第1625話 彼を倒す方法
狭山との戦いに挑む前に、日向はあることを考えていた。
最初に狭山と戦った時、彼はスピカに首を切断されたが、何事もなかったかのように復活した。首無しの状態でスピカを仕留め、それから落ちた首を拾い、元通りにくっつけてしまったのだ。
それについて、彼は言った。
一度死んでも、魂が一つ失われるだけ。
また別の民の魂が、自分の肉体を再稼働させるのだと。
今の狭山は、一億ものアーリアの民をその身に宿している。
後に判明したが、そこにアーリア遊星そのものの魂も加わる。
狭山を倒すには、その全ての魂を消費させなければならない。
彼の魂を消費させるには、彼の肉体を攻撃し、肉体再生のためのエネルギーを使用させるのが効果的だ。
つまり、最低でも一億回ほど殺さなければ、狭山誠は倒せない。
この戦いの直前まで、日向はそう思っていた。
しかし、ブラジルでレオネ祭司長の話を聞いて、日向は別の考えが浮かんだ。
狭山の記憶の中で、レオネ祭司長は今の狭山の魂の状態を「液体」に例えていた。狭山という液体。アーリア遊星という液体。民たちという、それぞれ性質が違う一億種類もの液体。
それら全てが混ざり合い、巨大な一つの魂となったのが、今の狭山なのだと。
そう。巨大な「一つ」の魂なのだ。
一つの肉体に、一億人以上の魂が同居しているわけではない。
あくまで、あの狭山の肉体に宿っている魂は、一つだけ。
これとは別に、疑問に思っていた。
誰もが「少しおかしい」と思いながらも、「まぁそういうものか」と納得しようとしていたであろう疑問。
この星は、レッドラムの群れと『星殺し』によって破壊し尽くされた。
日向たちが『幻の大地』に向かっていた、たった数か月の間に。
レッドラムの総数は、狭山が取り込んだ一億人のアーリアの民になぞらえて、その上限は一億体だろうと思っていた。
しかし、そもそも可能だったのだろうか。
一億体のレッドラムで、たったの数か月で、あそこまで地球を隅々まで荒らすことが。
人類の人口だって八十億に迫る数なのに、人の手が及んでいない地域など地球上にはまだまだある。一億では明らかに足りないはずなのだ。二十四時間、一日も欠かさず破壊活動に勤しんでいたとしても。オマケに狭山は地上だけでなく、海にまでレッドラムを放っていた。
『星殺し』の破壊力があれば、レッドラム以上に広い地域を毀すことはできただろう。それで日向も一時期は納得していた。
だが、そもそも『星殺し』は、数万人規模のアーリアの民の魂で構成した戦艦のようなものだという触れ込みだった。つまり『星殺し』を生み出せば、それだけレッドラムとして使える魂が減る。それを地球破壊活動の速度に換算すれば、差し引きゼロにならないだろうか。
地球に放たれていたレッドラムは、本当に一億体だけだったのか。
ここで、先ほどの話を思い出す。
今の狭山の魂が「液体」であるという話を。
「一億人の魂」ではなく、「一億人分が溶け合った、一億リットルの魂」であれば。
例えば、一体のレッドラムを生成するのに「一つの魂」ではなく、一人分にも満たない欠片ほどの魂……「一ミリリットルの魂」ならば、生み出せるレッドラムの総数は実に一千億体。これだけの数ならば、数か月もあれば地球を完膚なきまでに破壊し尽くせる。
これだけ聞くと、狭山の凶悪な能力だけが新たに判明し、絶望しか感じられないだろう。
しかしこれは、日向たちが狭山を倒すための希望に繋がる情報でもあるのだ。
最初の話に戻る。
狭山は一億の魂を持っているから、一億回殺さなければならないと、少し前の日向は考えていた。
しかし実際は、一億人分の魂が混ざった液体なのだ。
液体を強い炎で熱すれば、当然ながら蒸発する。
つまり、凄まじい火力を狭山にぶつけて倒すことができれば、一度の死亡で彼の巨大な魂を一気に削ることができると思われる。
加えて、先ほど狭山は、自身の”怨気”が日向の炎に焼かれたのを嫌がっているような様子を見せた。
”怨気”は、狭山たち……アーリアの民の魂が発する怨嗟のエネルギー。
つまるところ、”怨気”の大本は狭山たちの魂であり、”怨気”は彼らの魂につながっている。
その”怨気”が燃やされたら、当然ながらそれが導線となり、狭山の魂にも熱が伝わるはずだ。
狭山にとって”怨気”は強力な武器だが、『太陽の牙』などの圧倒的火力の前では、武器であると同時に弱点にもなるのだろう。だから彼は”怨気”を焼かれて苦しんだ。
ともあれ、大事な部分をまとめると。
狭山誠は、焼けば倒せる。
一億回も倒す必要などない。
強烈な大火力をぶつけてやれば、彼の魂は一気に削れる。
「皆! やっぱり間違いない! 俺たちの攻撃は狭山さんに効いてる! あの人は余裕ぶってるだけだ! このまま攻撃を続ければ、きっと勝てる!」
皆を鼓舞するため、日向は声を上げた。
それを聞いていた狭山は、相変わらず微笑みを浮かべていたが、目元がピクリと動き、少なからず動揺した様子が窺えた。
「とうとう勘違いを正されちゃったか。前回、自分が死んでも復活する仕組みを解説した時、彼らが『一億回倒さないといけない』と誤認してくれた時はしめたものと思ったけれど。そこに気づいた以上、彼らもペース配分を気にせず、遠慮なしで大火力をぶつけに来るはず。自分としても、いよいよここからが正念場か……!」
真剣さが感じられる台詞だが、やはり彼の表情は、どこか楽しそうだった。
ここからが正念場。
先ほどの狭山の言葉を裏付けるかのように、日向たちが攻勢を強める。
まずは日影と本堂。
日影は”オーバーヒート”で、本堂は自慢の速度で、すれ違いざまにそれぞれの刃で斬りつける。
「おるぁぁッ!!」
「グルォォォッ!!」
対する狭山は、自身の左右に大きな”怨気”の腕を一本ずつ生成し、それらの腕で二人の斬撃を防御した。金属音と共に二人の刃をはじき返す。
「この程度の熱量なら、受け止めても大したダメージにはならない。警戒すべきは日向くんの火力だ」
すると今度は、日向が滑空して狭山との間合いを詰めにかかる。
ただし、日向は一人だけではなく、複数いる。
四方八方から、十人以上の日向が一斉に狭山へ飛び掛かる。
「これは、エヴァちゃんの霧の幻影か。本物は一人だけ。手っ取り早く正解を引くにはどうすれば良いか。答えは簡単。一度に全員消すことだ」
狭山は、今度は先ほどよりも小さな”怨気”の腕を多数生成。それらの腕が爪を立てて、一斉に振るわれた。
”怨気”の爪が斬撃をカッターのように飛ばし、接近してきた日向の幻影を一人残らず両断。
ただし、狭山の正面から接近していた本物の日向は、北園から受け継いだバリアーを展開して斬撃を防御。そのまま狭山との距離をさらに詰めて、刺突を繰り出すために『太陽の牙』を引き絞る。
「いや、これなら自分の迎撃が間に合う」
そうつぶやき、狭山はまた”怨気”の腕を三本ほど生成。
その三本の腕を一斉に振り上げ、日向を叩き潰そうとした。
するとここでシャオランが動く。
空の練気法”無間”を使い、日向を叩き潰そうとした”怨気”の腕を、自身の攻撃とかち合わせるように打つ。
「やッ! せいッ! やぁッ!」
その結果、狭山の三本の”怨気”の腕は止められた。
日向は何の攻撃も受けることなく、狭山との間合いをゼロまで詰めた。
「”最大火――」
「まだまだ!」
狭山が鋭い回し蹴りを繰り出した。
今まさに突き出していた『太陽の牙』の刀身に狭山の足が当たり、蹴り飛ばされてしまった。
丸腰になってしまった日向。
だが、彼は攻撃を止めない。
剣を失った両手に、それぞれ火球と冷気を発生させる。
「最初から、『太陽の牙』は囮ですよ!」
「はは、なるほどね……!」
「”氷炎発破”!!」
日向が、右手の火球と左手の冷気を、それぞれ重ね合わせた。
その瞬間、真っ白な大爆発が、ゼロ距離で狭山を吹き飛ばした。