第1603話 魂の行き着く先
休息二日目の夜。
日向たちはマモノ対策室のリビングに集まっていた。明日の狭山との戦いに備えて、作戦や連携を確認するためである。
「ヒューガ。その……もうキタゾノのことは大丈夫なの?」
「うん。おかげでいくらか気持ちの整理がついたよ。心配させてごめん」
「いや、仕方ないよ。ボクだって今でも信じられない。何かの拍子でキタゾノはまた目を覚ましてくれるんじゃないかって、そう思っちゃうよ……」
「シャオラン……。おっと、またちょっと暗くなりかけた。せっかく気持ちに整理をつけたのに。早いところ本題に入っちゃおう」
沈みそうになった気持ちを無理やり引っ張り上げるように、日向がそう切り出した。続けて彼はシャオランと、それからエヴァにも声をかける。
「前に『幻の大地』で狭山さんと戦った時には、あの人の”怨気”にめちゃくちゃ苦しめられたけど、今回はシャオランとエヴァがどうにかできるんだっけ」
「うん。ボクの”空の練気法”は、サヤマの”怨気”に対抗できると思う。ボクが周囲を”空の練気法”で満たす限り、皆に”怨気”は付着させないよ」
「私もシャオランの”空の気質”の性質を模倣した空間を生成します。その空間にいる限り、”怨気”の悪影響は抑えられるかと」
「よかった。それで最大の問題は突破できそうだな。前回は”怨気”がどうにもできなくて、ほとんど勝負にもならなかったからな……」
狭山の”怨気”を受けた時、恐怖によって心を激しく乱され、普段どおりの全力を出すことができなかった。
おまけに狭山の”結晶化”の超能力は”怨気”も結晶にすることができるので、これによって”怨気”を受けた者に鋭い棘を直接生やして貫くといった、えげつない連携も繰り出してきた。
これらをどうにかしなければ、狭山との戦闘は土俵に立つことさえできない。
しかし日向たちも、ここまでの戦いの日々の中で対抗手段を手に入れた。
そこは喜ばしい点なのだが、ここで日影が口を開く。
「けどよ、北園が抜けちまったことで、オレたちの現在の戦力としちゃ、むしろマイナスだ。その穴埋めも無しときた。マトモに戦えるようになったからといって、相当キツい戦闘になるってことは変わらねぇぞ」
「分かってる。そのための、この話し合いだ。北園さんがいないぶん、残っている俺たちの作戦や連携で埋めていくしかない。明日が最後の戦いだ。しっかり話し合っておこう」
日向の言葉に皆がうなずき、テーブルを囲んで作戦会議が行なわれる。
一時間ほど経過し、それでもまだ続く日向たちの議論。
ここでいったん、息抜きもかねてミオンが離席。
彼女は狭山との戦闘には不参加になる予定なので、いくらか席を外して日向たちだけで話を続けてもらっても、ほとんど問題はない。
リビングの仕切り窓を開けて、青い芝生が広がる庭へと出てきたミオン。今まで空を覆っていた灰色の雲は現在も綺麗に消えており、綺麗な満月が見える。
するとそこへ、スピカが後を追ってきた。
「ミオンさーん」
「あら、スピカちゃん。何か用?」
「用ってほどでもないけどさー。せっかくだし、ワタシもこっちに来ようかなって。二人そろって不参加組だしねー」
「ふふ、そうね~」
「不参加と言えば、ミオンさんが素直にお留守番するのはちょっと予想外だったかも。アナタなら真っ先に王子さまを殴りに行くと思ってたんだけど」
「そうしたいのはやまやまだったんだけどね~。信じてみたくなったのよ。北園ちゃんが見たっていう予知夢を。星と運命の導きが、最後にあの子たちをどこへ向かわせるのか」
「ふふ、みんなソレだ。日向くんも、他の子たちも、ミオンさんも、そしてワタシも。みんなそろって、この運命の流れに乗ろうとしてる」
「まぁ他にも、右手の調子が不十分ってのもあるけどね~」
「右手っていうと、エヴァちゃんに再生してもらった新しい拳?」
「そうそう~。やっぱり何十億年も鍛え上げてきた元の拳と比べると、この新品ピカピカの拳はどうしても違和感がね。この手の違和感は、大事な場面で必ず響く。だから今回は大人しくしておくわ」
「あはは、なるほどー。何十億年もかけて鍛え上げた拳が全部パァって、悔しいだろうなー」
「めちゃくちゃ悔しいわよ~! さっそく明日から鍛え直しよ!」
ぷんすかと怒るミオン。
それを笑いながら眺めるスピカ。
その時、ミオンが急に周囲を見回す。
誰かの視線でも感じたかのように、落ち着かない様子である。
「どしたのミオンさん? 敵襲?」
「いえ、敵じゃないと思うのだけれど……。空を覆っていた雲が晴れてからかしら。なんだかあちこちから気配を感じる気がするのよね」
「あー、実はそれワタシも感じてた。成仏しきれなかった魂が、このあたりを漂ってるのかな」
スピカとミオン、ひいてはアーリアの民は、人間の死後、その魂がどうなるか、メカニズムを解明している。
人間が死ぬと、その人間の魂が死体の外へと抜け出る。
抜け出た魂は風船のように空へ、空へと飛んでいく。
やがては地球を飛び出し、宇宙のどこかで自然消滅する。
ただ、あまりにも生に未練を残した者は、空へ飛ばず、地上にしがみつくこともあるようだ。それが俗に言う幽霊として、時おり生者たちに観測される。
幽霊になったきっかけである「未練」がぼんやりとしている者は、その存在も感知されにくく、意識もぼんやりとした霊に。逆に「未練」が強く、ハッキリしている者は、周囲からも感知されやすく、生前の記憶と人格を濃く残した霊になる。この手の「強い霊」がいわゆる怨霊、悪霊になりやすい。
例外もある。
現在、幽霊として活動しているスピカがそうだ。
彼女は魂の構造そのものが極めて頑丈であるため、未練の強弱は関係なく魂のみの状態で活動できる。その魂が自然消滅することもない。
己の精神、つまり魂の操作を得意とするアーリアの民は、人間でいうところの霊感が生来より備わっており、いくらか霊の気配を感知することができる。
そんなアーリアの民であるスピカとミオンがハッキリと存在を感知できないということは、二人の周囲に漂っている霊は「弱い霊」なのかもしれない。
ただ、その気配の数が異常だった。
まるで、街の住人全員が生き霊となっているような。
彼らも”最後の災害”によって、不条理に命を落とす羽目になったのだろう。未練が残っているのもうなずける。
とはいえ、いくら未練が強かろうと弱かろうと、この星の人間が幽霊になれるかどうかは適性次第。なので、これだけの数の魂が成仏もせずに留まっているというのは、二人から見れば異常な事態だった。
「ちょっと多すぎるよねー。どうなってるんだろ? 幸い、敵意は感じられないというか、むしろこっちを応援してくれてるような波長を感じるけど。日向くんたちが決戦間近だってことを、彼らも分かってるのかな?」
「これも”最後の災害”に関係する特別な事象なのかしら。この期に及んで、まだ謎が出てくるのね……」
「一応、日向くんたちに報告しとこっか。放っといても害はないだろうけど」
「そうね。それがいいと思うわ」
うなずき合って、スピカとミオンは再び仕切り窓からリビングへと入っていった。