第1620話 その決意に中てられて
心身ともにマモノ化した本堂が、狭山への攻撃を続けている。
今の本堂の武器は、何も両腕の刃だけではない。その両手に生えた、異常発達した爪もまた立派な武器となる。両腕の刃と、両手の爪、合わせて四つの刃で狭山を攻め立てる。
「グオオオッ!! グアアアッ!!」
「時間も経過して、本堂くんに付着していた”怨気”が減少している。これでは”結晶化”も使えない。……いや、まだこんな序盤から終わらせにかかるというのは無粋だよね」
狭山は後ろへ下がりつつ、”怨気”の手で本堂の攻撃を防御、あるいは受け流す。時々、防御し損ねて負傷することがあるが、まったく動じずに本堂の動きを観察し、見極めようとしている。
「ふむ……。自分が今まで見てきたマモノとは、明らかに一線を画した性能だ。もともと本堂くんは、普通の人間であれば心を失ったマモノとなるほどの『星の力』を吸収しながら、今まで人間の心を失わずに活動していた。幸か不幸か、彼はきっと適性があったのだろう。強力なマモノになれる適性を」
狭山は大きく飛び退いて本堂から距離を取り、四つの”怨気”の手から赤黒い光線を放った。その光線の一つひとつが、町の一角を消し飛ばすほどの破壊力を持っている。
”怨気”の光線が本堂に迫る。
本堂は四つん這いになって身体を固定し、大きく開いた口から巨大な青雷の光線を吐き出した。
「ガアアアアアッ!!」
赤黒い光線と、青白い光線が激突。
山も崩れるであろう大爆発を巻き起こし、両者の光線は相殺された。
爆発による黒煙が煙幕となり、狭山は煙の先の本堂を視認できない。
その煙の向こうから、本堂が猛スピードで飛び掛かってきた。
左手の爪を突き出す本堂。
狭山は素早く反応し、右に跳んで回避。
左爪を回避された本堂だが、その爪を地面に突き刺して、自分の身体ごと手首をひねって無理やり旋回。それと同時に右腕の刃からビーム状のエネルギー刃を発生させ、旋回の勢いのままに薙ぎ払う。
「オオアアアアッ!!」
狭山は回避を諦め、超能力のバリアーを生成。
青白いエネルギー刃が、赤黒い念障壁に叩きつけられる。
しかし、やはり狭山のバリアーは頑丈で、突破には至らなかった。
そんなことお構いなしに、本堂は再び狭山へ飛び掛かる。
バリアーが突破できないなら、突破できるまで攻撃しようというのだろう。
「ウオオオオッ!!」
やはりその跳躍は、一瞬ながらも音速の域に達している。
あっという間に本堂が狭山との距離を詰めた。
……が、しかし。
狭山も本堂の動きに慣れてきたようだ。
バリアーを展開したまま突撃して、逆に本堂を弾き飛ばしてしまった。
「はっ!」
「グウウウッ!?」
猛スピードを出していた本堂に、同じく猛スピードで正面から激突した狭山。その衝撃数値はトン単位に達していただろうが、弾き飛ばされた本堂はすぐに立ち上がった。
「グルルル……グオオオッ!!」
「身体性能、肉体の頑強さ、そしてエネルギー生成力は火力発電所三基分に匹敵といったところか。この強さが生み出された要因に、君の勝利に対する執念や決意も関係しているのだとしたら、それはとても素敵で、素晴らしいことだ」
穏やかにそうつぶやきつつ、”怨気”の腕を複数生成する狭山。
優しげな言葉とは裏腹に、徹底的に本堂を潰すつもりらしい。
そこへ、横から日影が”オーバーヒート”で狭山に突撃。
推進力も合わせて『太陽の牙』を振り下ろす。
「うるぁぁぁッ!!」
「むっ」
狭山は右側にひときわ巨大な”怨気”の腕を作り、それで裏拳を繰り出して日影に叩きつけた。
『太陽の牙』と”怨気”の拳が激突。
日影と狭山は互いに吹き飛ぶことなく、鍔迫り合いの形に。
「もともと絶対に負けられねぇ戦いだったが、これでさらに負けられなくなっちまった。ぶっ飛ばしてやるぜ狭山ぁぁ!!」
「はは、美しい友情だねぇ。けれど、彼はもう、君との友情は忘れちゃったんじゃないかな」
狭山がそう言ったのと同時に、本堂が二人の頭上から飛び掛かり、ビーム状のエネルギー刃を生成した右腕を叩きつけた。狙いは狭山だが、日影もお構いなしに巻き込む攻撃だ。
「グオオオオッ!!」
「おっと危ない」
「うおおっ!? あ、危ねぇな本堂!? ちッ、分かっちゃいたが、マモノ化したことで理性が飛んじまってる。オレもいるっつうのに見境無しだぜ。狭山を最優先してくれているっぽいのが不幸中の幸いか」
いったん日影は距離を取り、本堂の動きを見る。
彼がこちらの動きに合わせてくれないのなら、こちらが彼の動きに合わせるしかない。
本堂は、攻撃を避けた狭山を追ってダッシュ。
やはりその速度は尋常ではなく、一瞬で狭山との間合いをゼロまで詰める。
「オオオアアアアッ!!」
バラバラに引き裂くため、狭山に掴みかかる本堂。
対する狭山は複数の”怨気”の腕を生成し、本堂と正面から取っ組み合う。
今の本堂の筋力も相当なものだろうが、やはり単純な力比べなら狭山に分があるようだ。群れを成した”怨気”の腕が、本堂の全身をガッシリと掴み、その動きを止めている。
狭山の全身から湧き出る”怨気”が、至近距離にいる本堂の身体も焼いている。それによって本堂もダメージを受けているようだが、お構いなしに狭山の”怨気”の腕を突破しようともがいている。
「グウウウ……ガアアアアッ!!」
「これだけ”怨気”を受けても、恐怖心が植え付く様子がまったく無いね。きっと今の君は、恐怖を感じるという機能そのものが消え去っているのだろう。この自分を倒す……それだけに特化した進化の結果か」
つぶやきながら、狭山は”結晶化”の発動用意。
恐怖は湧かずとも、付着した”怨気”で本堂の身体を串刺しにはできる。
理性を失った本堂だが、その狭山の攻撃の危険性は本能で察知したのだろう。超能力の射程外に逃れるべく、すぐさま狭山から離れようとする。
しかし、今度は狭山の”怨気”の手が本堂を逃がさない。
本堂を捕まえたまま、至近距離に固定している。
これを見た日影が本堂を助けるため、狭山の背後から斬りかかろうとしたが、目の前の地面から赤黒いマグマが噴出してきて、日影に襲い掛かってきた。
「くッ!? マグマの色がさっきと違ぇ! コイツも”怨気”入りか!」
襲い来るマグマを”オーバーヒート”の機動力で避ける日影だが、マグマのせいで狭山に接近できない。このままでは本堂が危ない。
……だが、ここでいきなり、強烈な衝撃音と共に狭山が吹っ飛んだ。
「ぬっ……!?」
流石の狭山も困惑の声を上げる。
自身のもとには誰も近づかせなかったし、捕まえていた本堂が何かをしたわけでもない。
しかし狭山も、すぐに何が起こったを解析した。
そして、少し離れた位置にいるシャオランに目を向ける。
「空の練気法”無間”か。しかし、気質の範囲がこれまでより広がっている?」
「ホンドーがあんな覚悟を見せたんだ! ボクたちだって負けてられない!」
「なるほど。本堂くんに触発されて増幅した勇気の感情が、彼の”空の練気法”をさらに成長させたのか。ここまで来て、まだ伸びしろがある……良い。実に良い」
シャオランがその場で三連突きを放つ。
その三発全てが、狭山の顔面、喉、みぞおちに命中。
狭山の鼻がへし折れ、口からは吐血。
空間そのものに干渉するシャオランの”無間”は、たとえ被弾箇所を両腕で覆っていようとも防ぐことはできない。
「これを防ぐには、素直に”空の気質”の範囲外に逃げるか、あるいは空間そのものを遮断して”空の気質”を隔離するしかない」
折れた鼻を指で元に戻しながら、狭山は球状のバリアーを展開。
海の中の潜水艦のように、バリアー内は”空の気質”が排された安全空間となった。
「あー! ズルい!」
「自分から見れば、君のその能力の方がよっぽど凶悪だよ」
そう言って、狭山はシャオランの近くからも赤黒いマグマを噴出させ、彼を襲わせる。
「い、いったん下がるしかない……!」
シャオランは大きく後ろへ飛び退き、マグマから逃れる。
狭山は再びマグマを操作し、逃げたシャオランを追いかけさせる。
安全なバリアー内にいるからか、少しリラックスしている様子の狭山。
そんな彼の背後に、次元のゲートが開いた。
そのゲートの向こうでは、日向が”紅炎奔流”の用意。
ゲート越しに、狭山に灼熱の炎をぶつけるつもりだ。
「日向、今です!」
「ありがとエヴァ! よーし、狭山さんめ、蒸し焼きにしてやる!」
……が、しかし。
日向が剣を振り下ろすその前に、次元のゲートの向こうから”怨気”の貫手が伸びてきて、日向の喉を刺し貫いた。
「ごぼっ!?」
「日向!?」
エヴァは慌てて、日向を助け起こそうとする。
しかし、急にその動きを止めて、背後を振り返った。
二人のすぐ後ろに、狭山が立っていた。
「狭山……! ”瞬間移動”で移動してきたのですね……!」
「そういうこと。さて……この勝負もいい頃合いだ。そろそろキングかクイーンか、どちらかの駒でも貰っておこうかな」
日向とエヴァを交互に見ながら、狭山はそうつぶやいた。