第1602話 決戦前夜
ロストエデンを倒した日向たちはその後、次元のゲートを開けるようになったエヴァの能力を利用してレイカの遺体を回収。彼女をジャックとコーネリアスに預け、アメリカへと帰還させた。
それから日向たちは、狭山に挑む前に、ロストエデンとの戦闘で消耗した体力を回復させるべく、二日ほど休息を取ることにした。まだ日向の存在のタイムリミットにも、いくらかの余裕はある。
その休息の場所に、日向たちは十字市のマモノ対策室を選んだ。
以前は、大きな戦いに挑む前に皆で集まったのは、いつもここだった。
そして日向たちにとっては、エヴァと戦うために『幻の大地』に赴いて以来の、帰還だった。
マモノ対策室にやってきたのは日向、本堂、シャオラン、日影、エヴァ、スピカ、ミオン。そして、死亡した北園。以上の八名である。
ヴェルデュとして死んだ北園は、今もなおヴェルデュのままだった。桜の意匠を取り入れたドレスに身を包んだような、華やかな姿をしていた。彼女の遺体は現在、狭山が使っていた部屋のベッドに安置されている。
マモノ対策室に帰ってきて一日目は、さすがに皆も泥に沈むかのように休息に没頭した。なにせ先日は丸一日を通して、ロストエデンと戦い続けていたのだ。皆そろって、身体の芯まで疲弊していた。
二日目ともなると身体の疲れもいくらか回復し、皆はそれぞれ思い思いに時間を過ごした。
日影とシャオランは、ミオンと軽く手合わせして、自分たちの技の冴えを確かめていた。
ちなみにミオンはロストエデンとの戦闘で右拳を凍結させられ、破壊されていたが、その後でエヴァが新しい右手を生成してくれた。
二人ともミオンにほとんど攻撃を直撃させることはできなかったが、それでもミオンは満足そうにうなずいていた。
「二人とも、初めて出会った時と比べたら、基礎的な心技体も比較にならないくらい強くなったわね~。ここにあなたたちの全力の異能まで加われば、もう私とて勝てるかも怪しいかもね。実際、シャオランくんには一回負けちゃってるわけだし」
「だってあれは、その前にズィークがめちゃくちゃ削ってくれたから……」
「よっしゃ、もう一戦頼むぜミオン。アンタから一本取れれば、狭山の野郎に勝てる可能性も上がるってモンだ」
「ふふ、疲れ知らずね~。いいわよ、かかってらっしゃい!」
そんな日影たちの様子を、リビングの窓から眺めているのは本堂。
彼の他には、エヴァもリビングにいる。
猫のように身体を丸めて、ソファーを独占していた。
日影たちの模擬戦闘を見ながら、本堂がつぶやく。
「……懐かしいな。此処から皆の訓練や模擬戦闘を見物するのが、このマモノ対策室での日常の一部だった」
「私としては、もはやマモノ災害すらも遠く懐かしく感じます。いえ、あの災害で犠牲になった人間やマモノのことを思えば、私が忘れるわけにはいかないのですが」
「遠く懐かしいという点については、同感だ。日向と北園の二人に声をかけられたあの日、まさかこのような大きな渦の中心に巻き込まれる事になるとは、夢にも思わなかった」
「ところで……日向は今も、良乃の傍に?」
「ああ。寄り添っている。昨日から今日まで、ずっとあの調子だ」
「さすがに心配になりますが、きっと彼は立ち直るのでしょうね。大事な局面の戦いに『気分が乗らないから』と言って参加しないというのは、彼は決してありえない」
「そうだな。ところで……エヴァ。少し話がある」
本堂にそう声をかけられた時、エヴァは感じた。
彼は今から、何かとても大切な話をするつもりだと。
そんな雰囲気と気配を、エヴァは鋭く感じ取った。
「……何でしょうか」
エヴァもまた、猫のように丸まっていた姿勢を正して、本堂の話を真面目に聞く体勢を作った。
◆ ◆ ◆
そしてこちらは、日向の様子。
彼は狭山が使っていた部屋で、その部屋のベッドに安置されている北園の死体に寄り添っていた。時おり、命を落としたとは思えないような彼女の安らかな顔を眺めては、寂しそうに微笑む。
そんな日向の背後から、誰かが声をかけてきた。
「日向くん……」
「……スピカさん」
「ゴメンね。そっとしておくべきかなーとは思ってたけど、昨日からずっとそんな調子だからさ、ちょっと心配になっちゃって。大丈夫? ちゃんと疲れは取れてる?」
「はい。これでも一応、しっかり睡眠はとりましたし、飯も食べました。ちゃんと最後の戦いにも参加しますよ。ここまで来て欠席とか、こっちだってお断りですよ」
「ああ、思ったより元気そうだねー。安心したよ。安心はしたけど、それとは別にもう一つお話が」
「うん? 何ですか?」
「キミは……キミたちは、本当に五人で王子さまに挑むつもりなの? 北園ちゃんの予知夢に従って……」
スピカの言うとおり、日向たちは、北園の最初の予知夢に登場したメンバーだけで挑み、彼女の予知夢を再現するつもりでいる。
つまり、狭山と戦いに行くのは日向、日影、本堂、シャオラン、エヴァの五人だけであり、スピカやミオン、ARMOUREDの二人やロシアのズィークフリドなどは連れていかないというのだ。
スピカの問いかけに対して、日向は答える。
「はい……。特にミオンさんとか超強いですし、連れて行った方が単純な勝率も上がるとは思っているんですけど……。それでも、北園さんの最初の、そして最後の予知夢です。きっと何か意味がある……そう思うんです」
「意味か……。うん、気持ちは分かるなー。人も、自然も、そして星も……この宇宙には大きな運命の流れがある。キミたちは間違いなく、この星を取り巻く巨大な運命の渦の中心にいる。そんなキミたちの直感なら、信じるに値する」
「ありがとうございます。そして、ごめんなさいスピカさん。あなたもここまでついて来てくれた仲間として、そしてアーリアの民として、狭山さんとの決戦には一緒に参加したかったでしょうけど……」
「いいんだよ、気にしないでー。キミたちならきっと大丈夫だって信じてる。それに……キミはアーリアの最後の姫である北園ちゃんが選んだ人だ。であれば、キミはワタシたちアーリアの民の新しい王も同然。そんなキミの頼みであれば、ワタシは喜んで従うよ、マイロード」
「な、なんかスピカさんにそんな風に言われると、ちょっと照れくさいというか、落ち着かないというか……」
「あははー、失礼だなー」
決戦前夜だというのに普段と変わらぬスピカとの気の抜けたやり取りは、日向の肩の力を良い感じに抜いてくれた。