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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第24章 生命の果て、夢の終わり
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第1600話 夢の果て、生命の終わり

 ブラジルの大地を(むしば)んでいたロストエデンは、滅びた。


 緑化現象によって生えてきていた植物群が。

 街を、大地を覆い尽くしていた緑が、枯れ果てていく。


 各地で生き残っていたヴェルデュは、全て死に絶えた。

 この地に暮らしていた人々も、もう誰も生き残ってはいない。


 ”生命”の災害は、この地の全ての命を刈り尽くしてしまった。


 そんな中、リオデジャネイロの街の中を、ふらふらと歩いている人影が一つ。


 その人物は、エドゥだった。日向たちと共にロストエデンの外殻を打ち倒した後、さすがに一緒に喜び合う気にはなれなかったので、その姿を消していた。


 しかし彼もまた、肉体と同化していたロストエデンの細胞が死を迎え、その命の灯が消えかかっていた。


『ぜぇ……ぜぇ……。身体の中のロストエデンの力が、消えていきやがる……。あのロストエデンを倒しても何も起こらなかった時はどういうことかと思ったが、どうやらヒュウガたちが上手くやったみてぇだな……』


 母国語でそうつぶやきながら、あてもなくふらふらと歩き続けるエドゥ。目的を持ってどこかに向かっているわけではない。ただ、最後まで生き続けようとしているかのように、歩みを止めない。


 やがて彼がやって来たのは、今までアジトとして使っていた政府市庁舎だった。奇跡的にもロストエデンとの戦闘には巻き込まれていなかったらしく、建物がそのまま残っている。とはいえ、ヴェルデュ化した時のエドゥが暴れたので、正面玄関はボロボロだが。


『……ああ、そうか。ここに着くのか。そうだな。横になるなら、やっぱり自分の家じゃねぇと。自分の家っつっても、借り物だけどな』


 玄関前の階段を(のぼ)り、ドアを開けて、エントランスへと入ったエドゥ。


 そこで、限界だった。

 エントランスのど真ん中で、彼は大の字になって倒れた。


『ああ、疲れた……。もう、一歩だって動けねぇや』


 倒れながら、天井を見上げるエドゥ。

 天井には大穴が開いており、その向こうに星空が見えた。


『雲一つない星空……。珍しいな。最後に見たのはいつだっけか』


 ……と、その時。

 エドゥの左から、誰かの足音が聞こえた。

 顔だけ左に向けて、その足音の主を確認するエドゥ。


 そこにいたのは、日向と戦闘していた時に乱入してきた、全身が色とりどりの花に包まれたカラフルなヴェルデュだった。あの時は顔まで花に包まれていて正体が分からなかったが、今はその顔の花も枯れ果て、素顔が確認できる。


 花のヴェルデュの正体は、テオ少年だった。レイカに突き刺されて死亡したと思っていたが、その際の生命力低下によってロストエデンの細胞が発芽し、ヴェルデュとなって生き永らえていたのだ。


『エドゥ……』


『やっぱりお前だったか、テオ。そりゃそうだよな。俺の過去をあそこまで知ってるヤツなんてそうそういねぇ。お前とは長い付き合いだからなぁ』


『ごめんね、エドゥ。僕は、最後まで君を裏切り続けた……』


『いいんだよ。むしろ謝らないといけねぇのはこっちだ。悪かったな。そして、俺を止めてくれてありがとうよ』


『うん……。そう言ってくれると、うれしいよ』


 そう答えると、テオもまたエドゥの隣で倒れた。

 彼もまたヴェルデュとして、その生命を終える寸前なのだろう。


 初めてテオと出会った時のことを、エドゥは思い出す。


 エドゥが街の路地裏でゴミ箱を漁っていたら、まだ物心ついているかも怪しい孤児の少年を見かけた。それがテオだった。放っておけば、路地裏での生き方も分からず野垂(のた)れ死ぬ。いかにもそういった雰囲気だった。


 まだエドゥがストリートチルドレンではない、普通の少年として生きていた時、常日頃から弟が欲しいと思っていた。その願いはついぞ叶わなかったのだが、代わりに目の前の少年を弟にしよう。そう思った。


 エドゥから見てもテオは賢く、利口な少年だった。

 いつかまともな大人になって社会で活躍できるよう、英語もいくらか教えておいた。


 ただ、テオは大人しく、そしてまだ幼い。

 だから、エドゥが何らかの問題で悩んでいても、テオは頼りにならないし、できない。そう考えていた。


 そう考えていたのだが。

 その認識を改めざるを得ないようだと、エドゥは考えていた。

 エドゥの欲望を誰よりも早く察知し、誰よりも早く彼を救うために動いたのは、テオだったのだから。


『エドゥは僕のことを頼りにしてないってことはわかってた。それでも僕は、何かエドゥの力になりたかったんだ』


『そうか……。それじゃあテオ。こんな時にアレなんだが、一つ頼まれてくれねぇか……?』


 もう命の灯が消える寸前なのだろう。息も絶え絶えになりながら、エドゥはテオにそう尋ねる。


 エドゥが自分に頼みごとをしてくるなど非常に珍しかったので、テオは喜んで返事をする。彼もまた、死にかけながらも、声を絞り出すように。


『エドゥの頼み……!? うん、いいよ! なんでも言ってよ!』


『じゃあ……どうか、俺より先に死なないでくれ……。お前が死ぬところなんざ、俺はもう二度と見たくねぇんだ……』


『エドゥ……。うん、わかった。だから、安心して休んでね、エドゥ』


『ああ……。ありがとな……』


 それから十秒も経たぬうちに、エドゥは息を引き取った。


 それを見届けたテオも、すぐに力尽きてしまった。

 先に逝った義兄を追いかけるように。



◆     ◆     ◆



 同時刻。

 ブラジリアにて。


 見渡す限りの廃墟となり、白い花畑に沈んだブラジリアの都市。

 この花もロストエデンの産物なので、いずれ一つ残らず枯れ果てるだろう。


 そして、その花畑の中心に、日向たちはいた。

 ちょうど、最後の狭山の記憶の閲覧を終えたところだった。

 

 最初に本堂が、口を開いた。


「この星を滅ぼさんとする怨嗟……。それは狭山さんでも、アーリアの民たちでもなく、アーリア遊星そのものだったとはな……」


 それから次に、スピカが口を開く。


「納得したよ。どうしてワタシたち以外のアーリアの民たちが怨嗟に呑まれて、この星を滅ぼそうとしているのか。ワタシがもっと早く王子さまの異変に気づいていれば……いや、気づいたところで、どうにかできたのかな……」


 スピカの後は、ミオンも言葉を発した。


「王子様がエヴァちゃんと同じように『星の力』の完全適合者になっていた理由も、これで説明がつくわね。この星の『(マナ)』には、今もなおアーリア遊星の『(マナ)』が、その一部となって流れている。そして今の王子様はアーリア遊星そのものでもある。自分自身の力なのだから、使いこなせるのは当たり前のことだったんだわ」


 その一方で、エヴァが大地に手をついて、『星の力』の回収を始める。

 今度こそ、ようやく、ロストエデンが保有していた力を取り戻すことができた。


「……これで、狭山誠が待ち構える『幻の大地』に行けるはずです」


 そしてこちらは、日向と北園。

 北園は日向に支えられながら、日向と共にその場に座り込んでいる。


「よかった」


「え?」


「狭山さんは、やっぱり悪い人じゃなかったんだなって。私の遠い遠い親戚の狭山さんは、とても立派な人だったんだなって知ることができた。それだけでも、最初の予知夢を信じて、みんなといっしょにここまで来た甲斐があったよ」


「うん……そうだね。レオネ祭司長が、何億年もずっと怨嗟の嵐に呑まれて苦しみながらも、俺たちに届けてくれた事実だ」


「レオネさんに、感謝しなきゃね……」


 そこまで話すと、北園は日向の腕の中に倒れ込んできた。

 日向は彼女を優しく受け止め、そして実感した。

 彼女の命は、もう終わる寸前なのだと。感触で分かった。


「北園さん……」


「日向くん……今までありがとう……。色々と迷惑をかけちゃってごめんね……。家族を失った私の、新しい家族になってくれて、本当にうれしかった……」


「お礼を言うのはこっちの方だよ。北園さんには本当に助けられた。戦いだけじゃない。日常生活でも、友達としても、俺の人生にとっても。北園さんがいなかったら、今の俺はここにいなかった」


 心が壊れそうなほどに悲しい。

 悲しいのだが、不思議と日向は、落ち着いて北園にそう答えることができた。


 北園が、再び口を開く。


「日向くん……最後にひとつ、わがまま言ってもいいかな……?」


「何でも言ってよ」


「じゃあ……ぎゅーってしてほしい……。日向くんに抱きしめられるの、好きだから……」


「むしろ、こっちからお願いしたかった」


 そう答えると、日向はすぐさま北園を抱きしめた。

 桜色の花に包まれた彼女の身体は、小動物のように柔らかかった。


「えへへ……あったかい。ありがとう日向くん……。

 夢だったの……。好きな人と、最後まで一緒にいるのが……。

 それじゃあ、ごめん。先に……休んでるね……」


 そう言うと。

 北園は、静かに目を閉じた。


 もう、その瞳が開くことは、二度となかった。


 泣き声は漏らさず、静かに涙を流す日向。

 シャオランも、エヴァも、スピカも、泣いた。

 ジャックとコーネリアス、そしてミオンは固く目を閉じて黙祷。


 日影はただ、力強く、事切れた北園を見つめていた。

 本堂は、流した涙を隠すように、目頭を右手で(おお)っていた。


「……おやすみなさい、北園さん」


 日向は、別れの言葉を告げた。

 眠るように生涯を終えた、愛した少女の顔を見て。

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