第1596話 最後の記憶
レオネ祭司長が遺した、最後の狭山の記憶を閲覧する。
日向の視界を塗りつぶした灰色の光が収まると、そこはあまり見慣れない場所だった。
地球のどの地域、どの文明にも見られない、白くて四角い無機質な建造物が立ち並んでいる。見上げるほどに高い天井では無色透明の鉱物が光を反射し、星のように輝いている。
星の地表の下に造られた地下王国。
ここは狭山たちアーリアの民の故郷、アーリア遊星だ。
街には多くの民たちで溢れかえっている。
日向から見ても、街の大きさに対して人間の数が多すぎだ。
街に入りきらなかった人間が街の外で待機している。自前の超能力で空を飛んでいる者もいる。
彼らは周囲の民たちと会話したり、何やら不安そうに周囲を見回したりしているが、ほとんどの者は一様に、街の中心に建てられている王城に注目していた。
民たちの話し声が聞こえる。
「この遊星は、やはり捨てるしかないのだろうか」
「仕方ない。我々の能力と技術では、この星をあの巨星から逃がすことはできない」
「良い星だった。新しい星でも、我々は平穏に生きていけるだろうか」
「とりあえず、最初の数億年は平穏とはいかないでしょう。この星を呑み込む際に超規模な破壊が発生します。まずはそれを生き延びなければ」
「とは言っても、生き延びるのは移住チームの役割ですけどね」
「我々アーリアの民の総数はおよそ一億。一億もの民が一度に移動するのは、統率を取るのが大変だし、物資の早期枯渇も考えられる」
「ゆえに、ゼス王子の”霊魂保存”の能力で大部分の民を魂の状態で保管し、残った優秀な能力と技術を持つ人員が『移住チーム』として、王子をサポートしつつ環境が安定化するまで耐える」
「王子や、移住チームの皆には、負担をかけてしまうな」
「しかし、それもまた、仕方のない事かと」
話を聞くに、どうやらこの記憶は、地球に吞み込まれる直前のアーリア遊星での記憶のようだ。
アーリアの民たちというのは、どこか達観している。悲しむことはあれど、怒りの感情を見せることはなく、厳しい現実も淡々と受け入れてしまう。民たちによって個人差はあるが、そういった印象を日向は抱いていた。
民たちの声を聞きつつ、日向は王城へ向かう。
なぜか、王城へ向かわなければならない気がしていた。
王城への道は民たちでごった返しているが、しょせんはこの光景も幻に過ぎないためか、日向の身体は民たちを透過する。そして民たちも日向の存在は認識していない。幽霊のように、日向は民たちをすり抜けながら王城を目指した。
そして日向はアーリアの王城に到着。
廊下を歩いていると、一人の少年を見かけた。
「あれは……子供のころの狭山さんだ。この時はゼス・ターゼット王子って呼ばれてる」
子供の狭山……ゼス王子は、緊張した面持ちでゆっくりと廊下を歩いていた。歩きながら、彼は何やらつぶやいている。
「遊星をすてて、あのおおきな星にいどうする……。僕が民のみんなを魂にしてほぞんするんだ。僕になにかあったら、みんながあぶない。ドキドキするなぁ……」
どうやら地球への移住計画に関して、自分がその計画の根幹に組み込まれていることに対してプレッシャーを感じているようである。
しかしすぐに表情を引き締め、やる気を見せるゼス王子。
「でも、僕のほかにできる人はいない。やらなくちゃ。がんばるぞ。さて……とりあえず、レオネと、この星にあいさつに行かないと。おわかれのあいさつを……」
別れの挨拶。
この星を地球から助けることは不可能と判断し、アーリアの民たちは母星を捨てた。そしてレオネ祭司長もまた、捨てられる遊星と運命を共にすることを選んだ。
その二人と最後の会話を交わすため、ゼス王子は廊下を進む。
日向も、彼の後をついて行く。
やがてたどり着いたのは、祭壇のような構造体がある、少し広めの部屋だった。雰囲気から察するに、ここはアーリア遊星を祀る部屋なのだろう。
その部屋の中に、二人の人物がいた。
一人はレオネ祭司長。
もう一人は、白と黒のエネルギーで形作られた女性の人型。
このエネルギー体の女性は、アーリア遊星の『意志』だ。この状態になることで、レオネ祭司長をはじめとした祭祀職の民たちと言葉を交わすことができるらしい。日向も二番目の狭山の記憶にて、このエネルギー体のアーリア遊星を見たことがある。
部屋に入ってきたゼス王子を見て、レオネ祭司長とアーリア遊星の『意志』が声をかけた。
「王子様。丁度良いところに」
『うむ。まことに、良いタイミングで来てくれたな』
「レオネ。どうしたの?」
レオネ祭司長に返事をするゼス王子。
どうやらアーリア遊星の『意志』の声は、聞こえていない様子だ。
それを見て日向は、少し考えこむ。
(たしか、二番目の狭山さんの記憶でも同じようなことがあったな。閲覧者である俺たちにはアーリア遊星の『意志』の声が聞こえているけど、狭山さん……ゼス王子には聞こえていないみたいだ。やっぱり変だよな? これは狭山さんの記憶なのに、狭山さんが聞こえていない声がどうして記憶できているんだ?)
疑問に思い、考えてはみるが、これといった答えは導き出せなかった。
そうしている間にも、レオネ祭司長とゼス王子のやり取りは続く。
「まだ移民計画実行まで猶予はあるでしょうか? 少し私の話を聞いていただきたいのです」
「だいじょうぶだよ。なんのよう?」
「はい。……私は、どうしても諦めきれなかったのです。この星の……我等の母なる星であるアーリア遊星の『願い』を」
「『ほし』の、ねがい……」
「死にたくない。消えたくない。あの大きな星に理不尽に呑み込まれて終わりたくない。それがアーリア遊星の願い」
「うん……。僕だって、かなえてあげたい。でも……」
「はい。この星の『力』とは、同時に、この星の『魂』でもあります。私たち祭祀が遊星の魂である『星の力』を保管し、共にあの大きな星へ降りることは可能ですが……」
「そうすると、もんだいがあるんだよね?」
「その通りです。それを実行すると、あの大きな星が目的とする遊星の『星の力』が手に入らなくなる。その矛先は、今度は遊星の『星の力』を保管する我々に及ぶでしょう。そうなれば移住どころではなくなってしまう」
「だから、僕たちだけでも助かるには、僕たちの『ほし』を捨てるしかない……」
ゼス王子も、よほどアーリア遊星を助けたいと思っていたのだろう。ひどく無念そうな表情をしていた。
しかしここで、レオネ祭司長が再び口を開く。
「ですが……それが、何とかなりそうなのです」
「え? それって、僕たちの『ほし』を助けられるってこと?」
その言葉に対して、レオネ祭司長はうなずいた。
表情は変えず、しかし力強く。
曰く。
移住計画が決定してから、レオネ祭司長は残されたわずかな猶予の中、このアーリア遊星を助ける方法を必死に考え、研究していた。
その結果、アーリア遊星が持つ『星の力』に宿っているという遊星の意志……つまり『魂』を、『力』と『魂』とで綺麗に分離することができそうだという。
これにより、このアーリア遊星そのものには地球が欲している『星の力』が残り、アーリア遊星の魂はゼス王子の”霊魂保存”で保存されることで、民たちと共に地球へ移動することが可能になる。
この方法ならば、地球はアーリア遊星を食らって『星の力』を手に入れられるため、地球に降り立ったアーリアの民たちが狙われる心配はない。遊星の魂も消滅を免れるので、彼女の「死にたくない」という願いも叶えられる。
レオネ祭司長にとって一つ懸念しているのは、この方法にはゼス王子の協力が必要不可欠であるということ。
『力』と『魂』に分離されたアーリアの意志は、その性質が大きく変化する。完全に分離された『魂』の状態では、たとえレオネ祭司長といえど、アーリアの祭祀職では保管ができそうにない。ゼス王子の”霊魂保存”の超能力ならば、この問題も解決できるとレオネ祭司長は予想している。
そんなレオネ祭司長の懸念もどこ吹く風というように、ゼス王子は目を輝かせていた。
「すごい……! カンペキじゃないかレオネ!」
「遊星を助けたい一心でした。無論、遊星も既に賛同なされています」
『願ってやまなかった助け船じゃ。妾からすれば、断る理由がない』
「後は、王子様のご意思だけです。私たちに協力して、遊星を助けてくださいませんか?」
レオネにそう問いかけられると。
ゼス王子は即答した。
「もちろん、やるよ! ふたりで『ほし』を助けよう!」