第150話 予知夢の五人VS最凶ドリンク
引き続き、マモノ対策室十字市支部にて。
日影がグラスを手に取る。
グラスの中身は、狭山が健康飲料と言い張るヘドロ色の汚泥めいた何か。通称『狭山スペシャル』。
「まぁ、狭山はバッチリ飲み干して、それでもしっかり元気にしてるんだ。最悪、不味いモンだとしても毒物ではないだろ。んじゃ一番手、行くぜー」
軽い調子でそう言って、日影はグラスをあおった。
ゴクリ、と喉にドリンクが流れた音がした。
そして……。
「げぼはぁ!?」
悲鳴を上げてその場にうずくまった。
「な……何だこれは……ヘドロなのは見た目だけかと思ったら……味から食感に至るまで全部ヘドロじゃねぇか……」
日影の顔色がみるみるうちに青くなっていく。
それでも味のリポートを忘れない。
「ほら言わんこっちゃない! だから俺は止めといた方が良いって……!」
「ひ、日影くん、大丈夫!?」
日向が心配そうに声をかける。
北園も心配そうに見守っている。
だが日影の顔色は回復しない。
それどころか……。
「ぐ……!? がぁぁぁぁ!? 口が、胃が、焼ける……!?」
「うわぁ!? 日影くんが火を吹いてる!?」
「ウソだろ……? ”再生の炎”だ……!」
口の中が燃え上がる日影を、日向は唖然として見つめていた。
『太陽の牙』を拾い、受けた傷はその場で焼き尽くされる身体になった日向だが、これまでに辛い食べ物や熱い食べ物、不味い食べ物を食べても”再生の炎”は機能しなかった。
特に「辛味は痛覚である」と言われているだけに、辛いものを食べたら口の中が焼かれたりしないだろうかと心配していたが、それくらいなら許してくれるらしい。
しかし、目の前の日影はどうだ。
”再生の炎”は、狭山のドリンクを『負傷』と判断して焼き尽くしにかかった。
「何が『毒物じゃない』だ……。思いっきり毒物じゃないか……」
呟く日向。
その声には恐怖がこもっている。
やがて日影の炎は止まった。
しかし、日影は床に倒れたまま動かなくなってしまった。
日向と狭山が日影に近寄り、彼の容態を確かめる。
「し……死んでる……!」
「いやいや、死んでないよ。ほら、呼吸しているじゃないか」
「こんな白目剥いて、ビクンビクン痙攣して気絶しているような状態、死んでるも同然でしょーが! 一体何を混ぜたら人をこんな風にするドリンクが出来上がるんですか!?」
「栄養のある食べ物をとにかくミキサーにぶち込んで混ぜただけだよ。内容物は、まずシュールストレミングに……」
「待って待って一番目からいきなりヤバい名前が出てきたんですけど」
「とりあえず、日影くんを寝かせとこうか」
そう言って、狭山はリビングの床に日影を仰向けにして寝かせた。
傍から見たら安置されている死体にしか見えない。なむ。
そして、狭山は残った四人に呼びかける。
「さて、次の挑戦者は?」
「この期に及んでまだ飲ませようとするんですかアンタは! 死人が出たんだから解散でしょ!?」
「そうだそうだ! 解散! かいさーん!」
日向とシャオランが抗議の声を上げる。
それを聞いて、狭山は残念そうな表情を浮かべる。
「うーん、残念だ。いちおう栄養価は本物だから、飲めば滋養強壮、肩こり解消、身長アップまで期待できるというのに」
「飲みます!!」
『身長アップ』という単語を聞いた瞬間、シャオランの眼の色が変わった。
「よく言ってくれた! さぁどうぞ!」
そう言って狭山はシャオランにヘドロ色のドリンクを差し出した。
シャオランは呼吸を整え、身体に砂色のオーラを纏わせる。『地の練気法』だ。
そんなやる気満々なシャオランを、日向が止める。
「待ってシャオラン早まるな。日影には”再生の炎”があるから死にはしない。けどシャオランにはそんなものは無い。死んでしまったらそれまでだぞ」
「でも……牛乳にもお魚にも見放されたボクには、もう他に頼れるものは無いんだ。一ミリでも可能性があるなら、ボクはコレに賭ける」
「悪魔に魂を売るレベルの愚行だと思うんですが」
「大丈夫だよ。ボクはみんなの中で最も体力がある。それにボクには『地の練気法』もあるしね。これで耐久力を底上げする。日影はやられてしまったけど、ボクなら少しは耐えられるはずだ」
「獅子身中の虫ってことわざ知ってる?」
「知ってるよ! そしてこの状況は、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ!」
そう言うと、シャオランはグラスの中のヘドロドリンクをゴクリと飲み込んだ。そして……。
「はうっ!?」
ガタン、と床に膝をついた。
やはり顔色はどんどんひどくなり、脂汗までかいてきている。
「しゃ……シャオランくーん!?」
「そら見たことか! 北園さん、治癒能力を!」
「無理だよ! 私の治癒能力には毒を治すことはできないもん!」
「じ、じゃあ本堂さん! 何か解毒剤を……!」
「悪い。これに対応する薬は持ち合わせていない」
「お……お手上げだ……!」
シャオランが倒れ、皆がパニックに陥ってしまった。
そんな中、シャオランは弱々しい声で呟いた。
「こ……これ……」
「どうしたシャオラン!?」
「これを飲まないと……身長が伸びないというなら……ボクは小さいままでいいや……ガクッ」
「し……シャオラーン!?」
こうして、シャオランも極悪ドリンクの前に倒れた。
今は日影の横に並んで安置されている。なむ。
「さて、次は俺だな」
そう言って、本堂がグラスを手に取った。
やはり日向が止めに入る。
「アンタ正気ですか!? この惨状を見てなんで行こうと思うんです!? 止めときなさいよ!?」
「案ずるな」
「案ずるわ!!」
「俺も味覚のイカレ具合には自信がある」
「今すぐ捨てろそんな自信!」
「バレンタインデーには、ぬかだきチョコとか振る舞われたぞ」
「ぬかだきチョコ……?」
「まぁ見てろ。ここはひとつ、年上としてビシッと決めてやる」
そう言って本堂はグラスを手に取ると……。
「ふんっ!」
一気にグラスを傾けて、物凄い勢いでドリンクを飲み始めた!
「うわあああ!? イッキだ! イッキに行く気だ!?」
「ほ、本堂さん! 頑張って!」
日向と北園が悲鳴混じりの歓声を上げる。
「うっ……!?」
しかし、半分くらいまで飲んだところで、本堂の動きが止まった。
やがてグラスをゆっくりとテーブルに置き、プルプルと身体が震え始める。
「本堂さん……?」
「お……」
「『お』?」
「お……い……」
「『おい』?」
まさか美味しいのか?
「お医者さんを呼んでくれ……」(バターン!)
「ほ……本堂さーん!?」
本堂も、狭山スペシャルには勝てなかった。
果敢に挑んだ三人の勇士の死体が床に並べられる。なむ。
「あわわわわ……」
その並んだ死体を見て、北園が涙目でガクガクと震えている。
次は自分の番だ、自分もこうなるのだと悟っているのだ。
「き……北園さん……無理するんじゃない……止めるんだ……」
日向も必死に北園を止める。
男三人があの始末なのだ。
華奢な北園があのドリンクを飲めば、それこそ死んでしまう恐れがある。
「日向くん……私……飲むよ……!」
しかし、北園は止まらなかった。
震える手でグラスを手に取る。
「なんで!? 一体どこに飲む必要性を見出したの!?」
「もともと、私が最初に『見たい』って言い出したのがきっかけだし、私だけ逃げるワケにはいかないの……!」
「いや誰も責めたりしないから今すぐ逃げよう?」
なおも北園を止める日向。
そんな二人に、横から狭山が声をかける。
「実のところ、北園さんなら飲めるんじゃないかと思うんだよね、自分。もしかすると口に合うかも……」
「アンタは! 余計なことを言うなアンタは! 止めてあげて!」
「狭山さんのおかげで決心がついたよ。じゃあ……行きます!」
そう言うと、北園はグラスを傾け、黒く濁った汚泥を啜った。
その様子を、日向と狭山は固唾を飲んで見守る。
少し飲み込むと、北園はそっとグラスを下ろし……。
「……あ……お花畑が……」(バターン!)
「き……北園さーん!?」
北園は、顔面から床に倒れてしまった。
倒れた北園を助け起こしながら、日向は狭山を糾弾する。
「そら見たことか! 何が『北園さんなら飲めるかも』ですか! 御覧の有り様じゃないですか! ヤバい倒れ方しましたよ!」
「うーん、おかしいなぁ……。いけると思ったんだけど……」
「と、とにかく安静にして寝かせないと!」
こうして、四人の死体が仲良く床に並ぶこととなった。合掌。
並んだ死体を静かに見つめる日向と狭山。
「……じゃあ日向くん。一杯いってみるかい?」
「は? 嫌ですけど? 何が悲しくてそんなヤバい液体を口に含まなければならないんですか?」
「うーむ、普段大人しい日向くんがここまで攻撃的になるくらい嫌らしい」
「とにかく、ドリンクを片付けましょう。……しかしこのドリンク、臭いはほとんどしないんだな……。だから皆、口に含む直前まで『もしかしたらいけるんじゃないか』って思ってしまう。なんとまぁ性質の悪い……」
ブツブツ呟きながらゲテモノドリンクを片付け始める日向。
しかし、その日向の腕を、何者かが掴んで止めた。
「え……?」
「よぉ日向……。お前、自分だけ飲まずに逃げる気か……?」
日影だ。
アンデッドのような顔色と目つきで日向の腕を掴んでいる。
そして、日影の後ろには他の仲間たちも。
「ヒューガ……君にも是非味わってほしい……」
「俺たちは仲間だ。喜びも苦しみも共有すべきだと思わないか」
「私も飲んだんだよ? 日向くんも……ね?」
「……何だこの、この世の終わりみたいな光景は。ウイルス兵器か何かですかあのドリンクは。飲んだら他の人にもドリンクを飲ませて仲間を増やす効果でもあるんですか」
恐怖、怒り、焦り、その他諸々が入り混じった表情で狭山に問い詰める日向。
「いや、そんな効果は無いはずだけど……その日の気分でブレンドを変えるから、今回限りの副作用かも」
「まさか……狭山さんもこれを飲んだから、今日は嬉々としてこの殺人ドリンクを勧めてきた……?」
そうこうしている間にも、仲間たちは着々と日向を取り囲む。
そして、北園がテーブルのドリンクを手に取り、日向に差し出してきた。
「はいどうぞ、日向くん♪」
「…………!」
日向は、本能的に命の危機を感じ、逃げ出した。
「あ、日向くんが逃げた!」
「ふざけんな! 捕まえろ!」
「任せろ。50メートル5秒台の俺から逃げられると思うな」
「よーし、頑張れホンドー! ヒューガを逃がすな―!」
「嫌だ―!! 死にたくなーい!!」
その後、本堂の俊足には勝てず日向は捕まり、無事死亡した。
この集団暴行めいた行為を、他の四人はなぜか覚えていないという。
「はい? 味の感想?
『このドリンクの元になった全ての食材に謝れ』だ!!」