第1583話 永遠の失楽園
ブラジルの大地に宿る『星の力』が回収できない。
それはつまり、まだロストエデンが『星の力』の所有権を持っているということ。
そしてそれは、”生命”の星殺しであるロストエデンが、まだ滅びていないことの証左に他ならない。
先ほどまで勝利の喜びに沸き上がっていた皆が、一気に緊張で凍り付いた。
「馬鹿な……! 外殻も、本体も斃したのだぞ!? これ以上、何をしろというのだ……!?」
普段は冷静な本堂でさえも、そう声を上げずにはいられなかった。
その事実がまたいっそう、皆の緊張を引き上げる。
「キタゾノがまだ生きているのも、ロストエデンが完全に死んでないから……ってコトだよね!?」
「言われてみれば、『星殺し』を倒した時に出てくる、王子さまの記憶も出てきてないよー!」
ロストエデンは、復活するたびに進化する。
第七形態でさえも、あの強さだったのだ。
これ以上進化されたら、もはや日向たちの手には負えない。
いや、それ以前に、もう誰も余力など残っていない。
ここでロストエデンに復活されたら、もう誰も戦えない。
ただ、余力は残っていないが、思考を回すことはできる。
日向は今一度、ロストエデンの倒し方を考える。
「どうなってるんだ……! 日影! お前は本当にレオネ祭司長を倒したんだよな!?」
「ああ、間違いねぇ! 確かにぶっ刺したぞ!」
「ワタシも目の前で見てたよー! 日影くんは確かにレオネ祭司長を仕留めた! それは間違いない!」
「じゃあ、俺の考えが間違ってたのか? レオネ祭司長は、ロストエデンの本体じゃなかった……?」
そうつぶやく日向だが、そこへスピカが首を横に振りながら声をかける。
「でもあの時、日影くんがレオネ祭司長を刺した時、あの人はこう言ってたんだ。『自分がロストエデンの本体なら、今度こそ本体を守るため、外殻がさらに進化しようとするのは当たり前でしょう?』って」
「自分がロストエデンの本体なら……」
「この台詞の中では、レオネ祭司長はあくまで『もしも自分がロストエデンの本体なら』と仮定してるだけで、断言はしていない。でも、理にかなっているとは思わない? レオネ祭司長が死んだら、ロストエデンは進化した。その理由としてはこれ以上ない……そう思わない?」
「それは、確かに……」
「だから、キミの考えそのものは間違っていないと思う! きっとレオネ祭司長はロストエデンの本体なんだよ! でも、完全にロストエデンを倒すにはあと一歩、何かが足りないんじゃないかな!」
「あと一歩、何かが……」
「ワタシたちも、このブラジルで色々なモノを見て回った! 思い出してみて日向くんー! どこかに何かなかったかい、ロストエデンを倒すヒントになるものが!」
祈るように、日向にそう問いかけるスピカ。
その言葉を受けて、日向も真剣に、このブラジルでの旅路を振り返り始めた。
最初にテオ少年に出会い、彼から話を聞いた時、このリオデジャネイロの街が緑に覆われたのは、狭山による”最後の災害”が始まったのと同時期だったことを知った。「街の北側から徐々に緑が広がってきた」とも言っていた。
緑化現象によって木の実やフルーツが収穫できるようになり、生存者たちの飢えを満たした。そして、これらの果実は、エヴァが『幻の大地』で見たことがあるものばかりだったという。このブラジルの大地は、大気に至るまで『星の力』で満たされた『幻の大地』といくらか同じ環境だったと言えるかもしれない。
ロストエデンの『星の力』は、この大地そのものに宿っている。
その『星の力』が、緑化現象を発生させていた。
だが、その大地から『星の力』を回収しようとしても、エヴァにはそれができなかった。ロストエデンが『星の力』の所有権を握っているからだ。
エヴァの気配感知能力で、ロストエデンの『星の力』が最も濃い場所がブラジリアだと判明した。緑化現象もブラジリアを中心に広がっていたという。そして日向たちは樹海と化したブラジリア国立公園で第一形態のロストエデンを発見し、これを伐採した。
発見したロストエデンは、エヴァ曰く「生きているか死んでいるかも分からない気配」だった。これは、ロストエデンの外殻には本体であるレオネ祭司長がおらず、肉体と心臓が分離した疑似的な不死状態だったことに由来する。
ここに至るまで、様々なロストエデンの討伐方法を考えてきた日向たち。本体が複数いる説、種子をばら撒く説、外殻に極小の本体がいる説などを提唱したが、いずれもロストエデンの復活を止めることはできなかった。
ロストエデン第三形態と戦う前に出会った、レオネ祭司長。
彼女からはレッドラムと同じ怨嗟の気配と、ロストエデン外殻と同じ「生きているか死んでいるかも分からない気配」をエヴァは感じ取ったという。
ロストエデン第三形態を倒した後、ジャックから連絡があった。その中で「ヴェルデュ化は、緑化現象で発生した植物にも起こる。ロストエデンが緑化現象の原因なら、自分で生やした植物をわざわざヴェルデュ化させる意図が分からない。どうして最初からヴェルデュとして生やさなかったのか。緑化現象とロストエデンはそれぞれ別の存在なのではないか」という仮説が生まれた。
ヴェルデュ研究チームにロストエデンの死骸を運び込み、検査してもらった。ここで初めてロストエデンの細胞について認識した。しかしロストエデンの完全討伐方法については、依然として不明だった。学者たちは「ロストエデンには各種臓器はおろか、心臓も見当たらない。これでなぜ活動できているか分からない」と言っていた。
ロストエデンの復活の瞬間を見たエヴァが出した結論は「ロストエデンはたった一つの細胞だけでも残っていれば復活できる。そして、その細胞はブラジル中に巻かれている。ロストエデンを滅ぼすには、ブラジルの大地そのものを消さなければならない」という非現実的なものだった。
日向の予想では、ロストエデンを生み出した狭山は、もっと日向たちでも十分に実行可能な、簡単な方法でロストエデンを倒せるよう設計したのではないかと考えた。彼は『星殺し』を「絶対に倒せない存在」ではなく「日向たちが乗り越えるべき試練」として扱っているかもしれない、と。
リオデジャネイロの街に乗り込んできたレオネ祭司長。
彼女がロストエデンの本体だと考え、日向たちは彼女を討った。
それでもなお、ロストエデンは終わっていない。
レオネ祭司長の死亡に合わせて、ロストエデンは第七形態に進化した。日向たちと交戦しながら、ひたすら北の方角を目指して進んでいた。
ここまで考えて、日向はつぶやいた。
「………………ああ。分かった……」