第1621話 それでもなお
日向とエヴァの至近距離まで、狭山に近づかれた。
おまけに日向は、狭山の”怨気”の腕で喉を貫かれ、負傷している状態だ。
「ここは……私が何とかするしかない」
そう判断したエヴァは、持っている杖の先端に、瞬時に”地震”の震動エネルギーを集中。
「”ティアマットの――」
……が、エヴァが杖を振るうより早く、その攻撃の気配を察知した狭山が右踏み込み突きを繰り出した。
すると、エヴァは両手も地面につける勢いで伏せて、狭山の拳を回避。
彼女も狭山の反撃を先読みしていたのだ。
そして、改めて”地震”のエネルギーを込めた杖を振るう。
下から上へ、狭山の腹部を突き上げるように。
「――鳴動”!!」
……しかし、エヴァの杖は止められていた。
狭山の脇から伸びてきた”怨気”の腕に、杖の腹を掴まれて。
彼は、ここまでエヴァの行動を先読みしていた。
「くっ……しまった……!」
「その”地震”の震動エネルギーは、対象に命中しないと威力を発揮しない。この場面では”トールの雷槌”あたりが正解だったね。それならば、こうして止められても、杖に込めた雷のエネルギーを放射することで自分を追い払うことができた」
”怨気”の腕が、エヴァの杖を握りつぶしてしまった。
それと同時に、狭山がエヴァの腹部を蹴り上げる。
「ごめんね」
「ふぐっ……!?」
ボールのように大きく蹴り飛ばされてしまったエヴァ。
背中から地面に落下し、苦しそうに転げまわる。
「は……かはっ……けほっ……!」
エヴァも”生命”の権能によって、超人的な肉体強化を己の身体に施している。可憐で華奢な見た目はそのままだが、打たれ強さは戦車並みだ。
それであっても、狭山の蹴り上げは尋常ではない威力だった。
恐らく、あばら骨はいくらか損傷してしまった。
エヴァは”生命”の権能で、受けたダメージの回復を始める。
しかし、エヴァのダメージの回復が遅い。
狭山の右足に込められていた”怨気”のせいで、回復が妨害されている。
「た……立たなきゃ……立たなければ……!」
狭山の追撃に備えるため、痛みをこらえて立ち上がろうとするエヴァだが、やはりダメージが大きく、身体がついていかない。立ち上がることができない。
そんなエヴァを、狭山は追撃しなかった。
彼は、目の前の日向に顔を向けていた。
「自分が敗北するとすれば、それは君の炎によるものだろう。そして、その大火力を直撃させるだけの勝負強さと頭の回転を君は持ち合わせている。そりゃあもう一秒一瞬だって最大限に警戒しているさ。その炎を当てるためにどんな作戦を考えてこようと、それを阻止してみせる」
「く……。どおりで……さっきから俺の攻撃が……ことごとく防がれると思ったら……俺のことを集中的に……警戒してたわけですか……」
まだ喉の傷が完全に塞がっておらず、喋りにくそうに話す日向。”怨気”の根源である狭山が至近距離にいるからか、いつになく”再生の炎”の回復速度が遅い。
「日向くん、まずい状況だよ。君の基本的な戦闘能力は、君たち五人の中では最弱だ。それは”復讐火”や”最大火力”を加味しても変わらない。そして自分は、殴り合いにはちょっと自信がある。君は、自分をここまで近づけるべきではなかった」
「そうかも……しれませんね……。けれど、近づいてくれなきゃ、こっちも大火力をぶち込みにくいんで。”最大――」
……だが、日向が斬りかかるより早く、狭山の”怨気”の腕が繰り出した手刀が、日向の右手首を斬り飛ばしてしまった。右手に持っていた『太陽の牙』も宙を舞う。
「うああああっ!?」
「熱波で自分を吹き飛ばそうとしたのだろうけど、逆に言えば、君にはそれくらいしか手が残されていなかった。ジャンケンで勝つより簡単に先読みできる」
「ぐぅ……! ”復讐火”っ!!」
斬り飛ばされた右手を炎で修復しながら、日向はその修復中の右拳で狭山に殴りかかった。
しかし、狭山は自身の左手で、日向の右拳をあっさりと受け止めてしまう。
「止められた!? びくともしない……!」
「傷を受けたら、その傷を治しつつ莫大なパワーアップが得られる技。一見すると強力そうだが、発動のタイミングが分かりやすすぎる」
狭山は日向の拳を掴んだまま、彼の足を払って転倒させる。
「わっ!?」
すると、狭山の足元から無数の”怨気”の腕が出てきて、それらが一斉に日向を捕まえた。握りしめる力は、日向の腕が骨折するくらいに強い。そして”怨気”の呪熱が日向の身体を焼く。
「あぐぁぁぁ!?」
悲鳴を上げ、”怨気”の手から逃れようとする日向だが、手の力は強く、そして数が多い。まったく振りほどくことができない。”復讐火”を使って一つの手を振り払うことはできるが、その間に三つの手が再び日向を捕まえる。
日向を助けるために、日影が狭山の横から”オーバーヒート”で迫る。
「それ以上はやらせるかッ!」
しかし、狭山は大きな”怨気”の拳を生成し、それを振り下ろして日影を地面ごと叩き潰してしまった。
「ぐあああッ!?」
「こっちの台詞だよ。それ以上はやらせない。そうやって君が横から来るパターンはもう何度も見たからねぇ」
狭山はさらに三回、”怨気”の拳を日影に叩きつける。
赤黒いオーラの拳が振り下ろされるたびに、日影が地面ごと大地にめり込んだ。
「がはぁっ……!?」
「それだけぐちゃぐちゃになれば、復活にはしばらく時間がかかるだろうね」
「グオオオオッ!!」
「おっと、今度は本堂くんか」
本堂は両腕に刃を生やし、その両腕を大きく広げる。
両腕の刃から青い雷のエネルギーが放出される。
その両腕を交差させて、狭山を左右から挟む。
だが、二つの”怨気”の手が、交差する前に本堂の両腕を止めていた。
結果として、本堂は狭山の目の前で、両腕を広げてボディがガラ空きになった無防備な姿を晒してしまうことに。
「グッ……ガッ……!?」
「1+1が10にも20にもなるというのは、チームプレイにおける常識だ。それが無くなった今の君は、はたして人間だった時より強いのか、それとも弱いのか……」
言いながら狭山は右足を上げて、本堂の腹部に強烈な前蹴りを突き刺した。
直撃を受けた本堂は、地面をバウンドしながら二十メートル近く吹っ飛ばされた。
「グガアアアッ!?」
「これで本堂くんもしばらくお休みだ。後は……」
狭山は、背後を振り向いた。
ちょうど同時に、狭山の後ろにいたシャオランが”空の気質”を展開し、狭山を捉える。
「もらった! やぁぁぁッ!!」
シャオランはその場で踏み込み、全身全霊の掌底を繰り出した。
狭山から離れた位置にいるシャオランの一撃が、距離を無視して狭山の腹部に叩き込まれた。
ところが。
狭山は、衝撃で少し身体が浮いたものの、シャオランの掌底に耐えてしまった。
「き、効いてない!?」
「君の”無間”を防ぐ方法……さっきの二つの他にもう一つあった。確かにその攻撃は腕でガードしたりはできないが、打たれる箇所が分かっているのなら、あらかじめその箇所そのものを硬化させておくことで、攻撃に備えることは可能だ」
「い、いったん距離を……」
その場から離れようとしたシャオランだったが、何かに足を掴まれて動けなかった。
「うっ!? な、なに!?」
足元を見るシャオラン。
血のような赤い腕が二本、シャオランの両足を捕まえていた。
「これは、血の腕……!? あ、レッドラムか! さっきサヤマが降らせた”怨気”の雨の残りを使って生み出したんだ……!」
シャオランはその場で足を浮かさずに震脚を踏み、地面ごと腕だけのレッドラムを粉砕。
しかし、それと同時に、狭山が放った風の練気法”鎌風”の赤黒い真空刃が、シャオランの腹部に直撃した。
「ぐぅぅぅぅ!?」
赤黒い真空刃に押し込まれていくシャオラン。
噴出する”怨気”が、彼の腹部をチェーンソーのようにガリガリと削る。
やがて”怨気”の真空刃は破裂し、シャオランを吹っ飛ばしてしまった。
「うわぁぁぁ!?」
シャオランもまた、地面に転がされてしまった。
腹部からの出血が激しく、すぐに立ち上がることができない。
残酷な話だ。
本堂は、その身と心を犠牲にした。
それを見て、残された四人は奮起した。
それでもなお。
まだ、この男には届かない。