第1598話 絶叫
「王子? 大丈夫ですか!? 王子!?」
移住チームの民たちが、突如としてその場に倒れたゼス王子を助け起こし、そう声をかけた。
ゼス王子は頭が痛そうな表情をしつつ、民たちの手を借りて、どうにか立ち上がる。
「うう……なんとか。僕はどれくらい気絶してた?」
「そんなに長くはありません。二十秒くらいかと。しかし、いったいどうしたのですか? いきなり倒れてしまうなんて……」
「ええと……あんなにたくさんの魂を一度に取り込むなんて初めてだったから、そのショックが今ごろ出ちゃったかな」
「そうなのですか? 基本的に寿命が無限大な私たちにとって、他人の魂を保存するという能力は、本来は必要ないものですからね。今まであまり研究されなかった能力ゆえ、不測の事態が起こる可能性は考慮していましたが……今の調子はいかがですか? どこか悪いところなどは……」
「だいじょうぶ。それより、今の状況はどうなってる?」
「現在、アーリア遊星は半分ほど巨星に呑まれました。まもなく我々もあの巨星に移動します。すでにテレポートポータルも準備完了です。座標は、巨星と遊星の接触面の、ちょうど裏側に設定されています。そこまでは惑星衝突による地表破壊の衝撃も届かず、ひとまず火の海になることはないかと」
「わかった。さっそくポータルに移動しよう」
「はい。こちらです」
ゼス王子は移住チーム員の案内を受けて、地球へ移動するためのテレポートポータルへ向かう。
しかし、その道中、彼はずっと不安そうな様子であった。
彼の精神内に匿っている遊星の意志の様子が、引き続きおかしかったからだ。
(ああ……うああ……! 熱い……痛い……!)
(『ほし』よ、どうしちゃったの……!? レオネ、『ほし』に何が起きてるのかわかる!?)
同じく自身の精神内にいるレオネ祭司長に、ゼス王子は問いかける。
すると、レオネ祭司長から返事がきた。
(王子様……。想定外、かつ最悪の事態です……。どうやら遊星の『魂』は、あの巨星に呑まれている『肉体』と、完全に感覚が繋がっているようです。『肉体』の中の『星の力』と遊星の『魂』が結局のところ同質のもの故の現象でしょうか……)
(感覚がつながってるって、まさか……! 『ほし』が痛いとか熱いって叫んでるのは……!)
(はい……。この巨星に呑み込まれている感覚を、現在もそのまま受けているという事です……)
(ど、どうにかできないの!? 『ほし』をたすけなきゃ!)
(アアアアアアアアアッ!?)
ゼス王子とレオネ祭司長が会話をしている最中に、再びアーリア遊星の意志が絶叫を上げた。その叫びがゼス王子の精神と脳髄を揺らし、またゼス王子は膝をついて倒れてしまう。
「うぐ……!」
それを見た先ほどの移住チーム員が、再びゼス王子を助け起こす。
「王子!? や、やはり体調が良くないのでは……!」
「う……うん。しょうじきに言うと、やっぱりちょっとキツいかな……。でも、だいじょうぶ。この大事なときに、みんなになさけない姿はみせられない」
「王子……。分かりました。せめて、私だけでも補佐させてください。また倒れそうになったら遠慮なく言ってくださいね」
「ありがとう。さぁ、行こう」
再び移住チーム員と共にテレポートポータルへ向かうゼス王子。
その間に再び、自身の精神内にいるレオネ祭司長とやり取りを交わす。
(大丈夫ですか、王子様!?)
(なんとか、だいじょうぶ。それより、さっきのつづき。『ほし』は、助けられないの?)
(現状では、何とも……。我ら祭祀の能力で、遊星の『魂』を癒し、落ち着かせることはできますが、それも一時しのぎに過ぎないでしょう……。それに、問題はもう一つあります。王子様も、すでにお気づきでは?)
(うん。『ほし』のさけびは、とんでもなく強烈だ。一回さけばれただけでも、僕の精神にヒビが入りそうだよ……)
(王子様の精神内にて、間近で遊星の絶叫を受けている我々も同様です。このまま遊星が苦しみ続けたら、その余波で私たちが先に限界を迎えるでしょう。解決策は、ただ一つ……)
(そ、その『かいけつさく』って?)
(…………遊星の『魂』を、王子様の中から排出することです……)
非常に言いにくそうに、レオネ祭司長は答えた。
せっかく助けることができたはずの遊星を、再び死へ送り出すのが耐えられないのだろう。
(そ、そんなの、ダメにきまってるよ! 僕が留めておかなきゃ、魂はいつか消滅しちゃう!)
(しかし、王子様の中にいる民たちの未来まで思えば、ここに遊星を留め続けるのは極めて危険……)
レオネ祭司長がそこまで言いかけると、その言葉を遮って、アーリア遊星の意志が苦しみながらも二人に声をかけてきた。
(王子……。祭司長……。お願いじゃ……見捨てないでくれ……。死にたくない……妾は死にたくないのじゃ……)
(星よ……)
(『ほし』……)
するとここで、周囲からもたくさんの声が。
ゼス王子の父王や、配下の兵士たち、それから無数の民たちの声。
(二人とも……。私も星を助けることに賛成したい。私とて辛かった。第二の母とも言えるアーリア遊星を、ただ見捨てることしかできなかったことが。それが、そなたら二人の知恵と能力のおかげでで、見捨てることしかできなかった遊星を助けられるチャンスを得た。今度こそ、それを捨てたくない)
(一度、助けようとした命です。最後まで助けきるべきでしょう)
(我ら民たちは、王子様と祭司長を支持します)
(我らの歴史と命を育む土壌をくれた母なる遊星。彼女を守るためならば、星を揺るがす絶叫などいくらでも耐えてみせましょう)
(我ら民はともかくとして、あとは王子様の精神が、遊星の叫びに耐え続けることができるか、ですね……。遊星の魂を取り込んだ器となっている以上、受ける影響は私たち以上でしょう)
(祭司たちを総動員して、遊星を落ち着かせる子守唄を歌い続けましょう。遊星が少しでも安らげば、それだけ我々と王子の負担が減ります)
(星を苦しみから救う根本的な解決策も模索しなければ。学者職の皆様は集まってください。知恵を出し合いましょう)
民たちも、王族も、皆がゼス王子の中で一致団結した。
それを見て、ゼス王子も覚悟を決めた。
(僕はしあわせものだ。民たちにめぐまれた。アーリア遊星のくらしと文化は肌にあってて好きだった。そんなしあわせを僕にくれた『ほし』を、僕は見捨てたくない。そして民たちも、レオネもかなしませたくない。だから、ぼくは『ほし』を助けるよ)
(王子様……。分かりました。それならば、このレオネも全身全霊を捧げて補佐させていただきます。どうか、遊星と我らに新しい未来を。アーリアの新しい王よ……)
新しい王。
そう呼ばれて、ゼス王子は一段と決意をみなぎらせた。
精神内でやり取りを交わしていた間に、ゼス王子はテレポートポータルへ到着。
すでに集まっている移住チームの人員の中から、赤いロングヘアーの女性がゼス王子に歩み寄ってきた。どうやら彼女はスピカのようだ。
「おっ。王子さまも来たねー。惑星衝突は大丈夫だったー?」
(スピグストゥリカ……。彼女は他人の心の中を見ることができる。彼女が能力を使って、僕の思考を読み取れば、僕が遊星の魂を匿っているのも知られるだろう。移住チームは移住チームで、これから先の問題が山積みだ。遊星は、僕とレオネが勝手に助けた。いずれ遊星のことは打ち明けるけど、今はこれ以上の負担をかけたくない)
そう考えた結果、ゼス王子は脳内の思考を二つに分割。アーリア遊星についての思考を無意識下へ隠し、移住チームとしてのこれからを考える思考を前面に出して、スピカの眼をごまかす用意をした。
「うん、だいじょうぶだったよスピグストゥリカ。さぁ、さっそく、あの大きなほしに行こう!」
(僕がみんなを助けたいのに、そのみんなを困らせるようなことはしたくない。だって僕は、アーリアの新しい王だから)