第1612話 地獄の具現
狭山が大地からマグマを噴出させ、それを操って日向たちを焼き殺そうとする。彼自身は”瞬間移動”で日向たちから距離を取り、追ってくる彼らを待ち構える。
「エヴァちゃんの次元のゲートで接近してくるものと思っていたけど、正面から来るつもりか。自分の予想はハズレだね。でも、それならそれでやりようはある。例えば、こちらに近づくだけでも一苦労するように、もっと攻撃を激しくするとか」
そうつぶやき、狭山はオーケストラの指揮者のように両手を動かす。
それに連動してマグマもうねり、日向たちに襲い掛かる。
さらに、黒い雲に覆われた空からは雷も落ち始める。
エヴァが空に向かって電磁の障壁を張り、傘のようにして空からの雷を遮断しているようだが、そうやって空に気を向かせて、下からマグマで襲う。エヴァはとっさに回避したようだが、マグマの飛沫がわずかに振りかかったようだ。
狭山に向かって、日影が”オーバーヒート”で突撃してくる。
これに対して、狭山は右手を軽く上げる。
すると、日影の進路上の地上がボコボコと盛り上がり、その下からマグマが大噴火。日影はそれに巻き込まれて吹っ飛ばされてしまった。”オーバーヒート”で身に纏っていた炎がいくらかマグマをガードしたようだが、それでも大火傷を受けたようである。
日影を吹き飛ばした大噴火は、そのまま火山弾となって地上に降り注ぐ。日向に本堂、シャオランやエヴァは、この火山弾に巻き込まれないように必死に飛び回る。
火山弾の回避に必死になっていた日向が、エヴァの電磁障壁の傘からはみ出た。それを見逃さず、狭山が雷を落とす。
雷は、『太陽の牙』を持っていた日向の右腕に命中したようだ。
悲鳴が狭山のもとまで聞こえてきたが、あの程度で彼は折れないだろう。
地上からはマグマ。空からは落雷。
まさに地獄絵図。
日向たちは今、地獄に放り込まれている。
「……いいや、違うね。これは地獄ではない」
狭山がつぶやく。
続けて、誰に語るでもなく、言葉を発する。
「自分は、本物の地獄を見た。本物の地獄に堕とされた。本物の地獄を味わった。地獄とは、どこまでも、どうしようもないくらい、赤一色なんだ。そして、魂が焼き切れるくらいに熱い」
恐らく彼が語るその言葉は、アーリア遊星が記憶した経験だろう。地球に衝突し、地球の地殻に呑み込まれたアーリア遊星の記憶だ。遊星の魂と一つになった彼は、その遊星の記憶と感覚を、自分自身のものと認識している。
「その熱さは、その地獄は、今でも続いている。自分がその欠片の一つも残らず焼き尽くされても、未だにこの魂は熱さを感じ続けている。地獄の責め苦とはまさにこのことだよ」
狭山が、自身の目の前に、渦巻く風の球を生成。
その風の球に吸引されるように、周囲のマグマが集まってくる。
「ただ……自分にとって、地獄という世界は、罪人が堕とされるものだという認識なのだけど。今の自分たちなら、地獄に堕とされても文句は言えない。けれど、あの時の自分たちは何をした?」
そして、狭山が風の球の力を解放。
前方の日向たちに向かって、マグマの巨大竜巻が光線のように襲い掛かった。
渦巻くマグマの奔流が迫ってくる。
日向たち全員を巻き込んでしまうであろう大規模な攻撃だ。
これに対して、エヴァが大地に手を突き、見上げんばかりの巨大な岩壁を生成。さらにその岩壁に『星の力』を纏わせ、結晶化……オリハルコンの壁を作った。
蒼い結晶で覆われた岩壁が、マグマの渦を受け止める。
日向たちは全員、このオリハルコンの壁に隠れて、狭山の攻撃をやり過ごす。
「こ、これだけ攻撃が激しいと近づけないよぉ!」
「く……。狭山さんもいよいよ本腰を入れてきたといったところか。このオリハルコンの壁で溶岩の渦は防御できても……」
つぶやきながら、本堂が空を見上げる。
空を覆う黒雲に、紫色の稲妻が走った。
「やはりか。散れ! 狙い撃ちにされるぞ!」
本堂の声と共に、五人は散開。
その直後、やはり落雷が襲い掛かり、五人がいた場所が爆ぜ飛んだ。
さらに、またもマグマがうねり、蛇のように襲い掛かる。
そのマグマを強風で押し返しながら、エヴァが日向に声をかけた。
「日向! まだ狭山誠を追いかけるつもりですか!? これでは、彼に近づいたころには私たち全員ボロボロです!」
「いや……そろそろ次の作戦だ。特にエヴァ、お前がこの岩壁を生成してくれたのが本当にありがたい。これが目隠しになって、狭山さんは俺たちが何をするつもりか視認できない」
「そ、そうですか。それで、次はどう動くつもりですか?」
「それじゃあ、まずはエヴァ。狭山さんの近くに次元のゲートを開いてくれ」
エヴァは日向の指示通り、次元のゲートを生成。
その出口は狭山のすぐ近くにつながっている。
「……うん。そろそろこちらの攻撃に音を上げて、次元のゲートを使う頃だとは思っていた」
狭山がつぶやく。当然ながら、その出口がすぐ近くに出現した以上、彼もすぐにその存在に気がついてしまう。そのまま、日向たちが次元のゲートを通って出てくるのを待ち構える体勢に。
「さて、日向くんたちはどう出てくるだろうね。最初に予想した時点で次元のゲートを開かなかったのは、自分がゲートの先で出待ちしているのを予想し、警戒していたからだろうね。である以上、無策で飛び出てくるはずがない。いくつか予想は考えられるが、もっとも効果的で可能性が高そうなのは……」
「おるぁぁぁッ!!」
次元のゲートの向こうから、日影が”オーバーヒート”を使いながら飛び出てきた。狭山の至近距離から、音速飛行する炎の塊となった日影が突撃する。
対する狭山は、両手剣を構えるようにして”怨気”を手から噴出させ、それこそ剣のように日影へと振るい、彼の『太陽の牙』と激突させた。
日影の『太陽の牙』と、狭山の”怨気”の剣がぶつかり合い、重厚な金属音が鳴り響く。
オーバーヒート状態の日影は、そのまま狭山を音速の勢いでぐんぐん押し込むが、彼の剣を突破するには至らない。
「ぬ……! やっぱり日影くんが出てくると思ってたよ……! 待ち構えられていると分かっているなら、何が待っていても突破できる君の火力と突進力にモノを言わせてくると思ったさ……!」
「クソッ! 自信満々で突っ込ませたクセに、読まれてんじゃねぇか日向の野郎!」
「ただ、行動は読めていても、キツいことに変わりはないんだけどね! この炎と馬力……いやはや、たまらないよ……!」
いつまでも日影の突撃に付き合っていては、狭山は炎に炙られるばかり。狭山は頃合いを見て日影を後ろへ受け流し、持っていた”怨気”の剣を投げ槍のように日影めがけて投げつける。
「お返しだよ!」
「いらねぇよ!」
日影は上昇し、狭山の”怨気”の剣を回避。
回避された”怨気”の剣は、先ほどエヴァが生成したオリハルコンの壁にぶつかり、赤黒い爆発を起こした。
「さっきエヴァちゃんが自分のマグマストーム(いま命名)を受け止めた壁が、こんなに近くに。なるほど、日影くんは突撃要員と同時に、自分を日向くんたちのもとまで押し込める役か」
そうつぶやいている狭山を狙って、上空から本堂が右腕の刃で斬りかかる。
「”雷刃一閃”……!」
「エヴァちゃんの風のベールで空を飛び、壁を越えて自分を攻撃か」
狭山は左腕に”怨気”を集中させ、その腕で本堂の刃を受け止めた。籠手などの防具は装備していない。生身の腕で受け止めたのだ。
本堂の刃は狭山の左腕にいくらか食い込み、高圧電流で左腕を傷口から焼いているが、腕を切断するまでには至らず、止められてしまっていた。しかも狭山が筋肉を引き締め、刃が狭山の腕から抜けない。
「防がれた、だと……!」
「いや、そうでもない。かすり傷一つ負わずに弾き返すつもりだったのだけど、ご覧のとおりの重傷だ。強くなったね」
そう言いながら、狭山は右の拳を引き絞り、狭山から離れられない本堂の左頬を殴り飛ばした。
本堂は地面に叩きつけられ、大きくバウンド。人体が地面から跳ね上がるほどの衝撃を受けたということだ。
「ぐあっ……!? だが、一瞬だけでも動きは止めた……!」
「ふむ……?」
今の本堂の言葉を受けて、周囲を確認する狭山。
狭山が本堂を攻撃していた間に、その狭山をシャオランの”空の気質”の空間が包み込んでいた。そしてシャオランが拳を振るう。
「空の練気法”無間”ッ!!」
「くぅ……! キツいね……!」
シャオランの攻撃を受けて、狭山の動きがさらに止まる。
そこへ日向が駆けつけて、イグニッション状態の剣を振り下ろした。
「太陽の牙……”紅炎奔流”っ!!」
放たれた紅蓮の炎。
邪悪な魂さえ欠片も残さず焼き尽くすであろう灼熱が、狭山に迫る。
事前にシャオランの攻撃も受けて、狭山の足は止まっている。
日向の炎が目前まで迫る。
……が、狭山はここで右へ跳躍。
日向の炎を回避してしまった。
「危ない危ない! いやぁ、今のはなかなかにヒヤッと……」
しかし。
その狭山が回避した先から、たった今回避したはずの”紅炎奔流”が飛んできた。
「おっと、これは……!」
驚いたというより、嬉しそうな微笑みを見せた狭山。
そのまま彼は、押し寄せてきた炎に呑み込まれた。