第1590話 罪と罰
レオネ祭司長が落とした、蒼いエネルギー球。
”終焉果実・失楽園”。
このエネルギー球の大爆発により、皆は地表ごと吹き飛ばされてしまった。天変地異でも起きたかのように、大地は粉々に粉砕された。
ボロボロになった地上で、皆があちこちに倒れている。
全員、大きなダメージを受けており、すぐには立ち上がれない様子だ。
とはいえ、これほどの大破壊に巻き込まれたにしては、皆ひとまず一命を取り留めているでも儲けものと言えるかもしれない。事前にエヴァの”星の咆哮”と激突して威力が削がれていたのと、地上に着弾せず空中で爆発したのが大きな要因だろう。
「うう……みんな、だいじょうぶ……?」
北園が身を起こしながら、皆に声をかける。
しかし、身を起こそうとしたのだが、彼女の身体に力が入らない。
確かに大きなダメージを受けたが、まだ死に至るほどの傷ではない。そのはずなのに。
北園は自分の身体を見て、ハッとした。
彼女の全身に白い花が咲いている。
「こ、これは……?」
見れば、自分だけではない。
周りで倒れている仲間たちも白い花に包まれている。
それどころか、レオネ祭司長によって破壊されたこの街一帯が、真っ白な花の草原と化していた。
空を覆っていた黒雲もまた、先ほどの蒼い衝撃波によって吹き飛ばされ、星が広がる夜空が見えていた。北園たちにとっては随分と久しぶりな、雲一つないスッキリとした星空だった。地上の白い花畑と合わさって、非常に幻想的な光景である。
しかし、その光景に心を奪われている場合ではない。
やはりこの花は北園たちから生命エネルギーを奪う、ロストエデンの細胞花だ。北園たちの身体から力が抜き取られ、立ち上がれない。
「今まで、私たちの身体には直接、こんなにいきなり、一斉に花を咲かせることはなかったのに……」
立ち上がろうとしながら、北園がそうつぶやく。
その時、いまだ上空に留まっているレオネ祭司長を見て、北園は閃いた。
「……そっか。あの位置なら、私たち全員を見下ろして、視界に収めることができる。目視による瞬間開花で、私たち全員を対象にして……」
しかし、そんな彼女たちの中でも、白い花が咲いておらず、立ち上がって動ける人物がいた。日影である。”再生の炎”によって、身体に咲いた白い花もすぐに焼却された。
「お前ら、大丈夫か!? あの野郎、派手にやってくれたな……!」
日影は皆に駆け寄り、上空のレオネ祭司長を警戒しつつ、皆の身体に咲いている花を除去し始める。
その一方で、レオネ祭司長は”瞬間移動”を使用。
姿を消し、現れたのは、日影たちより離れた場所で倒れていたエヴァの前。
エヴァもまた大ダメージと白い花のせいで、レオネ祭司長が目の前に現れたにもかかわらず動けない状態だ。なにしろ彼女は北園のバリアーの外にいたので、受けたダメージもさらに大きい。うつ伏せに倒れながら、レオネ祭司長を見上げることしかできない。
「先程の貴女の奔流と、私の衝撃波。なぜ自分が押し負けたのか理解できない。そういった表情ですね」
「う……くぅ……!」
「先も言ったとおり、『星の力』の出力自体は貴女が上です。何の工夫もしなければ、負けていたのは私だったでしょう。しかし私は『星の力』を極限まで凝縮し、その『解放』のエネルギーを上乗せした。それが理由です」
話を終えると、レオネ祭司長はその手に緑の刀剣状のエネルギーを生成。それを振り上げ、足元で倒れているエヴァを狙って振り上げる。
それを見ていた日影は、当然ながら黙ってはいない。
駆け出し、”オーバーヒート”を発動して、エヴァを助けに向かう。
「させるかッ!!」
……が、日影がレオネ祭司長に接近した瞬間、彼女は”瞬間移動”を使用。日影の目の前から姿を消し、先ほどまで日影がいた北園の側に出現。
「なッ!? しまった、北園を……!?」
「単純ですね。これは、その後先を考えない短絡の代償です」
「あ、ダメかも……」
そして、レオネ祭司長が北園めがけて、刀剣状のエネルギーを振り下ろした。
……ところが、攻撃を受け止めた金属音が鳴り響く。
近くで倒れていた日向が立ち上がり、レオネ祭司長の斬撃を『太陽の牙』で受け止め、北園を守ったのだ。
「くっ……!」
「日向くん!」
レオネ祭司長のエネルギー刃を受け止めている日向の表情は、かなり険しい。そしてレオネ祭司長は涼しい顔をしている。
彼女の筋力は相当なもので、受け止めた瞬間こそ”復讐火”で耐え切ったが、その身体強化時間はほんの一瞬。今の日向はレオネ祭司長の斬撃に押し潰されないようにするのが精いっぱいだ。
いや、恐らく今のレオネ祭司長は手加減しているだけで、その気になれば一瞬で日向を吹き飛ばしてしまえるだろう。ロストエデン外殻の能力と進化過程を受け継いだ今の彼女は、それだけの能力がある。
「そろそろ意識を取り戻すころだとは思っていました。しかし『牙』よ、これはいただけませんね」
「何が、ですか……!」
「貴方は私を倒さなくてはならない。であれば、先程の状況は、私が北園良乃を攻撃している隙を狙って、私の心臓を貫くべきでした。ここで彼女を守ったところで、ロストエデンが終われば彼女の命も終わるというのに」
「だからって、見捨てることができるわけ、ないでしょうが!」
「……愚かな。『どうせ後で無駄になる』と知っていながら、彼女を守ったというのですか?」
するとレオネ祭司長は、右手のエネルギー刃はそのままに、左手を日向の腹部に当てて、その手のひらから緑のビームを発射。日向の腹部はゼロ距離で貫かれてしまった。
「げぼっ……!?」
「無知であるならいざ知らず、知っていながら罪を犯すなど、愚かを通り越して憐みすら覚えます」
腹部に風穴を開けられ、力を失って崩れ落ちる日向。
その彼の首を狙って、レオネ祭司長は右手のエネルギー刃を振り抜いた。
「この星を守るためであっても、捨てるべき時に捨てるべきものを捨てられない。この程度の決意すら固められぬ脆弱な正義であるならば、もはや貴方にあの御方と相まみえる資格は無い!」
……が、そのレオネ祭司長の横からシャオランが滑り込んできた。
そして、ガラ空きになっていた彼女のわき腹に正拳を一撃入れて、日向への攻撃を阻止。
「やぁぁッ!!」
「ぐっ……!? 馬鹿な、石暁然……! 彼は他の仲間たちと共に、私の花で倒れていた。ここで動けるはずが……。いや、彼の身体から、私の花が全て消え去っている……!?」
すると、腹部に穴を開けられていた日向も”復讐火”を使用。瀕死の重傷を炎で埋めて、逆に溢れんばかりのパワーを手に入れ、レオネ祭司長の心臓めがけて刺突を繰り出す。
「”点火”っ!!」
「くっ!」
突き出される日向の炎牙。
レオネ祭司長は身をよじって回避を試みる。
心臓は貫けなかったが、彼女の右肩を深く抉った。
その後、”瞬間移動”を使用し、レオネ祭司長は日向たちから距離を取る。
日向たちは、北園を除いて全員、白い花が取り払われていた。
その北園も現在、ジャックとコーネリアスの手で白い花を摘み取られ、ほとんど除去が完了している。
日向は皆の前に立ち、レオネ祭司長に声をかけた。
「レオネ祭司長。さっきと言ってることが違ってませんか?」
「……何の事です?」
「あなたは、さっき俺が北園さんを守ったことを、まるで悪いことみたいに言ってましたよね。でも、あなたは最初にこう言っていた。『無知は悪。正義の反対は別の正義』って」
「……それが、如何しましたか」
「俺は自分の『正義』に則って、北園さんを守っただけです。貴方に悪く言われる謂れはない。だいたいあなたが、俺と北園さんの何を知ってるんですか? 何も知らず、自分の価値観で俺の行動の善悪を決める……それは、他でもないあなたが罪とする『無知』なんじゃないですか?」
「……!」
日向にそう告げられたレオネ祭司長は、眉をピクリと動かした。
それだけの動作だったが、凄まじい怒りが発せられたのを、日向たちは肌で感じた。