第1585話 心臓を求めて
ロストエデンを倒すためには、レオネ祭司長の心臓を破壊しなければならない。
そして、そのレオネ祭司長の心臓はブラジリアに隠されている。
今度こそロストエデンに終止符を打つため、これより日向たちはブラジリアへ向かう。
しかしそれには一つ、問題があった。
このリオデジャネイロからブラジリアまで、優に千キロ以上は離れている。
今まで日向たちが乗っていた飛空艇は、北園がヴェルデュ化した際に内部機構を派手に破壊してしまった。再び空を飛ぶのは難しいだろう。別の移動手段を見つけなければならない。それも、ロストエデンの外殻が復活する前にだ。
「ごめんなさい、私のせいで……」
しょんぼりした表情で、皆に頭を下げる北園。
皆は、もうこれ以上北園を責めるつもりはない。
それに、ここで彼女を責めていても始まらない。
さすがに皆の異能で移動するには、あまりにも距離がありすぎる。
エヴァの”天女の羽衣”で皆に飛行能力を付与するにしても、能力を維持する彼女の体力がもたないだろう。
ここで、コーネリアスが口を開く。
「やはリ、ヘリか飛行機か、そのあたりの移動手段が必要になるだろうナ。このリオデジャネイロの街の空港は、北東の離れ小島にあル。思うニ、あのロストエデンとの戦闘にも巻き込まれておらズ、いくらか飛行機が残っているかもしれなイ。行って確かめてみよウ」
「飛行機が残っていたとして、操縦は誰が?」
「俺ができル」
「マジですか」
「これでも精鋭部隊の人間だからナ。あらゆる事態、あらゆる可能性に備えテ、技術を習得させられていル。飛行機内で戦闘が発生した場合や、その戦闘にパイロットが巻き込まれて、代わりに飛行機を操縦しなければならない状況などだナ」
「これ、コーネリアス少尉がいなかったら、俺たちブラジリアまで移動できずに詰んでた可能性あったなぁ……」
「まだ安心するのは早いゾ。レッドラムやヴェルデュの襲撃によって、空港の飛行機が全滅している可能性もあるのだからナ。幸運の女神がお前たちに微笑んでくれていることを祈っておケ」
「最後の最後で運任せですか……。俺こういうの苦手……。緊張で口から心臓吐きそう」
日向たちの現在位置から空港までは、せいぜい十数キロほどしか離れていない。歩いて向かうにはそれなりの距離だが、その程度ならエヴァの能力で皆を飛行させて、到着まで十分かかるかどうかだろう。
さっそく皆で空を飛び、空港へ向かう。
もう日向たちを邪魔するヴェルデュもいない。ロストエデンが白い花で見境なく生命エネルギーを吸収し、全滅させたからだ。
ほどなくして、日向たちは空港の上空に到着。
空から滑走路を見てみれば、ツタが機体に絡みついた飛行機が三機ほど停まっていた。
「飛行機、ありますね。ツタびっしりですけど」
「滑走路の上モ、まるで草原だナ。まずは掃除から始めなければならないカ」
「ロストエデンが復活する前に、急いで終わらせてしまいましょう」
空港に降り立った日向たちは、さっそく作業に取り掛かった。
使えそうな飛行機の選定。機体に絡みつくツタの除去。
エヴァは滑走路を覆い尽くす草木を、火炎放射で焼き尽くす。
日向は、選ばれた飛行機に絡みついているツタを素手で千切っている。
そんな彼に、スピカが声をかけてきた。
「それにしても日向くん、よくあの結論にたどり着いたよねー」
「あの結論と言いますと?」
「レオネ祭司長の心臓のことだよー。ワタシからすれば、あの答えにたどり着ける直接的なヒントは無いように見えたんだけど、どこからあの答えを導き出したの?」
「ああ、それですか。いや実際、これまでのロストエデンやレオネ祭司長との戦いの中では、あの答えにたどり着ける直接的なヒントは、俺から見ても無かったと思います」
「じゃあ、どうやって?」
「エドゥが設置してくれたヴェルデュ研究チームの、ロストエデンの死体の解析結果です。あの時の研究員さんの『ロストエデンの身体には心臓すら見当たらない』って聞いたのを思い出して、ふと考えたんです。もしもレオネ祭司長も同じだったら……心臓が無かったらどうなんだろうって」
「それで、レオネ祭司長が心臓を隠しているって仮定して、他の要素も紐づけたら、全部つながった……ってところ?」
「そういうことです。完璧につながって、きっとこれしかないって」
「なるほどねー、思いつかなかったなぁ。いつも謙遜してるけど、キミって頭の回転、相当速いほうだよね」
「そんなことは……まぁでも、そのあたりは狭山さんにも鍛えられましたから」
「王子さまに……ね。もうすぐだね、日向くん」
「……ええ。本当に、もう、すぐそこまで来てるんですよね……」
最初の『星殺し』マカハドマを倒して、狭山から音声メッセージ上で「世界のどこかにいる七体の『星殺し』を倒さないと自分とは戦えない」と言われた時のことが懐かしい。
世界のどこにいるかも分からない、それぞれが人類を滅ぼしかねない強大な能力を持つ怪物、それが七体。無茶苦茶な話だと感じたのを、日向は今でも鮮明に思い出せる。
その無茶苦茶を、とうとう達成間近のところまで迫った。
本当に多くの幸運と、本当に多くの人たちに助けられた。
もう一度、同じ旅をやってみろと言われても、きっとここまでは来られないだろう。
この旅路の全ての清算が、すぐそこまで迫っている。
ふつふつと、嫌でもそのような実感が沸き上がってきた。
やがて、飛行機の離陸準備が整った。
さっそく日向たちは飛行機に乗り込み、空へ飛び立つ。
フライト時間は、およそ一時間弱の予定。
その間に日向たちはしっかりと身体を休めて、ロストエデンとの戦いで消耗した体力を少しでも回復させる。
ロストエデンの外殻は、自身の細胞が付着している場所であればどこでも復活できる。日向たちを待ち構えて、ブラジリアで外殻が復活している可能性も極めて高い。
やがて、飛行機はブラジリア上空に到着。
日向たちの心配とは裏腹に、ロストエデンの外殻らしき姿はどこにも無かった。
操縦席のコーネリアスが、皆に声をかける。
「やはりと言うべきカ、ブラジリアの空港の滑走路も草木で覆われているナ。これでは着陸できなイ」
「それは困りましたね……。どうしましょう?」
「乗り捨てル」
「はい? 乗り捨て……?」
「どうせ皆、エヴァの能力で飛べるのダ。この飛行機から飛び降りても、無事に地上まで降りられるだろウ」
「マジですか……」
それから日向たちは、昇降口へ移動。
一斉に飛び降り、緑に覆われた地上へ。
エヴァの”天女の羽衣”によって、ゆっくりと地上に降りる日向たち。
遠くで、飛行機が墜落して大破炎上した。
「もうこの街にも誰もいないんだろうけど、なんだかすっごい罪悪感……」
「ハリウッド映画ではよくあることダ」
「映画じゃないんだよなぁ」
その後、日向たちは、レオネ祭司長の心臓が隠されていると思われるブラジリアの国立公園へ向かう。『太陽の牙』の炎によって、木々の一本も残らず焼き払われた国立公園に。
目的の場所までたどり着くと、日向たちは足を止めた。
黒く焦げ、寂しいくらいに見晴らしの良いその場所に、誰かが立っていたからだ。
「来ましたね。『牙』と、その仲間たちよ」
「……レオネ祭司長」
リオデジャネイロで日影に貫かれたはずのレオネ祭司長が、そこにいた。