第1597話 霊魂保存
引き続き、最後の狭山の記憶にて。
レオネ祭司長は、アーリア遊星を地球の捕食から救う方法を独自に考えていた。そしてゼス王子も、それに協力することを快諾した。
ゼス王子の返事を受けたレオネ祭司長は、わずかながらも嬉しそうに微笑んだ。彼女は普段、あまり表情を変えないので、小さい表情変化ではあったが、それはとても分かりやすかった。ゼス王子の協力を得られて、遊星を助けることができるのがよほど嬉しかったのだろう。
「ありがとうございます。そう仰っていただけると信じておりました。それでは早速、取り掛かりましょう。『星』も、準備はよろしいですね?」
『問題ない。よろしく頼むぞよ』
アーリア遊星の返事を聞くと、レオネ祭司長がアーリアの『意志』に向かって手を伸ばす。するとアーリアの意志を構成するエネルギーがほどけていき、やがてひとかたまりの光になった。
「それでは王子様。精神を開き、遊星の魂を受け入れてください」
「うん」
ゼス王子が目を閉じて、両腕を軽く開く。
彼の身体が淡い光を放ち始め、その身体に遊星の魂が入っていった。
「完了しました、王子様。具合は如何でしょうか?」
「だいじょうぶだよ。『ほし』はちゃんと、僕の中に入ったよ」
「ああ、よかったです。安心しました。これでもう、私も思い残すことは何も……」
そうつぶやくレオネ祭司長に、ゼス王子は首をかしげながら声をかけた。
「なに言ってるの? 『ほし』が助かったんだから、レオネも僕たちといっしょに行けるよね?」
「……そうですね。言われてみれば。『私はここで終わってもいいですが、遊星だけは助けたい』と考えすぎて、すっかりここに残るつもりでいました」
「それじゃあ、いっしょに行こう! 父上たちに、このことをほうこくしないと!」
「お待ちを、王子様。私もまた魂となり、貴方の中で遊星に寄り添おうと思っています。今の遊星は『力』と『魂』が分離された状態という、百億年以上続いた遊星の歴史の中でも初めての状態です。万が一の時に備えて、調整できる人間が必要かと」
「たしかに。わかった、そうしよう。……そうだ! せっかくだから、みんなにはこのことをだまっておいて、みんなの魂を僕の中に招き入れたら、まさかの『ほし』とごたいめん!ってしようよ! サプライズ、サプライズ!」
「やれやれ。こんな時でも悪戯ですか。しかし、王子様の協力があったからこそ、この星を助けたいという私の願いも叶えることができた。今日くらい大目に見ても、いいのかもしれませんね。それでは王子様。私の魂も、どうぞ受け入れてくださいませ」
そう告げると、レオネ祭司長の身体から文字通り魂が抜けて、その身体はバタリと床に倒れた。
レオネ祭司長の身体から抜け出てきた、白い光の塊。
これが彼女の魂なのだろう。
先ほどのアーリア遊星の魂と同じく、レオネ祭司長の魂もまた、ゼス王子の身体の中に吸い込まれていった。
「……よし、うまくいった。さぁ、はやく外へもどらないと。思ったより時間がかかっちゃったから、きっとみんな待ちくたびれちゃってるよ」
そうつぶやき、ゼス王子は駆けだした。
日向も彼の後を追う。
後を追いながら、深刻な表情で思考する。
(なんてこった……。アーリア遊星は完全に地球に捕食はされていなくて、魂だけは狭山さんの中に移っていたのか。そして、遊星と運命を共にしたと思っていたレオネ祭司長も、実は魂の状態で一緒に生き延びていた。今まで『アーリア遊星とレオネ祭司長の二人は地球に移住できず命を落とした』と思っていたのに、その前提が完全に崩れ去った)
日向がそう考えている間に、ゼス王子は王城の外へ到着。
そこにはゼス王子の父であるアーリアの王と、無数の民たちが待っていた。
「もうしわけございません。おまたせいたしました」
「おぉ、来たか。それでは早速始めるとしよう……」
「はい」
「どうか……くれぐれもよろしく頼むぞ。アーリアの民の命運は、お前に託された」
「わかりました」
ゼス王子とのやり取りを終えると、王の合図と共に、城の外に集まっていたアーリアの民およそ一億人が、一斉に老衰で死んだ。狭山に語り掛けた王もまた、共に死んだ。
死んだアーリアの民たちの魂が、一斉にゼス王子のもとへと集まってくる。その魂たちを、ゼス王子は全て己の内に迎え入れ、保存した。
その一方で、宇宙空間では少しずつ、アーリア遊星と地球の衝突の時が迫っている。
ゼス王子も含まれているアーリアの移住チームは、これから惑星衝突によって地獄の環境と化すであろう地球で生きていかなければならない。少しでも、ほんの少しでも環境が安定するのを待つため、遊星と地球が衝突しても、留まれる限りまで遊星で待機するつもりだ。
その間、ゼス王子は自身の内部、精神の中に作り出した世界に意識を向ける。
そこには、招き入れた一億の民たちの魂が渦巻いていた。
尊敬している父王も、親類も、臣下たちも、その他大勢の民たちもいる。
そして、その中心にはレオネ祭司長と、遊星の魂も。
民たちも、父も、二人を見て、非常に驚いているようだった。
サプライズは大成功である。
いよいよ、惑星衝突が始まった。
遊星と地球の接触面が砕け、ひしゃげ、まき散らされた大地が宇宙空間へと放出される。
ゼス王子たち移住チームが待機している遊星の裏側でも、惑星衝突の凄まじい衝撃を感じた。文字通り、世界が壊れる音と振動だった。
こんな状況であるが、ゼス王子はふと考えた。
遊星の『魂』とレオネ祭司長を自分の中に匿ったが、その事実は、移住チームの皆にはいつ伝えようかと。
「僕の中にほかんした民たちは、あっちの星で新しい肉体をよういできたら、そっちにうつす予定だけど……その時になってはじめて移住チームのみんなに教えるのも、おもしろそうかも。『なんでここに遊星とレオネがいるの!?』ってかんじで。でもやっぱり、ちゃんと今おしえておいたほうがいいかな?」
少しだけ悩み、その結果、今すぐ教えておくことに決めた。
レオネ祭司長も「この遊星が『力』と『意志』に分かれるのは前代未聞だ」と言っていた。想定外の事態が起こることにも備え、情報はきちんと共有しておいた方がいい。
そう考えたゼス王子は、さっそく近くの誰かに声をかけようとする。
……だが、その時。
ゼス王子は、自分の中の遊星の魂の様子がおかしいことに気づいた。
(うう……熱い……痛い……熱い……!)
「『ほし』? どうしたの? どこかいたいの?」
(うぐ……うあ……! だ、駄目じゃ……助けてくれ……!)
「し、しっかりして! どうしよう。レオネ、いったい何が起きて……」
(ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!)
ゼス王子の中で、超音量の絶叫が鳴り響いた。
遊星による、星全体を揺るがすような、強烈な悲鳴だった。
それは周囲の移住チームの皆には聞こえず、ゼス王子の中でのみ鳴り響いた。
その絶叫を受けて、ゼス王子の意識はブラックアウト。
脳神経が焼き切れてしまったかのように、その場に倒れてしまった。