第1605話 対面
『幻の大地』にて、日向たち五人と、狭山誠が遂に対面した。
「七つの災害を乗り越えて、再びここまで来てくれたね日向くん。気配だけでも分かる。君たち全員、あの時とは比べ物にならないくらい強く、そして鋭く研ぎ澄まされたことが」
手放しで日向たちを褒めてくれる狭山。これが演技ならば世界的俳優になれると思ってしまうくらい、心から日向たちを賞賛してくれていることが伝わる。
そんな狭山に対して、日向は不意に質問を投げかけた。
「狭山さん。一つ聞きたいことがあるんです」
「何だい? 自分に答えられることなら」
「今の狭山さんは、狭山さん自身の人格と、アーリアの民のほぼ全員、そしてアーリア遊星の意思までもが混ざって一つになった……そんな状態なんですよね?」
その日向の質問を聞いて、狭山は目を丸くしていた。
どんな状況でも基本的には落ち着いている彼のことを考えると、非常に珍しい表情だった。
驚き、しばらく沈黙していた狭山は、ようやく口を開く。
「……いや、驚いたよ。その情報だけは絶対に君たちに知られないよう、その一片に至るまで秘匿していたと思っていたのだけれど……。差し支えなければ聞かせてほしい。どこでその情報を?」
「ロストエデン……その本体となっていたレオネ祭司長から聞きました。今の狭山さんの状態から、かつてアーリア遊星で何が起こったのかまで、全部話してくれました」
「レオネ祭司長が……? 確かにこちらとロストエデンとの接続が悪いとは思っていたけど……」
日向の返答を聞いて、またしばらく黙り込む狭山。
うつむき、思考に没頭しているようだが、すぐに顔を上げた。
「……そうか。彼女もまだ自我を残してたのか。それで、ロストエデンとして猛威を振るう一方で、彼女が犯した過ちの清算のために、君たちに情報を残した……。そんなところかな?」
「そんなところです。『星殺し』たちに狭山さんの記憶を仕込んだりもしてたらしいですけど、狭山さんは知らなかったんですか?」
「知らなかったよ。自分に気づかれないように情報を抜き取り、仕込んだんだろうね。つまり君たちは、本当に何もかもを知って、ここまでやって来たということか。なかなかどうして、上手くいかないものだねぇ。それと……彼女は、良い人だっただろう?」
「……はい。俺たちのことも想ってくれて、狭山さんのことも、最後までずっと気にかけていました」
「そうか……。どうか自分からも礼を言わせてほしい、日向くん。彼女を解放してくれて、ありがとう」
そう告げて、狭山は日向たちに頭を下げた。
これ以上ないくらいに、彼の誠実さが感じられる動作だった。
そんな狭山に、日向は質問を続ける。
「どうして狭山さんは、過去の真実について黙っていたんですか? まるでアーリア遊星じゃなくて、あなたが怨嗟の中心だったように見せかけていた。俺たち、ずっとあなたのことを誤解したままだったかもしれないんですよ」
「うーん……それはできれば黙っていたかったのだけど、レオネ祭司長のこともあるしね。仕方ない、教えよう。……だって、自分の過去を知ったら、君たちは『狭山さんを助けたい』、『狭山さんとは戦いにくい』と、そう思ったんじゃないかい?」
「それは……」
「自分で言うのもアレだけど、今の自分は超強い。それこそ、ちょっとした気の迷い一つで勝敗が分かれるくらいにだ。そんな迷いを、君たちに抱かせたくなかった」
いったいどんな答えが返ってくるのかと思いきや、日向たちのためだった。その答えを聞いて、日向はまた別の疑問が浮かび上がる。ここまでたどり着く過程で、何度も浮上した疑問だ。
「狭山さん。もう一つ聞きたいことがあります。本当に今の狭山さんは、アーリア遊星の魂と融合したことで、この星を滅ぼすことしか考えていない怨嗟の悪霊になっているんですか? その割には、やっぱりあなたから感じられるその優しさが、嘘や演技だとは思えないんです。これはレオネ祭司長からの情報でも分かりませんでした。だから、あなたに直接聞きたい」
「うむむ、また答えにくいことを。けれど……まぁいいか。過去を隠していた理由まで話した。もう君たちに隠匿するべきことは、ここまで来た以上は、何もないかな」
「答えにくいんですか?」
「うん。先ほどと同じ理由で、君たちに迷いを与えてしまうだろうという点でね」
そう前置きして、狭山は説明を始めた。
若かりし頃の狭山。
アーリア遊星の王子、ゼス・ターゼット。
彼は、悪霊と化した遊星を解放しないよう、自分の中に押し留め続けた。そして同時に、遊星の怨嗟に呑まれて支配されないよう、あまりにも長い時を耐え続けた。
遊星も、遊星に呑まれた民たちも、こぞってゼス王子を攻撃した。ゼス王子さえ落とすことができれば、王子の肉体の主導権を完全に乗っ取って、この星への復讐を始めることができたからだ。
やがて、ゼス王子の心もついに怨嗟に呑まれてしまった。
ここまでは、少し前にレオネ祭司長から聞いた通り。
しかし、この話には続きがあった。
ゼス王子は最後まで抵抗した。
どれだけ遊星と民に精神を傷つけられても、ギリギリのところで踏みとどまった。
その結果、王子は遊星や民たちと混ざり合う際、その「善性」だけは最後まで守り通していた。彼の意識は怨嗟に呑まれ、溶けてしまったが、それでも彼は最後までこの星への復讐に反対し続けた。
今の狭山の意識は、遊星から発生した怨嗟が大多数を占めている。
その一方で、ゼス王子が守り通した善性も、その怨嗟の中にうっすらと残り続けているのだという。
狭山が本気でこの星を滅ぼそうとする一方で、日向たちにも変わらず優しさを向け続けているのは、そのゼス王子が残した善性の影響なのだ。
他にもゼス王子の善性は、狭山の様々な行動に影響を及ぼしている。
その身を焼き尽くすような憎悪を抱えていながら、人格に影響を及ぼさず、普通の人間として社会に溶け込むことができていたのも。
七体の『星殺し』が倒された時、保有している『星の力』の一部をエヴァへ返還し、再びこの『幻の大地』へ来れるよう誘導したのも、鋼のように強いゼス王子の善性が残っていたからこそだった。
「簡潔にまとめると、今の自分は悪の心と善の心、その二つが混ざった状態だと言える。君たちのことが大切なのも本当で、この星を滅ぼすつもりなのも本当。君たちに自分を止めてほしいと考えているのも本当で……ここで君たち全員を殺し、この星に最後のトドメを刺そうと考えているのも本当だ。そのどちらを選ぶべきか迷っているのではなく、どちらも本気で実現しようとしている。言ってしまえば、狂っているんだ。今の自分は」
「全部、本当……。それじゃあ、マモノ対策室室長として、俺たちと一緒に過ごしてきた狭山さんも……」
「そう。君たちと過ごしてきた時間は、自分としても、心から楽しかった。それも本当だよ」
それを聞いて、日向たちは、少し心が軽くなったような気がした。あの狭山との思い出を忌々しいものとしてではなく、美しいものとして、これからも持っていていい。そう告げられた気がした。
そんな日向たちの心境を察したのか、狭山が言葉を続ける。
今度は、少し残念そうに。
「その一方で……この星を殺している現在の状況を、心から愉しんでいるのも本当だ。君たちはすでに、自分の魂がアーリア遊星や、他のアーリアの民たちと融合し、一つの魂になっているのは知っているね?」
「はい……」
「この星を攻撃していたレッドラム。そして『星殺し』。彼らは、自分の中に匿っているアーリアの民たちの魂を宿して生み出したと説明したけれど、そのアーリアの民たちは、つまるところ、この自分自身でもあるんだ」
「レッドラムや『星殺し』もまた、狭山さん自身ってことですか……」
「そう。なんなら、君たちのこれまでの戦いも全て、レッドラムと『星殺し』を通じて見てきた。ロストエデンだけは、レオネ祭司長の自我が強く残っていたからか、よく見られなかったんだけどね」
「マカハドマを倒した時のメッセージとか、フランスのホテルで俺たちの水着を用意してた時とか、妙にこっちの動きを把握してたのは、レッドラム越しに俺たちを見てたから……?」
「そういうこと。そして、レッドラムの残忍な行為、残虐な性質、君たちも嫌になるほど見てきたと思う。あれもまた、自分の本心なんだ。この星を滅ぼさんとする怨嗟の集合体としてのね。……どうだろう。そう聞いたら、どんな理由があれど、この自分を倒さなければならない気に、なったんじゃないかな」
狭山にそう言われると、日向は黙り込む。
それから、静かにうなずいた。
「……あなたをここで倒します。この星を守るために。この星で今も生きている人たちのために。そして何より、それがあなたの望みだから」
「うん。よくぞ言ってくれた。君たちに余計な迷いを与えてしまうのではないかと思って、ここまで色々と隠し事をしちゃったけれど、杞憂だったみたいだね」
すると、狭山の全身から赤黒いオーラがあふれ出す。
以前の戦闘でさんざん辛酸を舐めさせられた、狭山の”怨気”だ。
これを見た仲間たちも、それぞれ構える。
「此処までの戦いで俺達が磨き上げてきた全てを、貴方にぶつける」
「師匠の分まで、叩き込んであげるもんね!」
「色々と話してくれて、むしろやりやすくなったぜ。容赦なくボコってやるから覚悟しとけよ狭山」
「あなたから、この星を取り戻します。この星の未来を、取り戻します」
「よろしい。それじゃあさっそく……始めようか」
狭山の”怨気”がよりいっそう燃え上がる。
同時に、綺麗な星空が真っ黒な雲に覆われてしまった。
そして彼が右手を天にかざすと、彼の足元から日向たちに向かって地割れが発生。さらに空から落雷が降り注ぐ。
日向たちは散開し、地割れと落雷から逃れる。
さっそく日影が”オーバーヒート”を使用し、狭山に第一撃を叩き込みに行った。
―――あの日、彼女は夢を見た。
五人の少年少女が、一人の男と戦っている。
彼は、太古よりこの星に潜伏してきた悪意。
五人のうちの一人、日影が剣を手に、物凄いスピードで彼に向かっていく。
対する彼が手を振りかざすと、嵐が起こり、大地が割れた。
日影は、裂けた大地を飛び越え、嵐を潜り抜け、斬りかかる。
およそ人間同士の戦闘ではない。
それこそ、まるで神話のような攻防。
―――星を守るための最後の戦いが、始まった。