第1604話 最後の戦いへ
夜が明けた。
日向の存在のタイムリミットは、残り二日。
そして遂に、この日が来た。
今日の午後、日向たちは『幻の大地』へ向かい、狭山との決戦に臨む。
泣いても笑っても、今日で全てが終わる。
はたして自分たちは、狭山に勝てるだろうか。
嫌でもそう考えてしまい、日向の緊張は際限なく高まる。
一秒経過するごとに。決戦の時が近づくごとに。
心臓が跳ね上がって、どこかに逃げようとしているかのようだ。
「ヒューガ……大丈夫?」
よほどひどい顔をしていたのか。
シャオランが心配そうに声をかけてきた。
日向は慌てて表情を取り繕い、返事をする。
「あ、ああ。大丈夫。シャオランこそ大丈夫? 顔色が良くないように見えるけど」
「大丈夫なワケがないよぉ……。過去一番で緊張してるよぉ……」
「はは、そりゃそうか。白状すると、俺もめっちゃ緊張してる。緊張してない奴なんているのかな」
「でも不思議と……ホントに超不思議だけど、逃げようとは思ってないよ。ここまで来たんだもん。最後まで皆と一緒にいたい。この戦いの終わりを見届けたい。その思いの方が強いからかな」
「シャオラン……」
あの怖がりだったシャオランがこう言っているのだ。自分も負けてはいられない。日向はそう思い、改めて自分を奮い立たせる。
すると、近くで話を聞いていた本堂と日影、それからエヴァも話に加わってきた。
「存外、長い付き合いになったが、それもあと僅かで終わりか。確かに、感慨深いものが込み上げてくるな」
「元が特殊な生まれだからな。それ相応に特殊な人生が待ってるモンだと覚悟していたが、まさかこんなところまで来ることになるなんざ、夢にも思ってなかったぜ」
「敵同士だった私とあなたたちがこうして手を結び、数々の難敵を退けて、ここまで来ました。奇跡的ですが、そんな奇跡を引き寄せる力を、私たちは持っているのかもしれません。あと一回、その奇跡を起こすだけです」
皆、それぞれの思いがあるようだ。
それぞれの思いを胸に、最後の戦いに挑む時を待っている。
いまだに胸の中に緊張はある。
しかし日向は、受け止めることにした。
ここまで戦ってきた仲間たちと共に。
出発は午後の夕方だが、その間にもやるべきことはある。エヴァの能力で栽培した野菜で腹ごしらえ。作戦や連携の最終確認。各自それぞれで技や能力の調整。
そうしているうちに、あっという間に時間は過ぎた。
そして、いよいよ出発の時が来る。
出発の直前、日向は狭山の部屋にいた。
部屋のベッドに安置されている北園の死体に寄り添い、声をかける。
「それじゃあ、行ってくるよ北園さん。全部終わらせてくる。応援してくれると嬉しい」
そう言い終えると、日向は北園の頬を指で撫でてみた。あるいは、これが最後になるかもしれないから、あと一回だけ彼女に触れておきたい。不意にそう思った。
すでに死後から数日経過している北園の頬は、やはり生前と比べてハリとツヤが失われているように感じた。
「……帰ってきたら、埋葬かな」
日向はそうつぶやき、部屋を後にした。
北園との別れを終えた日向は、このマモノ対策室の庭へ向かう。
すでに他の仲間たちは準備を終えて、日向の到着を待っている。
「遅ぇぞ」
日影がぶっきらぼうに声をかけてきたが、攻撃的な意識はほとんど感じられなかった。生来の性格と、決戦間近の緊張が、今の言葉に乗ってしまったのだろう。
「悪い悪い。けど逆に聞くけどさ、皆は北園さんに挨拶とかしなかったの? 俺だけなの?」
「馬鹿言え。ちゃんと一言、声かけてきたっつうの」
「もちろんボクも!」
「無論、俺もだ。お前はきっと出発ギリギリまで北園に寄り添うだろうと考えて、それを邪魔しないよう、俺達は比較的早いタイミングでな」
「日向が粘りすぎなのです」
「ああ、そう……。皆そろって仲間思いで俺は涙が出るよ」
その言葉は皆への当てつけであったが、同時に、本心でもあった。
そんな日向の本心を感じ取ってくれたのか、皆も小さく笑った。
最後の戦いにはついて行かないスピカとミオンも、日向たちに声をかけてきた。
「いよいよだねー。ワタシたちアーリアの民が抱えてきたモノの清算を、この星の人間であるキミたちに押し付けちゃったみたいで申し訳ないけど、心から応援してるよ。キミたちならやってくれるって信じてる」
「ありがとうございます、スピカさん。お二人の分まで、しっかりやってきますので」
「この星はもう、私たちにとっても第二の母星も同然よ~。だから、絶対に守ってちょうだいね。そして、どうか無事に帰ってきてね。日向くん。シャオランくん。本堂くんに日影くん、そしてエヴァちゃんも」
「……はい。絶対に勝ってきます、ミオンさん」
「頑張ってくるよ、師匠!」
二人の挨拶が終わると、エヴァが次元のゲートを開く。
蒼い渦のような光が出現し、その先が『幻の大地』に通じている。
「では……行きましょう。最後の戦いへ」
そのエヴァの言葉に日向たちはうなずき、渦の中へと入っていった。
五人が渦の中へ入ると、渦は消えてなくなった。
それと同時にミオンが軽く息を吐き、つぶやく。
「……とうとう、行っちゃったわね。ふぅ……考えてみれば当たり前だけど、自分が戦いに行くより、誰かを戦いに送り出す方が、怖くて心配ね」
「…………。」
「スピカちゃん? どうしたの?」
スピカが何やら呆然としていたような、あるいは呆気に取られていたような様子を見せていたので、ミオンが尋ねる。
ミオンに声をかけられたスピカは、先ほど次元のゲートが現れていた場所を見つめながら、返事をした。
「今、なんか、魂が一つ、日向くんたちについて行ったような……」
「え? やだ、気づかなかったわ。でも、それって……大丈夫なの? きっと日向くんたちにも、その魂は見えないでしょうけど、彼らは北園ちゃんの予知夢を再現するために、あえて五人で戦いに向かったのよ。それが、どこかの知らない魂までカウントされたら……」
「だよねー……。それにしても、さっき感じた気配は、すごく覚えがあるような……」
そうつぶやき、考え込むスピカ。
しばらくすると、何か心当たりを見つけたのか、その表情が明るくなった。
「……ああ、もしかして」
「どうしたのスピカちゃん?」
「あるいは、北園ちゃんが見た予知夢っていうのは、その時は北園ちゃんにも見えなかっただけで、最初から六人で戦いに行ったんじゃないかなって、思ったんだ」
答えると、スピカは空を見上げた。
どこまでも続くかのような、久しぶりの美しい夕焼け空を。
「キミは、魂を燃やしてでも戦うつもりなんだね。ワタシたちの、最後の姫」
◆ ◆ ◆
蒼い渦の中に入り、少し歩くと、すぐに渦の外へと出た。
そこはすでに十字市ではなく、何万年、何億年もの間、人の手が入り込まなかった、この星で最後の自然の楽園。つまり、『幻の大地』。
日向たちがやって来たのは、一面に広がる緑の草原。
恐らくは以前、マモノ災害にて日向たちがエヴァと戦った場所だ。
十字市は夕方だったが、ここはすでに夜になっている。
まるで銀河そのものが広がっているかのような、満天の星空だ。
そして、日向たちの前方には、彼らに背を向けて立っている一つの人影。
彼が羽織っている白黒のコート。
かつては日常風景のように見慣れていたはずなのに、今はとても懐かしい。
今まで何気なく見ていた彼の背中も、現在に至るまでの彼の過去、彼が背負ってきたもののことを考えると、今まで以上にとても大きく感じられる。
「……来たね」
彼が、つぶやいた。
そして、ゆっくりと日向たちの方へ振り向いた。
「待っていたよ皆。七つの災害を乗り越えて、とうとう再び、自分の前に」
「……狭山さん」
日向が彼の名前を……狭山誠の名前を呼んだ。
名前を呼ばれた狭山は、嬉しそうに微笑んだ。
地球の滅亡を考えているなど微塵も思えない、柔らかな笑みだった。