第151話 うるさいカナリア
ゴールデンウイークも終わり、日向たちは再び学校が始まる。
マモノのことを忘れてまとまった休みを過ごせたため、日向としては大いに満足のいく連休であった。
「ただし狭山さんのゲロマズドリンクは除く!」
さて、久しぶりの学校、久しぶりの教室に入る日向。
今の日向は影が無い。窓の光などでその点を他の生徒に気付かれないよう、廊下側の席を確保している。そして日向は席に座ると、キョロキョロと周りを見回す。
(ゴールデンウイークの前、俺たちはギロチン・ジョーと戦い、その後、人々から熱烈な歓待を受けてしまった。テレビカメラにまで映された。俺たちがマモノ討伐チームの一員だということ、周りにバレていなければいいんだけど……)
ギロチン・ジョー討伐後の様子は、ニュースで放映までされてしまった。日向たちの姿も映っていた。
とはいえ、日向たちは顔を隠しながら移動した。下水道探索時のヘルメットも被っていた。そこへ野次馬たちも日向たちに集中し、テレビカメラから日向たちを覆い隠す形になった。その結果、そこまで鮮明に日向たちがテレビに映ることは無かった。
しかし実際、ゴールデンウイークが始まる少し前、日向は何人かのクラスメイトから「これ日下部くんでしょ?」と問い詰められたことがある。
日向はその度に「冷静に考えてみて? 運動神経ゴミムシなこの俺が、あんな剣振り回してマモノと戦ってるなんて、そんなワケないでしょ? 映ってるのは俺によく似た誰かだよ」と諭してみると、みな納得してしまい、質問を中断した。
(実際、テレビに映ってたのは俺じゃなくて日影だしな。俺によく似た誰かっていうのは全然嘘じゃないぞ、うん)
そして長いゴールデンウイークが過ぎると、マモノ出現のニュースも風化してしまい、日向の正体を探るクラスメイト達もいなくなった。
……一部の例外を除いて。
「なぁ日向。ホントにあのニュースのマモノ討伐チーム、お前じゃないのか? あの見た目は絶対お前だと思ったんだけど……」
「しつこいぞー田中。俺が世界屈指のクソ雑魚ナメクジだってこと、お前も知ってるだろー?」
「そりゃあ、今はそうかもしれないけどさぁ……。それに、周りに映ってるのは北園さんとシャオランだろ? お前たち、一体何してるんだ……?」
一部の例外、その一人目は田中だ。
ニュースの映像が鮮明でなくとも、昔馴染みの直感により、テレビに映っているのが日向だと見抜き――まぁ実際に映っているのは日影なのだが――こうやって未だに日向を問い詰めている。その度に日向はしらを切るが、田中はなかなか引く姿勢を見せなかった。
すると、二人の会話に割って入る女子が一人。
「ふーむ。わたしが思うに、これは口封じですね」
「「口封じ?」」
「はいです。日下部くんはマモノ対策室から、自分がマモノ討伐チームの一員であることを伏せるように命令されているのです。今の彼は、陰ながらに人々の生活をマモノから守るヒーローなのです」
「なるほど! それなら筋が通るな!」
「通らせてなるものかそんな筋。あんまりいい加減なこと言わないでよ小柳さん」
日向の正体を探る一部の例外、その二人目が彼女。
名前を小柳 金糸雀という。
……もう一度言う。
彼女の名前は小柳 金糸雀という。
嘘みたいな名前だが、本名である。
身長は158センチほど。
背中まで伸ばしたロングヘアーは、漂白脱色されたかのような淡い金髪。
公立高校の校則に真っ向から喧嘩を売っているような髪色だが、なんとこの髪色は地毛であり、学校にも地毛登録をしている。
彼女の母親が日本人とイギリス人のハーフであり、彼女の髪色も母親譲りである。つまり彼女は日本人とイギリス人のクオーターということになる。
クオーターということもあってか、どことなく日本人離れした端正な顔立ちをしており、しかしその表情は常に堅く、同年代の友達にも敬語で喋る。その敬語が少々奇妙なのだが。
これだけなら「少しクール目な、変わった女子」という総評で終わることができただろう。しかし、彼女にはもう一つ、極め付きの個性があった。
「白状してくださいです。同級生がマモノ討伐チームとか、動画的に最高のネタにできますのです」
「ネタにされると分かってて白状するヤツがいるか」
「『マモノと戦ってみた動画』とか、流行ると思いませんです?」
「やめなさい危ないから」
「つきましては、日下部くんには一度、マモノと戦っていただきたく……」
「イヤだよ怖いもん」
「日下部くんが戦わないなら、もはやわたしが直接戦うしかないです」
「やめれ」
そう。彼女、小柳金糸雀は動画配信者である。
様々な「やってみた動画」を撮っては、大手動画サイト『Yo!Tube』にアップロードするのが彼女の趣味であり、今の生きがいである。
そのため、彼女は日々新しい話題や流行を追っており、今回、日向を追及しているのもその一環である。
「……しかし、私の動画の評価は、今のところ鳴かず飛ばずです。カナリアだけに」
「ツッコまないよ?」
「動画の再生回数は100回ちょっと超えれば十分多いほうです。コメントはいつまで経っても付きませんです。そろそろ1000回再生くらいいってみたいのです。日下部くん、わたしを助けると思ってどうか出演を……」
「なんでさ」
「ちっ……(ちっ……ちっ……)」
「セルフエコーかける舌打ちとか初めて聞いたよ」
この通り、なかなかに愉快な性格をしている。
やはり日向には「出会う無表情キャラが皆どこかおかしい」というジンクスがあるのかもしれない。
ちなみに、日向は現在カメラのレンズなどには映らないため、映像にも姿が残らない。そもそも動画以前の問題なのだ。
それと同時に、今の日向はカメラを向けられるだけで、写真にも映像にも映らないという『異常』を撮影者から感知される。
そして小柳は動画配信者という性質上、日向にいきなりカメラ等を向けてくる確率が最も高い人物と言える。そのため、日向は彼女を最大限に警戒していた。
(このヨーチューバーに俺の正体を知られてみろ。その日のうちに晒されるぞ。彼女にだけは絶対にバレないようにしなければ……!)
密かに決意し、日向は小柳を睨みつける。
小柳は日向が睨んでくる意図が分からず、それこそ鳥のように無表情で首を傾げるのであった。
◆ ◆ ◆
現在、十字高校二年生たちの間で話題になっていること、それは修学旅行だ。ゴールデンウイークも明けた直後であるが、日向たちが通う十字高校では、連休明けを狙って5月に修学旅行が組み込まれる。
今年の修学旅行の行き先はシンガポールだ。
日数は三泊四日。
生徒たちは男子三人、女子三人の計六人の班を作って行動することになる。
現在はロングホームルームの時間。さっそく修学旅行の班決めが行われているところだ。
「よーう日向。一緒の班になろーぜー」
そう言って日向に声をかけてきたのは田中だ。
「うん。もちろんオーケーだよ。けど田中、俺で良いの? お前は他の奴らとも仲いいし、そっちのグループに行きたいならそっちでもいいよ?」
「向こうのグループは人数余ってるからよ、俺が入る余地はねぇや。それより、お前がちゃんとしたグループに入れるかが心配だ。人数合わせで入った班で回る修学旅行ほど、黒歴史なイベントはねぇぞ?」
「ああ……中学の時に身に染みて分かってるよ……」
「そ、そうか。なんかすまんな、トラウマを想起させて」
そんな男子二人が話し合っているところに、声をかけてくる女子が一人。北園だ。
「二人ともー。私も入れてー」
「あ、北園さん。もちろんどうぞ。田中も、いいよな?」
「ももも、もちろんですとも! 北園さんと一緒に修学旅行とか、一生の思い出になるぞぅ!」
「田中、北園さんが若干引いている」
「あ、あははは……」
苦笑いする北園。
田中が北園に好意を抱いているのは相変わらずだが、日向と北園の仲が良いと知ると、一歩身を引いて二人の邪魔をしないように立ち回っている様子がある。
……これでも彼にとっては一歩引いている方である。北園はこの時点で少々参っているようだが。
と、ここで三人に声をかけてきた人物がさらに二人。
「ヒューガ。ボクたちも一緒の班になっていいかな?」
「アタシ、シンガポールには何回か行ったことあるから、多少のガイドならできるわよ?」
「シャオランにリンファさん! 俺はもちろんオーケーだよ。北園さんも大丈夫として、田中は……」
「もちろんオーケーだとも。よろしくな、シャオラン、リンファ」
「よろしくね、田中。ほら、シャオランも挨拶なさいな」
「よ、よよよ、よろしく、田中」
「もう。最近ちょっと度胸がついて来たかと思ったら、人見知りは相変わらずなのね」
これで一気に男子三人、女子二人。
集まった友人たちを見て、日向は感慨深い思いが湧いてくる。
「改めて思うけど、みんなと一緒のクラスで良かったぁ……。みんながいなかったら俺、ぼっち確定だったもんなぁ……」
「日向って、そんなに友達少ないの? アタシたちが話している分には、コミュニケーション能力にはまったく問題なさそうに見えるけど」
「友達が少ないというか、他人とあまり関わり合いになろうとしないんだよ、こいつは。……おっと、この話は置いておくとして、あともう一人女子が必要だな」
「じゃあ、わたしが入りますです」
そう言って五人に声をかけてきたのは、先ほど紹介した小柳 金糸雀だ。
(あー!! そんな予感はしてましたよ! なんでとは言わないけどさぁ!!)
日向が苦い顔をしていると知らず、田中が口を開く。
「お、カナリアかぁ。俺はオーケーだぜ。コイツいると面白くなりそうだし。日向たちもオーケーだろ?」
「アタシは、まぁ良いけど。こっちの三人は……」
「「「…………。」」」
「え? あれ? 乗り気じゃないの? お前らコイツ嫌いなの?」
「いや、嫌いってワケじゃないんだけどね……」
日向だけでなく、当然シャオランや北園もカナリアから「マモノ討伐チームの一員ではないか」と疑われている。
そのたびにこの二人もあれやこれやと言って彼女の追求から逃れているが、そういうワケで、日向たちは三人揃って小柳のことが少し苦手であった。
決して悪い人間ではないということは重々承知しているが、それはそれとして、修学旅行の間ずっと質問攻めを受けるかと思うと、気軽に首を縦に振ることはできなかった。
「ご存じの通り、わたしもクラスの中では少し浮いている存在です。このままでは人数合わせで班に入れられ、黒歴史確定の修学旅行になってしまうです。助けてくださいです」
そんな小柳の言葉を受けて、日向と北園の元ぼっちーズが憐憫の目を向け始める。
「ぐ……そう言われると、同じぼっち仲間として助けてやらなくてはという思いが……」
「独りは、辛いもんね……。入れてあげよっか?」
「ふ、二人がオーケーならボクもオーケーだよ。もともと、ボク自身はカナリアの質問もあまり気にしてなかったし……」
「よっしゃ! これで決まりだな! じゃあ俺、メンバーを先生に伝えてくるわ!」
「皆さん、ありがとうございますです。楽しい修学旅行にしましょうです」
小柳が深々と頭を下げる。
直角90度のキレイなお辞儀である。
これで修学旅行のメンバーも決まった。
六人は、来たる修学旅行に大きな期待と小さな不安を抱きつつ、余った時間を潰すのであった。
「しかしこの三人が一つの班に集まるとは。やはり三人には特別な関係がありそうです。それこそマモノ討伐チームのチームメイトといった関係が……」
「「「ないよ?」」」
「さいですか」