第1622話 彼女の遺志、彼の意思
狭山によって再び窮地に追い込まれてしまった日向たち五人。
日向は無数の”怨気”の腕によって拘束され、日影は叩き潰されて死亡し、”再生の炎”によって復活している最中。本堂、シャオラン、エヴァの三名は、大ダメージを受けて立ち上がれない状態だ。
狭山の足元で、日向が立ち上がろうとしている。
しかし、それを”怨気”の腕が許さず、押さえつける。
”怨気”の腕の力は強烈で、掴まれているだけで日向の骨が潰される。それと同時に怨嗟の呪念が日向の身体を侵し、濃硫酸でもかけられたかのように腐食させる。
「あぐっ……! た、『太陽の牙』……!」
右手首ごと斬り飛ばされていた『太陽の牙』を手元に呼び戻す日向。
だが、右手に呼び戻した瞬間、狭山に『太陽の牙』を蹴り飛ばされてしまった。再び剣は日向の後方に落下する。
「く、くそ……!」
「大切に教え導いた君たちを、こうやってジワジワと殺すのは胸が痛い。しかし……嘆かわしいことに、この胸の痛みは癖になる。あとどれくらい嬲れば君は死ぬのかな」
新たな”怨気”の腕が複数、日向の背中に爪を突き立てた。
それと同時に、強烈な呪炎が日向の臓腑を直接焼く。
「ああああああっ!?」
「……ここまでかな。愛する女の子一人さえ守れなかった少年が、一つの星を守るなど荷が重すぎたか」
その言葉に、日向はピクリと反応。
渾身の力を込めて、再び立ち上がろうとする。
「……確かに、俺は北園さんを守れませんでした。でも……だからこそ……! これ以上何も失わないために、俺は勝たないといけないっ……!」
……が、そんな日向の決意を嘲笑うかのように、”怨気”の腕はより強い力を込めて、再び日向を地べたに這いつくばらせた。
「ぐぅぅっ!?」
「だいたい、どうして君たちは五人だけで来ちゃったんだ。もっと他にも戦力はいただろう? 師匠……ミオンさんだけでも連れてきたら随分と違っただろうに。自分、今でもあの人に素手勝負で勝てる自信は無いよ? 君たち以外の犠牲を、これ以上出したくなかったのかい?」
その狭山の言葉には、本気の疑問と無念が込められているように感じた。恐らくは、彼の中に残っている善性が発した質問なのかもしれない。
ゆえに日向は、苦しみながらも答えることにした。
「北園さんの予知夢に、従ったからです……!」
「ああ、あの最初の予知夢」
「あの予知夢の登場人物は、俺と日影、本堂さんとシャオラン、そしてエヴァだったんです……。そこに北園さんはいませんでした……。そして予知夢が導いたかのように、北園さんはブラジルで命を落とした……。だから、北園さんの意志を継いで、最後に俺たちが北園さんの予知夢を完成させることにしたんです……!」
「運命の導きを感じたんだね。けれど、それが『滅びに導く運命』だと考えはしなかったのかい?」
「え……?」
「考えてもみてくれ。君たち五人だけで自分に立ち向かうのと、まだ残っているアメリカ軍やロシアの生き残り、あとマモノ。それらの戦力も総動員して自分に立ち向かうのと、どちらが勝率が高いかなんて、言うまでもないはずだ」
「そ、それは……」
「北園さんの遺志を継ぎ、運命の導きに従うこと……それが勝利のための鍵だと君たちは踏んだ。しかし実際のところ、君たちはかつての北園さんと同じ轍を踏んでしまったんだ。君たちはただ、目の前に掲示された運命に流されただけだ。あの予知夢は、別に結末まで語ってはいなかった。その流された先にある末路は破滅だったかもしれなかったのに」
その狭山の言葉を聞いた瞬間、再び日向が全力で立ち上がろうとする。
今度は、今までよりも日向のパワーが増しているのか、どうにか両肘と両膝を立ててみせた。
「それは……違いますっ……!」
(これは……日向くんの”復讐火”の性能が上がりつつある?)
「流された先にあるのが破滅だなんて、そんなの、あなたに立ち向かうと決めた時から知ってるんです……! 俺たちが目指しているのはその先! あなたをぶっ倒して、この星を守ること!」
「それはそうだろうけど、そのために選んだのが『たった五人で自分に立ち向かうこと』というのは……」
「ああ確かに、表面上の確率だけなら、持っていける戦力全てを持って行った方が高かったでしょうよ! けれど、それでも俺たちは北園さんの予知夢に従うことに決めた! だって、まるで『そのため』のように北園さんはいなくなった! そうでなくとも、北園さんはずっとあの予知夢に一生懸命だった! 命を懸けるほどの情熱が、決してマイナスの結果なんかもたらすものか! あなたにとっての運命とは、そんなにしょうもない物なんですか!?」
日向が、さらに立ち上がる。
遂に、右足を地面につけて、片膝立ちのところまでやって来た。
「俺たちは運命に流されてなんかいない! 北園さんの予知夢が必ず何かの鍵になると信じて、俺たちの意思でこの道を選んだんです! それが茨の道だなんて、最初っから承知してるんですよっ!」
「……心の一つでも折れれば不死身だろうが関係ないと思ったけど、強くなったね日向くん。今の君は、正しく北園さんの遺志を受け継いでいるのだろう。最後まであの予知夢を信じ続けた彼女の決意を。……でもね、それで結果が伴うかどうかは、別問題だ」
そう言って、狭山が日向に左の手のひらを向けた。
恐らくは超能力”結晶化”の構え。
日向には”再生の炎”があり、基本的には付着した”怨気”も焼き払われるのだが、無数の”怨気”の手に捕らえられている現在であれば、恐らくは日向も”結晶化”の対象内となる。
その前になんとか攻撃を仕掛けて阻止したい日向だが、あと一歩のところで”怨気”の腕を振り払えない。
「同情はするよ日向くん。自分だって同じ気持ちだ。母星を守れなかった愚かな王は、第二の故郷とした蒼い星もまた同じく、守ることはできなかった」
「く……おおおおおおおっ!!」
力の限り絶叫しようとも。
日向は”怨気”の腕を振り払うことはできなかった。
……しかし、その時。
日向に向かって伸ばしていた狭山の左腕から、赤い結晶が生えてきた。
まるで内側から突き破るように、狭山の腕をズタズタにして。
「……これは、”怨気”の結晶ではない。別に自分の能力が日向くんに跳ね返されたわけではない。この赤い結晶は、恐らくは自分の血液……」
突然の謎の現象に気を取られたか。
日向を拘束していた”怨気”の腕の力が弱まった。
その隙を見逃さず、日向は一気に”怨気”の腕を突破。
目の前の狭山の顔面に、”復讐火”の全力右ストレートをぶち込んだ。
「百倍返しだぁぁぁっ!!」
「ぐっ!?」
二十メートルほど吹っ飛んで、首から地面に落ちて一回バウンド。
それでもほとんど勢いは止まらず、最終的に三十メートル以上、狭山は日向に殴り飛ばされた。
「あーすっきりした。よくもまぁ言いたい放題やりたい放題……。それにしても、さっき狭山さんに生えてきた、あの赤い結晶……。あれってどこかで見たことが……」
その時だった。
日向の頭の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
とても身近で、しかしなぜか懐かしい声。
「……ありえない」
日向はつぶやいた。
なぜなら、頭の中で聞こえた声は、北園のものだったからだ。