第1609話 エヴァと
空中にて、次元のゲートで狭山の背後を取ったと思ったエヴァだったが、その行動は狭山に先読みされていた。姿を現したばかりのエヴァに向けて”怨気”の光線が放たれる。
しかし、エヴァはすぐさま空中に舞い上がり、”怨気”の光線を飛び越えて回避した。そのままエヴァは落下することなく空中に浮いている。”天女の羽衣”の権能だ。
狭山への不意打ちを失敗してしまったエヴァは、いったん狭山から距離を取るために後退。彼女も近接戦闘には多少の自信があるが、恐らくは狭山の方が上手だ。彼女の野生の勘が、そう判断した。
だが、狭山もみすみすエヴァを逃がしはしない。
なにせ、彼女が持っている『星の力』を再び奪えば、それこそ神のごとき力を手に入れ、狭山の勝利が確定する。
その注意事項はすでに、エヴァも他の仲間たちも把握している。
エヴァに狭山を近づけさせないため、地上から日影が”オーバーヒート”で飛んできて、狭山に斬りかかる。
「おるぁぁッ!!」
「おっと」
狭山は後退し、日影の斬撃を回避。
その後ろへ下がったところへ、日向が先回りしていた。
「りゃああっ!!」
「おや、日向くん。君に飛行能力は無かったはずだが……エヴァちゃんの”天女の羽衣”によるものか」
狭山の予想通り、エヴァは日向に”天女の羽衣”を付与して、飛行能力を獲得させていた。すぐにそのことに気づいた狭山は、特に動揺することもなく、日向の攻撃も冷静に避ける。
すると今度は、低空から本堂が”轟雷砲”を放つ。
彼の腕から発射された稲妻が、一瞬の間に狭山に着弾。
「命中したか……!?」
「日向くんが飛んでいるなら、君も来てると思ったさ」
狭山は球状のバリアーを展開し、本堂の電撃を防御していた。
そこへ今度は日影が”オーバーヒート”で音速飛行し、すれ違いざまに狭山のバリアーを斬りつけるが、破壊には至らない。
「堅ってぇバリアーだな!」
「超能力の強さは精神力の強さに影響される。遊星と、その遊星に支配された民たちからの圧力に耐え続けたことで、自分の精神力はこれでもかと言うほどに鍛えられた。単純な堅さなら、自分のバリアーは史上最強の自信があるよ」
その自慢のバリアーで日影の斬撃を防いだ狭山だが、彼がまき散らした炎で視界が塞がれている。
まき散らされた炎が弱まる。
その瞬間、炎の向こうからエヴァが飛び掛かってきた。
「ならば、これも防げますか!? ”スサノオの一太刀”!!」
杖の石突を剣先に見立てて、エヴァがまっすぐな縦斬りを放つ。
その結果、狭山のバリアーは真っ二つに切り裂かれ、狭山自身の顔面からも出血。彼の右目も潰れたようだ。
「む……。空間ごと断裂させる”暴風”の権能か。たとえるなら、紙に描かれた最強の盾を、その紙ごとハサミで切って、最強の盾を真っ二つにしてしまうようなもの。これでは自分のバリアーも形無しだね」
顔からの出血を右手で拭う狭山。それと同時に”治癒能力”でも使ったのか、すでに彼の顔から傷は消えていた。二つに割れた右目も元通りである。
狭山は、先ほど拭い取って右手に付着した自身の血を振り払う。すると、振り払われた血がボコボコと泡を立て、形を変えて、翼を持つガーゴイル型のレッドラムになった。その数は十体。
「GYAGYAGYA!!」
「KIEEEE!!」
「ちぃッ! またレッドラムだ!」
「こいつらも今までのレッドラムより強い……! ジェット機みたいな速度で飛び回ってる!」
十体のレッドラムは日向たちを包囲し、四方八方から”怨気”のビームを発射したり、接近して爪や蹴りで攻撃してくる。
日向たちも負けじと応戦。日向か”怨気”のビームに被弾したり、本堂が引っ掛かれたり蹴り飛ばされリしたものの、少しずつ数を減らしていく。
エヴァも皆と共にガーゴイル型のレッドラムを迎撃。
接近してきた一体の首を”スサノオの一太刀”で斬り飛ばす。
「また先ほどのように派手に吹き飛ばしてやりたいですが、こうも皆が密集していると、巻き込んでしまう恐れがありますね……」
するとここで、狭山が来襲。
エヴァめがけて、”怨気”が込められた赤い猛吹雪を放つ。
彼女だけでなく、その後ろの日向たちもレッドラムも、皆まとめて巻き込んでしまう規模だ。
「私が防がなければ、皆が危ない……!」
エヴァも杖を構えて、大規模な火炎放射で撃ち返す。
そして、狭山の吹雪とエヴァの火炎が激突。
現在は拮抗しているが、狭山の吹雪が押しているように見える。
保有している『星の力』が同程度なぶん、”怨気”も上乗せできる狭山が有利か。
吹雪と火炎の撃ち合いを続けながら、狭山がエヴァに声をかけてきた。
「先ほどの連携攻撃はお見事だったよエヴァちゃん。随分と日向くんたちとも仲良くなったみたいだね。マモノ災害の時はいかにも『人間と仲良くなんてありえない』という雰囲気だったけど、君もここまでの戦いの日々で成長したみたいだ」
「成長ですか。確かに、あなたの”最後の災害”に立ち向かうことを始めた時、私は『この星を守るためには仕方ないから』と考えて、彼らと行動していました。そこから私の意識が変化した実感はありますが、そのきっかけをくれたのは、敵だった私を拒まずに仲良くしてくれた彼らのおかげです」
「へえ。意外と謙虚じゃないか」
エヴァの火炎がいよいよ押し込まれてきた。
それを察知して、日影がガーゴイル型との戦闘から離れ、”オーバーヒート”で狭山に接近。音速を維持したまま蹴り飛ばす。
「おるぁッ!!」
狭山は再びバリアーを展開し、日影の蹴りを防御した。
バリアーは破壊できなかったが、衝撃までは止められず、狭山はバリアーごと吹き飛ばされた。エヴァに放射していた吹雪も中断に成功。
吹き飛ばされた隙を狙って、再びエヴァが狭山のバリアーを”スサノオの一太刀”で切り裂くべく、接近しようとする。
すると狭山は、両手でそれぞれ銃の形を作って、銃口に見立てた人差し指から”魔弾”を発射。左右で一発ずつ、計二発だ。
これに対して、エヴァは杖の先端を狭山に向けて、光線のように巨大竜巻を発射。エヴァに迫っていた二発の”魔弾”もまとめて消し飛ばされた。
「吹き荒べ……”セトの暴風”!!」
エヴァの竜巻は、”魔弾”二発を呑み込んだ程度で止まるはずがなく、そのまま狭山も巻き込もうとする。巻き込んだ対象をミキサーのように粉々にするであろう風の刃の渦だ。
狭山も黙って巻き込まれるわけがない。
”瞬間移動”を使用し、エヴァのすぐ真上に出現。
そのまま、足元にいる彼女を踏み潰そうとする。
しかし、狭山は気づく。
”瞬間移動”で移動したこの場所は、シャオランが展開した”空の気質”の範囲内だと。
そして案の定、エヴァから離れた位置にいるシャオランが、その場で双掌打を繰り出す。その結果、離れているはずの狭山がシャオランの打撃で吹っ飛ばされた。
「せやぁッ!!」
「っとと……! 今のはちょっと効いたかな……!」
シャオランが打ち飛ばした狭山に、エヴァが追撃を仕掛ける。
杖の先端に”地震”の震動エネルギーを纏わせて、殴りかかった。”ティアマットの鳴動”だ。
「やぁぁっ!!」
凛とした掛け声とともに、杖を振り下ろすエヴァ。
狭山はまたもバリアーを展開し、エヴァの杖を防御。
地震の衝撃がバリアーの表面に叩きつけられ、何かが爆発したような打撃音が鳴り響く。
文字通り、大陸を揺るがすほどのエネルギーが叩きつけられたのだ。その衝撃は計り知れない。
「前回はあなたに後れを取りましたが、今回の私は一人ではありません。負けません。絶対に負けられません。この星の未来のためにも……!」
震動エネルギーを狭山のバリアーに押し込みながら、エヴァはそう宣言。
すると、エヴァの攻撃を押し返しながら、狭山が声をかけてきた。
「この星の未来のためか。その結果、また人類が繫栄し、君が愛してやまない自然環境を破壊するようになっても?」
「ええ、そうです……! 自然には自然の美しさがあるように、人間の営みにもまた、人間の営みならではの美しさがあることを、ここに来るまでの日々で知りました。それを知る機会を与えてくれたことだけは、あなたに感謝しなければなりませんね!」
「いや、想像以上の成長ぶりだ。日向くんたちはよっぽど君に良い影響を与えてくれたんだろう。自分も元保護者役として、誇らしいよ」
ここで、遂にエヴァが狭山のバリアーを押し切った。
粉砕されたガラスのようにバリアーが破壊され、同時に狭山は地上へと吹き飛ばされる。
狭山を押し切るために、エヴァは体力を使い果たしてしまった。
追撃は他の仲間に任せて、自分はいったん息を整える。
その間、彼女は先ほどの狭山とのやり取りを思い出しながら、つぶやいた。
「……あなたはこの星を破滅に導こうとする張本人。それでも皆はずっとあなたのことを慕っていました。たとえあなたと彼らの間に美しい思い出があったとしても、あなたは私たちの明確な敵なのに。しかし今なら、その理由が実感として、分かる気がしますね……」