彼の身体から噴出している赤黒いオーラが、周囲を空気ごと呪怨で汚染する。
そんな狭山に、日向は臆することなく接近。
上空から急降下し、”最大火力”を発動。
長大な緋色の光剣となった『太陽の牙』を振り下ろす。
「はぁぁっ!!」
対する狭山は、自身の左右に大きな”怨気”の腕を一本ずつ生成。さらにその両手から”怨気”を噴出させ、握りしめ、二振りの剣のようにして日向に斬りかかった。
「はっ!!」
二人の斬撃が激突。
周囲の地表がめくれ上がり、舞い上がった瓦礫が消し飛ぶほどの熱波と”怨気”がまき散らされる。
鍔迫り合いをしながら、日向が狭山に声をかけた。
「なんでさっきよりパワーアップしてるんですか……! まだ本気を隠してたんですか!? さっき『本腰を入れる』って言ってたのは噓だった? 狭山さんがとうとう嘘ついた!?」
「自分だって君たちに勝ってほしいからね。自分の善性が邪魔をして、あれでも少しは遠慮していた部分もあったんだよ。けれど、君たちの成長を実感させられて、ちょっと抑えが利かなくなってきちゃってねぇ……!」
「『本気を出せる範囲で』本腰を入れるってことだったんですかい! それにしても、ここまで来ると、もう喜び方が変態の領域に突入してるなぁ!」
「はは! 褒め言葉として、受け取っておくよっ!」
狭山が二振りの”怨気”の束を、バツの字に振り抜いた。
これによって日向が押し負け、大きく後退させられる。
「”最大火力”が押し返された……!」
さらに狭山は、振り抜いて交差させた”怨気”の腕を戻すように、再びバツの字の斬撃を繰り出す。
「おまけだよ!」
「いりませんっ!」
日向はすぐさま後方空中へ逃げて斬撃を回避。
地表がハムか何かのように容易くカットされ、斬り飛ばされた。
日向が下がると、日影が狭山に音速突撃。
しかしそれよりも早く、狭山が”怨気”の手から巨大なビームで日影を迎え撃つ。
「そう来ると思ったぜッ!」
日影は狭山の赤黒いビームを回避。
ビームのすぐ横を滑空し、狭山との距離を詰める。
そして突進の勢いそのままに、『太陽の牙』を盾にしながら狭山に激突。
「らぁぁぁッ!!」
「ははは! 元気だね!」
狭山は複数の”怨気”の腕を生成し、全ての赤黒い手のひらを使って、突っ込んできた日影を受け止めた。
それでも日影の勢いは止まらず、そのまま狭山を押し込んでいく。
踏ん張る狭山の足元の地面がガリガリと削られていく。
しかし、だんだんと日影の押し込みの勢いが弱まってきた。
日影の推進力より、狭山のパワーが勝っているのだ。
このままでは突進を止められる。
完全に狭山に捕まる前に、日影は後退して狭山から距離を取る。
少し呼吸を落ち着けた日影は、自分の全身に厭な痛みが残っていることに気づいた。肉体が腐り、その腐った肉に焼けた針を突き刺されたような醜悪な激痛。
「狭山の”怨気”か……。もう、下手に近づくだけでも凶悪なダメージを受けるぞコイツぁ……」
そして、日影が退いた後は、本堂とエヴァが狭山に攻撃を仕掛けていた。それぞれ左右から、本堂は口から巨大な雷の光線を。エヴァは”星の咆哮”ほどではないが、『星の力』を圧縮して放った強力な蒼い光線を。両者ともに、狭山一人くらいなら軽々と呑み込んでしまえるくらいの大きさの光線だ。
「グオオオオオッ!!」
「消し飛びなさい!」
対する狭山は、左右に大きな”怨気”の腕を作り、二人の光線を鷲掴みにするようにして受け止めた。二人の光線もまた、戦艦くらいなら一撃で沈められるであろう火力があるのだが、それを狭山は二人同時に受け止めている。
すると、狭山の背後にて、シャオランが拳を構える。
「また空の練気法”無間”かい? その手は食わないよ!」
そう言って狭山は地の練気法”瞬塊”を使おうとした……が、そのシャオランから何かを感じ取り、訝しげな表情を浮かべる。
「待った。シャオランくんの気配が妙だ。これは……エヴァちゃんの霧の幻影か! 本物のシャオランくんは別にいる!」
すぐさま狭山は正面に視線を戻す。
水の練気法”静水”で気配を消していたシャオランが、前方から狭山に接近していた。
「き、気づくのが早い……!」
「そら、見つけた!」
狭山は、本堂とエヴァの光線を受け止めながら、また複数の”怨気”の腕を生成し、シャオランめがけて一斉に伸ばした。
するとシャオランは、華麗な手さばきでその”怨気”の腕の群れを次々といなし、掻い潜り、狭山との間合いをゼロまで詰めてみせた。
「おっと、これは迂闊……!」
「”無間”よりも、直接殴った方が威力は出る! いっけぇぇッ!!」
シャオランは狭山のわき腹に右拳を押し当て、寸勁を放った。
狭山が発する”怨気”が”空の気質”を貫通し、シャオランの全身を焼くが、そんな痛みはお構いなしに。
ゼロ距離から、シャオランの全身の膂力を利用して撃ち出される最速の拳。
言ってしまえば、それはもはやパイルバンカー。破壊力は申し分なし。
ズドン、という重厚な打撃音が狭山のわき腹に突き刺さった。
強烈な一撃を受けて、狭山が吐血する。
「ぐふっ……! ふ、ふふ……!」
それでも狭山は、少し怯んだのみで、ほとんど体勢は崩れていない。本堂とエヴァの光線も相変わらず受け止め続けている。それどころか、笑みがこぼれている。
狭山が反撃を仕掛けてきた。
まずは本堂とエヴァの光線を、”怨気”の手のひらから発射した巨大な赤黒い光線で押し返す。
「はぁっ!!」
「これは、撃ち合いでは勝てませんね……!」
「グルル……!」
このままでは自分たちの光線が押し切られ、狭山の光線に巻き込まれる。そう判断したエヴァと本堂は、攻撃を中断して早々に離脱。
二人を追い払うと、狭山はその二本のビームを正面へ照射。
目の前にいるシャオランを消し飛ばしにかかる。
「あ、あぶなぁっ!?」
シャオランもまたすぐに飛び退いて、光線に巻き込まれずに済んだ。
すると今度は、自分ごとグルグルとその場で回転して、周囲三百六十度を”怨気”のビームで大きく薙ぎ払う。狭山に攻撃を仕掛けようとしていた日向も日影も、他の仲間たちも、一斉に空へ飛んで逃れた。
「うわっと!?」
「へ、変な動きしやがって!」
狭山の攻撃はまだ続く。
彼もまた真上に飛び上がり、無重力に身を任せるように空中でゆっくり回転。それと同時に数十本もの”怨気”の手からビームを発射し、全方位に赤黒い光線をまき散らす。
地表を”怨気”のビームが奔る。
赤黒い焼け跡が刻まれ、一拍置いた後、一斉爆発。
無事な場所が見当たらないほど、地表は派手に吹き飛ばされた。
空中でもあちこちで赤黒い爆発が起こる。
ビームが通過した箇所に高濃度の”怨気”が残り、それが時間差で爆裂しているのだ。
その爆発に加えて、狭山が今も全方位にビームを照射し続けている。
空中にいる日向たちは、避けることに必死だ。
ビームか爆発、どちらかが偶然で命中するだけでも致命傷になる。
狭山の回転に合わせて、無数のビームも一斉に薙ぎ払われる。
大地では止まることなく”怨気”の爆発が起こり、赤黒い空は切り刻まれ、レーザートラップのごとく狭山の光線が日向たちに迫る。
「あっははは! いやぁ楽しいなぁ! 愉しいなぁ! 確かに、成長した君たちとこうして全力でぶつかり合うのは密かに期待していたことだったけれど、ここまで興奮するのは自分でも驚いているよ!」
「クソッたれ、滅茶苦茶な攻撃しやがる……!」
「それに、常にまき散らされている、この超濃度の”怨気”……! もうこの『幻の大地』にいるだけで、俺たちの体力が削られていく! ここまでじっくり時間をかけて慎重に戦ってきたけど、これ以上はもう悪手だ! 俺たちの最大最強の火力を叩き込んで、一気に勝負を決めよう!」
日向の言葉に、皆がうなずく。
やがて狭山の無差別攻撃が終わり、改めて日向たちに目を向けた。
「さぁ、もっと見せてくれ! 君たちの力! 君たちの策! ここに至るまで培ってきた、君たちの尊い成長を!」