第1588話 遊星の祭司長
レオネ祭司長に受け止められたミオンの右拳が、消滅していた。
よく見れば、無くなっている彼女の拳の付け根……つまり手首のあたりが、凍り付いている。
そして、前方に立っているレオネ祭司長の足元には、砕かれた氷の破片が散らばっている。
以上の要素からミオンの拳が消えてしまった理由を考えると、導き出される結論は一つしかない。レオネ祭司長はミオンの拳を受け止めた瞬間、一瞬にしてミオンの拳を芯まで凍らせ、砕いてしまったのだ。
拳が砕かれた際にミオンが痛みも何も感じなかったのは、あまりにも瞬間的な冷却だったために神経系が断絶し、正常に働かなかったためと思われる。
自慢の拳を失ってしまったミオンだが、悲鳴の一つも上げず、冷静を保っている。まだ神経が凍り付いて痛みを感じないというのも理由の一つだが、やはり彼女の精神力がそもそも人智を超越しているという点が大きい。
ミオンは、砕かれた自分の拳と、前方のレオネ祭司長を見比べながら、あることを考えていた。
自分の拳が砕かれた理由は分かったが、今のレオネ祭司長は、生命と感染を司る星殺し、ロストエデンだ。そんな彼女が、ここでいきなり氷の異能を使用してきた。これは異常事態だ。
加えて、彼女は”凍結能力”のような、氷や冷気を操る超能力も本来は持っていない。
ただ、レオネ祭司長はエヴァと同じく”星通力”の能力を持っている。惑星が持つエネルギーを引き出し、様々な超常現象を発生させる能力を。それならば”吹雪”の権能を利用し、冷気を発生させることが可能だ。
そして彼女は先ほど、このブラジルの大地を覆い尽くすほどの『星の力』を持つ心臓を、己の身体の中に取り込んでいる。
「これまでの戦いで、レオネちゃんは”星通力”に由来する能力を使ってこなくておかしいとは思っていたけど、『星の力』を有している心臓をこの地に隠していて、あなた自身は『星の力』を持っていなかったからってことね……!」
「その通り。先ほど『牙』は、ロストエデンの外殻の能力が『感染』、本体である私が『緑化現象』の能力を持っていると推測していましたが、それは正確ではありませんでした。貴女の拳を破壊した冷気も、そしてこの緑化現象も、全ては私の”星通力”で発生させたもの」
そう答えると、レオネ祭司長がミオンにさらなる攻撃を仕掛けてきた。ノーモーションで、レオネに向かって吹き荒ぶ超高温の熱風を発生させたのである。
「熱風……! これも”星通力”の能力ね! 範囲が広すぎて回避しきれない……。仕方ないわね、地の練気法”岩窟”!」
ミオンが身構え、彼女の身体から濃い砂色のオーラが湧き出る。
この技は、集中発生させた”地の気質”で、相手の炎や冷気といったエネルギー攻撃を遮断する防御術である。同じく防御力を上げる”大金剛”と比較すると、向こうは物理攻撃を耐えることに特化している。
空間が歪むほどの熱波がミオンを襲う。
本来なら、生身の人間は一瞬にして消し飛ばされているであろう高熱。
しかしミオンは、この熱風の中、耐え忍んでいた。
ただ、完全には耐えきれていない。
少しずつ、彼女の肌が黒く焼け焦げていく。
「くぅぅ……! ちょっとツラいわね……!」
そのミオンのもとへ北園が飛んできて、バリアーを展開。
青色の障壁が熱風を遮断し、ミオンを守った。
「ミオンさん! だいじょうぶですか!?」
「あら、北園ちゃん! ありがとう、助かったわ~! ケガのほうは、ちょっと大丈夫じゃないかもだけど」
「その右手、凍らされて砕かれちゃったんですか!? その状態じゃ、私の”治癒能力”でも治療できない……」
「ええ。ここからは片手で頑張るしかないわね。さっきの熱風で手首も解凍されて、今ごろ痛みが湧いてきたわ」
やり取りを交わす二人。
この間にもレオネ祭司長は熱風を発射し続け、北園はそれをバリアーで防ぎ続けている。
そこへ、日影が”オーバーヒート”で空から急降下。
北園たちを攻撃しているレオネ祭司長に突撃する。
「こっちを無視してんじゃねぇぜッ!」
……だが、レオネ祭司長は重力場を発生させ、日影の急降下の軌道を捻じ曲げる。その結果、日影の突撃はレオネ祭司長に届かず、垂直に地面に叩きつけられた。
「ぐあッ!? な、なんだ……!? いきなり真上から強烈な重さが……」
日影を落とすと、レオネ祭司長はまた別の方向に身体を向けて、自身の右足に”地震”の震動エネルギーを集中。その右足で、足元をまっすぐ踏みつける。
レオネ祭司長の踏みつけで、前方扇状に巨大な衝撃波が発生。
その方向から攻撃を仕掛けようとしていた本堂、シャオラン、ジャック、コーネリアスの四人を地表ごと吹き飛ばした。
「ぐぅっ……!? これは”地震”の権能……!」
「わぁぁ!?」
「エヴァみたいに、扱える権能の種類に制限がねーのかよ……!」
「真正面から爆弾を叩きつけられたような衝撃だナ……身体がバラバラになりそうダ……!」
四人を片付けたレオネ祭司長は、今度はエヴァに目を向けた。
レオネ祭司長が四人の相手をしていた間に、エヴァは”ゼウスの雷霆”の発動を準備。
「同じ『星の力』の使い手なら、すでに六体の『星殺し』から力を取り戻している私の方が強いはずです!」
そう告げて、エヴァが杖を振り下ろす。
黒く、暗い曇りの夜空から、三発の落雷が降り注ぐ。
しかし、レオネ祭司長はあらかじめ、自身の周囲に三本の背が高い木を生やしていた。その三本の木が避雷針となって、エヴァの落雷を引き付けてしまった。三本の木は真っ二つになったが、レオネ祭司長は無傷である。
「出力はそちらが上でしょうが、『力の使い方』は私に分があるようですね」
レオネ祭司長の反撃。
右手に生命エネルギーを凝縮し、刀剣のような形に生成。
その緑のエネルギーをエヴァめがけて、逆袈裟に振り下ろした。
振り下ろしの慣性を受けたかのように刀身も延長され、遠距離にいるエヴァにも斬撃が届く。
「くっ……!」
エヴァはすぐさま右に左に跳んで、レオネ祭司長の斬撃を回避。
大地に縦長の斬撃痕が刻まれ、一拍置いて緑の大爆発を巻き起こした。
そのレオネ祭司長の背後から、日向が接近。
走りながら、彼女の心臓を刺し貫くべく『太陽の牙』を構える。
だが、レオネ祭司長は”暴風”の権能を行使。
鞭のように薙ぎ払われた真空刃が、日向の両足を斬り飛ばした。
「ぐっ……!? くそ、負けるか! ”復讐火”!!」
転倒する前に、日向は自身の足を高速回復させて再生成。
同時に強化された身体能力で一気に踏み込み、レオネ祭司長との間合いを詰める。
ところが、日向の接近と同時にレオネ祭司長が掌底を突き出した。
これが見事に日向の下顎を捉える。
「甘い……!」
「ぶっ!?」
強烈なカウンターを受けてしまった日向はひっくり返ってしまった。
踏み込みの勢いは止まらず、レオネ祭司長の脇を通過して吹っ飛びながら。
この一撃は、下顎を通して日向の脳髄に全衝撃が集中。
その結果、ひどい脳震盪が起こり、日向は意識を失ってしまった。
「あ……ぐ……」
「思っていたより、なまくらですね。この私ごときも貫けぬ『牙』ならば、ここで大切な仲間たちと共に果ててしまいなさい」
そうつぶやくと、レオネ祭司長は”瞬間移動”で上空へ移動。
大地ごと日向たちを見下ろしながら、『星の力』を充填させる。
その気配で、残った皆が察知した。
恐ろしいほどに強力な攻撃が来る、と。