第1615話 力不足
第二形態になり、圧倒的な強さを見せつけてきた狭山。
余裕を見せているのか、今は攻撃を仕掛けず、歩いて日向たちに近寄ってきている。
その間に日向たちは、狭山が見ている前ではあるが、急いで体勢を立て直す。
日影、シャオラン、エヴァの三人は、それぞれいくらかダメージを受けているが、戦闘続行が困難になるほどではない。日影に至っては”再生の炎”ですでに傷を綺麗さっぱり消してしまっている。
日向は”怨気”の貫手で腹部を貫かれていたが、彼もまた日影と同じく炎で傷を焼き、完治させていた。顔色は悪いが、しっかりと立ち上がっている。
特にダメージが酷いのは本堂だ。二十三発の”魔弾”を一度に受けてしまった。しかも、そのうちの一発は、彼の左わき腹を深く抉り、穴を開けてしまう始末。あばら骨ごと持っていかれてしまっている。
「げほっ……。まだ第二ラウンドは始まったばかりだというのに、手厳しいことだ……」
「仁! 大丈夫ですか!? すぐに傷の回復を……!」
エヴァが本堂のもとに駆け寄ってきて、”生命”の権能で彼の傷を治癒する。北園がいなくなってしまった以上、回復役はエヴァだけが頼りだ。
……ところが。
本堂と、彼の傷を治しているエヴァは、そろって焦りの表情を浮かべた。
「これは……傷の治りがひどく遅い……!?」
「まさか、狭山さんの”怨気”の効果か……? 彼の”怨気”の出力が強すぎて、本来ならシャオランの”空の気質”や、お前の霧が”怨気”の回復阻害効果を抑え込めるのに、その抑え込みを超えて影響を及ぼしているのか……」
「その通り」
十分に近寄り、歩みを止めた狭山が、そう答えた。
また複数の”怨気”の腕を生成し、攻撃の用意をしている。
「大変だったよ。これだけの怨嗟を抑え込みながら、人間としてこの星で生きるのは。大変だったけど、とても楽しかった。自分たちアーリアの民と似通った姿に進化して、自分たちとは似ても似つかない文明を築き上げた君たち。それを眺めるのは実に楽しく、そして愛おしかった。そんな愛おしい君たちを殺している今この状況も、なかなかどうして面白い」
「く……」
「人間の努力が実り、報われる瞬間は大好きだ。そして、人間の努力が実らず、絶望に打ちひしがれる姿を見るのもまた趣がある。今の君からは、良い具合の絶望が感じられるね」
「何を……! 俺は、まだ……!」
「そして、これだけ”怨気”に身を蝕まれているのなら、自分の”結晶化”は問題なく発動できる」
それを聞いて、本堂は戦慄した。
エネルギーを結晶のように固形化させる狭山の超能力”結晶化”。これを使って、本堂の身体を侵す”怨気”を結晶化し、内側から身体を突き破らせるつもりだ。
前に狭山と戦った時は、この超能力に対して成す術がなかった。ほとんどノーモーションで、即座に発動できる致命的な一撃。こと戦闘においては、求められる要素を全て持ち合わせた、あまりにも凶悪極まりない能力。
狭山が”結晶化”を発動させようとした、その瞬間に日影が”オーバーヒート”で狭山に斬りかかった。
「おるぁぁッ!!」
「おっと」
狭山は生成させていた”怨気”の腕で、日影の斬撃を受け止めた。
そこへ間髪入れずシャオランが、間合いを無視する”無間”の拳で狭山の腹部を殴打。彼を吹っ飛ばす。
「やぁぁッ!!」
「ぬっ……!」
さらに日影が追撃。
炎の回し蹴りで狭山を蹴り飛ばす。
「るぁぁッ!!」
「ふむ……。様子見からの反撃に転じた……というよりは、もっと最初から決めていたような、確固たる目的を持った動きに見える。なるほど、もう分かっているんだね。自分の”結晶化”は、遠距離にいる相手には発動できないことを。だから自分に能力を発動させないため、自分を本堂くんから遠ざけようとしている。戦闘開始前からこう動くよう作戦立案していたね?」
「クソッ、言わなくてもお見通しかよ!」
日影の後は、またシャオランが追撃。
どうにか二人は、狭山を本堂から引き離すことに成功。
その間に日向は、本堂のもとへ駆け寄る。
彼は引き続きエヴァから傷を回復してもらっているようだが、やはりその回復速度は遅い。まったく回復していないわけではないが、完治するまで粘るのは現実的ではないと思えるくらいには遅い。
「本堂さん、大丈夫でしたか!?」
「ああ、何とか……。やはりお前が事前に予想していた通りだったな……。狭山さんの”怨気”は、離れている相手には効果を発揮できないようだ」
「ですね。けれど、もうそんなの問題にしている場合じゃないくらい、今の狭山さんは強いです。どうやって立ち回るべきか……」
「日向。エヴァ。お前達は日影とシャオランを援護しに行け。あの二人と言えど、今の狭山さんをたった二人で相手し続けるのは危険だ」
「そ、それはそうですけど……」
「そうです仁。まだあなたの傷が……」
「構うな。どのみち、このペースで完治は無理だろう。傷が治るより先に戦闘が終わってしまう。動けるようになったら俺も復帰する。お前達は先に行け」
本堂は、意外と意志が固い。
こうなった彼の意見を曲げさせるのは、極めて困難。
そう判断した日向とエヴァは、本堂の言葉に従うことにした。
「……分かりました。でも、無理せずゆっくり復帰してくださいよ!」
「孤立したあなたを、狭山が再び狙いに戻る可能性もあります。気を付けて」
「承った」
日向とエヴァの言葉に返事をして、本堂は二人の背中を見送った。
そして、二人が去った後に本堂が思い返したのは、先ほどの狭山の言葉。
彼は本堂に「絶望が感じられる」と言った。
そして事実、先ほどの本堂は、現状に絶望を感じていた。
長い戦いの日々だった。
その日々の中で、様々な経験を積み上げ、強くなった。
その過程で、人間をやめることにもなった。
それだけのことをしても、狭山には及ばなかった。
自分の能力の全てが、まるで児戯のように、取るに足らないものとして処理された。
「……だが、それも予測はしていた。あの七体の『星殺し』を生み出した狭山さんならば、その強さも並大抵のものではないだろうと。あるいは、人間では敵わない存在かもしれないと。だから、もしも俺の力が及ばなかった時のため、その対策を練る必要があった……」
すると本堂は、上着のポケットから何かを取り出した。
それは、大きな宝石のような、蒼く透き通る綺麗な石だった。
ちょうどその蒼色は、エヴァが操る『星の力』と同じように見える。
「力が不足しているなら、その不足している分の力を補うしかない。どんな手段を使ってでも。それが……たとえ、俺の人間としての生涯が此処で終わるとしても」
決意に満ちた瞳を、その蒼い石に向けながら、本堂はそうつぶやいた。




