第1617話 厄災
この星と”怨気”のコラボレーションを見せると狭山が言った。
それと同時に、日向の右腕上部に鋭い痛みが走り、穴が開いていた。
「っつぅあ……!? な、なんだこれ!? 何が起こった!?」
穴の面積はそれなりに大きい。
もう少し大きければ、日向の腕は千切れて落ちていただろう。
”復讐火”で穴を焼き、すぐに傷を塞ぐ。
日向自身、いま自分の身に何が起こったのかまったく分からなかった。なので仲間たちは何か見ていないかと思い、皆の顔を見回してみる。
日影とエヴァもまた、訳が分からないといった表情をしていた。
ただ、シャオランだけは、何かを視界に捉えたようだった。
「い、今、空から赤い槍が降ってきたように見えたんだけど……」
「空から槍……? でも近くに槍なんて落ちてないぞ……?」
日向たち四人はそろって空を見上げる。
夜の空を、分厚く赤黒い不気味な雲が覆っている。
狭山が第二形態になった時に出現した雲だ。
その赤黒い雲から、目にも留まらぬ速度で何かが降ってきた。
それは日影の左肩に命中し、抉って出血させた。
「ぐぁッ!? 何だ今のは!? 血の槍が降ってきたみたいな……」
「これは……まさか……」
その時だった。
空から赤黒い雨が降ってきた。
槍のようなサイズで、レーザービームのように高速で落ちてくる雨。
侵略してきた巨大UFOが地上に弾幕をばらまくように、この戦場全体に見境なく降り注ぐ。
「うわ!? やっぱり”怨気”の雨だ!? こ、こんなのどうしようもな……ぐぁぁぁ!?」
日向は次々と”怨気”の雨に撃ち抜かれて、血まみれになって倒れてしまった。『太陽の牙』で頭部だけは防御したようだが、まだ意識を保っているのが不思議なくらいの惨状である。そして日向が倒れた後も”怨気”の雨は止まず、撃たれ続けている。
「こりゃやべぇ! 二人とも、自力でどうにかしろ!」
日影がシャオランとエヴァにそう声をかけた。彼自身は”オーバーヒート”をフル稼働させて、降ってくる”怨気”の雨を蒸発させている。他の皆も守ってやりたいところだったが、この火力では皆を巻き込んでしまう恐れがあるので、日影はこの場を離れるしかない。
日影の言葉を受けて、シャオランは地の練気法の”大金剛”で。
エヴァは暴風の盾を作り出して。
それぞれ雨を防御。
「と、とりあえず防げるけど、これじゃ動けないよぉ……!」
「待っていてください! 今、天候操作で対抗して、この雨を止めるよう働きかけています……!」
エヴァがそう告げて間もなく、”怨気”の雨の勢いが劇的に弱まってきた。槍のように鋭かった雨水は、自然の小雨程度のものになり、物理的攻撃力は完全に失われた。
ただ、身体に穴を開けられるようなことはなくなったが、雨水に込められた”怨気”はそのままだ。それらが皆に振りかかるたびに、熱く鋭い痛みが皆の身体に浸透する。
「げほっ……! すみませんが、この雨を完全に止めることはできないです……!」
「ううん、これだけ弱めてくれただけでも十分だよ! ”怨気”のダメージは、ボクたちの能力じゃ回復は難しい。当たり前だけど、有効な対処法は、速攻でサヤマを倒すことだけ……!」
「……いえ、待ってください! 周囲に生命の気配が……」
「KISHAAAAAA!!」
鼓膜をつんざくような、甲高く気味の悪い奇声。
レッドラムが、突如として地面から湧き出てきた。
しかもその数、二体や三体どころか、ここら一帯を埋め尽くすような数だ。
「う、ウソでしょ……!?」
「先ほど降り注いできた雨水を素体にして、”生命”の権能で命を吹き込んだ……! けれど、これだけの数を一度になんて……!? 先ほどの雨といい、まさに厄災……!」
「KEEEEE!!」
これでは狭山への攻撃どころではない。シャオランとエヴァは、倒れている日向を守りつつ、全方位から襲い掛かってくるレッドラムの群れへの対処を余儀なくされる。
そして、先ほど”オーバーヒート”で三人から距離を取っていた日影は、それと同時に狭山への攻撃を敢行。
「これ以上、好きに暴れさせてたまるかッ!」
狭山に向かってまっすぐ突撃する日影。
一方、狭山は大きな”怨気”の腕を作り、その拳に”地震”の震動エネルギーを集中。
「おいで日影くん。蠅みたいに叩き潰してあげよう」
「『はい分かりました』なんて言うと思ったかバカ野郎!」
振り下ろされた”怨気”の拳を回避し、日影は狭山の右わき腹を深く斬りつけた。これには流石の狭山も手痛いダメージになったらしく、身体がよろめく。
「うぐ……! けれど、馬鹿者は君だよ。君が受け止めてあげなかったから……ほら、三人が危ないよ」
先ほど振り下ろし、日影に回避された”怨気”の腕は、その勢いのまま地面に叩きつけられた。その結果、震動エネルギーが大地を揺るがし、破砕し、”怨気”の衝撃波が発生。
”怨気”の衝撃波は津波のように、大地を破砕しながら猛スピードでシャオランたち三人に迫る。レッドラムの相手に夢中になっていたシャオランとエヴァは、”怨気”の拳が大地を叩いた瞬間を確認できていない。よって、迫りくる”怨気”の衝撃波にも気づいていない。
「な、なんか今すごい地震が……?」
「……はっ!? シャオラン、前方から……!」
「え、ええ!? ”怨気”の衝撃波……わぁぁぁ!?」
「た、退避を……ダメ、間に合わない……きゃあああ!?」
シャオランも、エヴァも、まだ倒れていた日向も、その三人を襲っていたレッドラムの群れも、皆まとめて衝撃波に巻き込まれ、吹き飛ばされてしまった。
「あーあ。君が素直に潰れてあげないから」
「て、テメェ!」
日影はすぐさま、再び”オーバーヒート”で狭山へ突撃。
これに対して狭山は、身に纏う”怨気”を、左右二対の悪魔の翼の形に変化させる。
狭山はその翼を大きく羽ばたかせ、突風を巻き起こした。
それを見た日影は、瞬間的に嫌な予感が湧いてきた。
「この突風は、受けたら絶対にやべぇ……!」
すぐさま左へ逸れて、突風に巻き込まれないように回避する日影。
狭山が起こした突風が、わずかに日影の右耳にかかる。
たったそれだけで、日影の右耳の端が斬り飛ばされた。
「やっぱりか! ”暴風”の権能だ! あのまま突っ込んでいたらバラバラ死体にされてたぜ……!」
すると日影は、今度こそ攻撃……することなく、狭山に背を向けて一目散にこの場から離れていく。
逃げているわけではない。
先ほどシャオランたちが、狭山が発生させた衝撃波に巻き込まれていた。
であれば、この機を逃す狭山ではないだろう。
日影の思ったとおり、狭山は”瞬間移動”でシャオランたちのもとまで移動。彼らにトドメを刺すべく”怨気”の腕を多数生成。
「させるかッ!」
日影が音速で狭山に接近し、『太陽の牙』を叩きつける。
狭山もすでに日影の接近を察知しており、”怨気”の腕で防御。
そこから二人は、『太陽の牙』による斬撃と、”怨気”の腕によるラッシュ勝負に突入。音速の炎斬と”怨気”の拳が何度も、何度も、激突する。
だが、劣勢なのは日影だ。
少しずつ、少しずつ、狭山のラッシュに斬撃が追い付かなくなってくる。
「くッ……やっぱり手数は向こうが上か……ぐぁッ!?」
とうとう日影のラッシュが突破され、殴り飛ばされてしまった。
その隙に、もう一本の”怨気”の腕が伸びてきて、日影の胸に貫手を突き刺す。
「がッ……!?」
さらに、突き刺された”怨気”の手から、超濃度の”怨気”が放出された。これによって日影の体内は腐り落ちるように破壊され、日影自身も吐血してその場に倒れた。
「ごぼっ……!? がふっ……!?」
日影が倒れたその場所には、すでに日向、シャオラン、エヴァの三人も倒れていた。皿の上に乗せられたご馳走のように、四人は固まって倒れている。
「さて……それじゃあ、そろそろ終わりにしようかな?」
まだ四人とも息絶えてはいないが、ダメージは大きく、とても動けるような状態ではない。日向の”再生の炎”も機能を停止したのか、傷がほとんど残ったままだ。
狭山は左右に一本ずつ”怨気”の腕を生成。
その腕を振り上げ、手のひらから放出した”怨気”を束ねて剣にする。
「この大地もろとも、真っ二つに……」
「”復讐火”ッ!!」
その掛け声とともに、日向が一瞬で狭山の懐に潜り込んだ。
そして……。
「もらった! ”最大火力”ッ!!」