第1610話 日影と
エヴァの攻撃で地上へと吹き飛ばされた狭山は、吹き飛ばされながらも体勢を整え、両足から着地。ミサイルのような速度でまっすぐ叩き落とされたにもかかわらず、足を痛めているような様子はまったくない。
その狭山を追って、上空から日影が急降下。
”オーバーヒート”の炎を噴出しながら、狭山に『太陽の牙』を振り下ろす。
「おるぁぁッ!!」
狭山は後ろへ大きく飛び退き、日影の斬撃を回避。
日影もすぐさま狭山を追い、滑空。
やはり単純な速度なら、音速飛行ができる日影に圧倒的な分がある。あっという間に狭山との間合いを詰めた。
「逃がすかよ! 付き合ってもらうぜ狭山ッ!」
「日影くん。君は良くも悪くも相変わらずだねぇ」
日影は狭山との間合いを詰めつつ、怒涛のラッシュで攻め立てる。その攻撃速度は、重くて大振りな『太陽の牙』を振るっているとは思えないほど。彼が振るっている剣はプラスチック製かと疑ってしまうほどに軽やかだ。嵐のような斬撃の中に左拳でのジャブやフック、足技も挟むことで攻撃を途切れさせない。
激しく、そして熱い日影の猛攻に晒されている狭山だが、相も変わらず冷静そのもの。練気法とバリアーで手足を保護しつつ、日影の攻撃を次々と防御。
とはいえ、一撃一撃が音速の勢いで繰り出される日影のラッシュは、一撃ごとの衝撃も尋常ではない。狭山とて、一瞬でも油断すればガードを崩され、一気に流れを持っていかれるだろう。彼も真剣な表情で、日影の攻撃に対応している。
やがて、日影のラッシュのパターンを狭山が見切った。
突き出された『太陽の牙』を左フックで弾き、右掌底を日影の心臓に打ち込んだ。
「はっ!!」
「がッ……!?」
吹っ飛ばされ、なんとか倒れずに耐える日影だが、足元は大きくふらついてしまう。また、今の一撃で心臓が損傷するも、”オーバーヒート”で燃え盛る炎がすぐさま日影の心臓を修復。どうにか死亡は免れた。
しかし今の反撃により、日影のラッシュが止まった。
今度は狭山が日影を攻め立てるべく、間合いを詰める。
「”オーバーヒート”で上昇するのは火力と速度のみ。君のその技は、守りに転じれば弱くなる」
言いながら、狭山は手始めとばかりに、日影の顔面を狙って右正拳を突き出した。
だが、日影は思いっきり前頭部を振り下ろし、その狭山の右拳に頭突きを叩きつけた。音速の頭突きと、日影の石頭、そして予期せぬタイミングで反撃を受けたことにより、練気法の守りを貫通して狭山の拳が破壊される。
「おっと、強引に割り込みを……!」
「もうだいぶ長く使ってんだ。この技の弱点くらい分かってんだよ! 守りに転じれば弱くなるなら、守らなけりゃいいだけだッ!」
狭山の攻撃を止めた日影は、ラッシュを再開。狭山を前へ前へと押し込むだけでなく、右や左にも吹っ飛ばし、上空でガーゴイル型のレッドラムと戦っている他の仲間たちから日影自身が孤立しないようにする。
日影の攻撃の合間に反撃を差し込む狭山だが、日影は止まらない。無理やり攻撃を耐えきって、狭山への連撃を続行する。まだ決定的な一撃は入らないが、何度か日影の攻撃も狭山に命中した。
そんな日影の猛攻を凌ぎつつ、狭山が声をかけてきた。
「自分が造り、日向くんに持たせた『太陽の牙』。その『太陽の牙』の力によって君は生まれた。A=BかつB=Cの時、A=Cとするならば、君は自分が生み出したと言ってもあながち間違いではない」
「かもな! とんだ不良を生んじまったなクソ親父!」
「ははは、こんな話を切り出しておいてなんだけど、君に父親と呼ばれるのは落ち着かないな。しかし……やはり、君にこんな、戦いだけの人生を送らせてしまったことには、思うところがある。君は幸せだったかい、日影くん?」
「……ああ。退屈しない人生だったよ。確かに戦いばかりだったが、オレにはそれくらいの人生が性に合ってたんだろうさ。それに、知り合った連中や、ここまで一緒にやってきた仲間達のおかげで、まぁ楽しい時間を過ごせたさ」
「そっか。それはよかった」
「その連中の中には、アンタも含まれてるんだぜ」
「嬉しいことを言ってくれるね。光栄だよ」
「そうかい。そりゃよかった。それじゃあコイツは、そんな素敵な人生をプレゼントしてくれたアンタへ、オレからの礼だ。ありがたく贈呈されやがれッ! ”陽炎鉄槌”ッ!!」
日影が左拳に炎を凝縮し、渾身の力で狭山に殴りかかった。
狭山は大盾のようなバリアーを展開し、日影の拳を受け止める。
日影の爆炎の拳は、狭山のバリアーを破壊できなかった。
しかしその衝撃までは抑えきれず、狭山は大きく後退させられる。
「あとな、勝手に『お前の人生はここまで』みたいな雰囲気を出してんじゃねぇぞ! オレの人生はこれからも続けてやる! 戦いばかりの人生だったが、それ以外のことはこれからやってやる! だから、まず手始めにテメェをぶちのめすッ!」
間合いが離れた狭山めがけて、日影は”オーバーヒート”で突撃。
右手の『太陽の牙』を引き絞り、間合いがゼロになると同時に刺突。
「突き破るッ!!」
繰り出された日影の炎の刺突は、またも狭山のバリアーに阻まれる。
だが、その剣先は、先ほど”陽炎鉄槌”を叩きつけた箇所に命中。
二度も強烈な衝撃を受けたからか、この刺突によって狭山のバリアーを貫いた……のだが、日影の『太陽の牙』はバリアーの向こうの狭山までは届かず、貫いたバリアーに刀身を挟み込まれるようにして、止められてしまっていた。
攻撃は失敗。
そのはずなのだが、日影はニヤリと笑う。
「よっしゃ、バリアーはぶち抜いた! 吹っ飛べ狭山ぁッ!!」
その掛け声と同時に、バリアーに突き刺さっている『太陽の牙』が、纏っている炎の勢いをさらに上昇させる。刀身に炎の渦を巻きつけているような様子だが、まるでその炎の渦は、見た目以上の莫大な炎を凝縮しているかのように見える。
その表現は、間違いではなかった。
炎の渦が解き放たれると、前方に向かって衝撃波のような大爆炎。
バリアーの向こうにいた狭山も、巻き込まれて吹き飛ばされた。
「ぐっ……!?」
狭山が、ここまでの戦闘で、初めて明確に苦悶の声を漏らした。
彼は、その身と精神を蝕む”怨気”に耐え続けた結果、痛覚が壊れてしまっている。よって現在はどんな痛みだろうとほぼ何も感じないのだが、『太陽の牙』の炎は効いたようだ。
痛みを感じないだけで、ダメージを受けないわけではない。そのダメージの大きさは、狭山であっても余裕を見せられるものではなかった……といったところだろうか。
吹っ飛ばされた狭山の背後から、日向が迫ってくる気配。
ガーゴイル型のレッドラムを全滅させて、狭山を追いかけてきたのだろう。
「分かりやすい接近だ。これはちょっとお仕置きだね」
日向が間合いを詰めてきたタイミングで、狭山は裏拳を繰り出した。その威力は強烈で、日向の頭部を一撃で砕いてしまった。
……かと思われたが。
砕いた日向の頭部が、霧散した。
頭部だけでなく、日向の身体そのものが霧となって消えた。
そして、その霧となって消えた日向の後ろから、もう一人の日向が斬りかかる。
「……しまった。エヴァちゃんの霧の幻影か」
「もらったぁぁっ!!」
イグニッション状態の『太陽の牙』を袈裟方向に振り下ろす日向。
狭山の左肩から右わき腹にかけて、緋色に燃える刀傷が深く刻まれた。