第1580話 生命の災害
日向が放った”星殺閃光”が、ロストエデンの胸を貫いた。
胸に文字通り穴を開けられたロストエデンは、ゆっくりと、確かめるように、その胸の傷を見る。
”星殺閃光”の熱量は尋常ではない。熱線が有していた熱波によって、その熱線より何十倍も大きな穴がロストエデンの胸に開けられていた。傷口は今も溶けた鉄のように燃えており、大量の黒い煙が空に立ち昇っている。
自身の胸の傷を見たロストエデンは、現実を受け入れるかのように、顔からその場で倒れ伏した。
巨大なロストエデンが倒れて、街に地鳴りが響き渡る。
その短い地響きが止み、数拍置いて、ようやく日向は緊張で止めていた息を吐き出した。
「……はぁっ。はぁ……ふぅ……」
疲れと、緊張の糸が切れたことで、日向はその場に座り込んだ。
ここは”最大火力”の熱波によって溶解したビルの屋上。いつ崩れてもおかしくない危険な場所だが、それでも日向は、とてもすぐにここから動く気にはなれなかった。
この場所からは、リオデジャネイロの街がよく見える。
もはや崩壊していない場所の方が少ないくらい、街はボロボロだった。
そして、その中央に倒れているロストエデン。
「本当に……本っ当にしつこい奴だったけど……これでやっと……」
「……待てヒュウガ! アイツ、まだ動いてるぞ!」
「はぁ!?」
日向の上空にいたジャックの叫び声を聞いて、日向は慌てて立ち上がり、改めてロストエデンの姿を確認する。今のジャックの発言が性質の悪いジョークであることを祈りながら。
だが、ジャックの言葉はジョークではなく真実だった。
倒れ伏していたロストエデンが、六本の腕を支えにして、再び起き上がろうとしていた。まだその巨体は震えており、かろうじてといった様子だが、それでもまだ生きている。
日向に貫かれた胸の穴は、焼けている箇所が火事で崩れる家屋のようにどんどん燃え落ち、その下から燃えていない新しいツタが生え、傷を塞ぎ始めていた。先ほどエヴァも説明していたロストエデンの回復能力、肉体の新造だ。これなら『太陽の牙』の回復阻害にも影響されない。
「あいつ、”星殺閃光”に耐えたのか!? 残っていた自分の生命エネルギーと、白い花を通して現在進行形で街からかき集めている生命エネルギーで、傷を再生させてる!」
さらに特筆すべきは、ロストエデンの再生の速度だ。これまでと比べて桁違いに速い。見てみると、ロストエデンは地面についた六つの手、計三十本の指を全て地面に突き刺している。恐らくはあの指で、大地のエネルギーを直接吸収しているのだ。だから再生速度も上がっていると思われる。
「ヒュウガ! 今のもう一発撃てねーのか!? 早くアイツにトドメ刺すんだ!」
「ごめん、打ち止め! ”星殺閃光”は基本的に一日一回なんだよ!」
「そーかい! じゃあ仕方ねぇ! 後は俺たちでどうにか削り切るしかないか!」
そう言ってジャックは、ロストエデンのもとへと向かった。
他の仲間たちもすでにロストエデンへの攻撃を再開している。
北園がロストエデンの塞がりかけている胸部に”雷光一条”を撃ち込み、シャオランとミオンが火の練気法奥義”獄心”を発動しつつロストエデンの側頭部に連打。本堂と日影は、大地からエネルギーを吸収するロストエデンの指を切断しようと、それぞれの得物を振るっている。
「いいかげんに倒れてよー!」
「このッ! このッ! えいッ! やッ!」
「また私の身体から白い花が……! もう! これじゃ攻撃どころじゃないわ!」
「この底無しの生命力……”生命”の災害の二つ名に偽りなしだな……!」
「クソが! 生き汚ぇにもほどがあるだろ! とっととくたばりやがれッ!」
必死に攻撃し続ける四人だが、与えるダメージ以上の速度でロストエデンが回復する。日影の”オーバーヒート”の斬撃でロストエデンの指が切断されることはあるが、切断した側から新しい指が生えてくる。
一方、エヴァは、地上の皆を巻き込まない方向に向けて”ラグナロクの大火”を行使。ロストエデンにエネルギーを供給する白い花を減らそうとしている。
「奴の生命力を支えているのは、この一帯に咲いている花です! まずはこれを断たなければ……!」
エヴァの杖から、街の一区画を丸ごと飲み込む規模の炎が放たれる。
だが、燃やしても燃やしても、黒く焦げたその場所で、また新しい白い花がすぐに咲いてしまう。白い花の開花速度も向上しているようだ。
「く……キリがない……!」
白い花を減らせず、歯噛みするエヴァ。
そんな彼女に、隣にいたスピカが声をかける。
「エヴァちゃん! あのロストエデンの上に浮かんでる月桂冠を攻撃したらどうかな! さっきからアレ、すごい勢いで回転して緑の粒子を散布してるよー! ロストエデンが倒れてからは回転の勢いがさらに上がってる! 白い花を断つには、まずあの月桂冠から始末するべきだと思う!」
「なるほど、言われてみれば……!」
エヴァは杖を構え、明るい緑に発光しながら回転している月桂冠を狙って雷を落とそうとする。
だが、エヴァの身体から白い花が生えてきて、彼女の生命エネルギーを奪取。例のピンポイント開花ではないが、エヴァの攻撃は中断されてしまった。
「開花の速度そのものが上がって、私たちの身体に白い花が咲く頻度が上がっている……!」
さらに、月桂冠がホーミングビームを発射。
ロストエデンの近くにいる皆、そしてエヴァにも緑の光線が飛んでくる。
「これでは攻撃に集中できません……!」
迫りくる緑の光線を熱線で撃墜するエヴァだが、月桂冠への攻撃は中断せざるを得なくなった。
ロストエデンが力を取り戻してきた。
まずは、側頭部を殴ってくるシャオランとミオン師弟を頭突きで吹き飛ばす。
「わぁぁ!?」
「攻撃に夢中になりすぎた……! これはもう避けきれないわね、”大金剛”で受けるしか……くぅっ!?」
シャオランとミオンを排除すると、次は真下にいる北園。
頭を振り上げ、地面ごと粉砕する勢いで頭突きを振り下ろす。
「ば、バリアーっ!」
すぐにドーム状のエネルギー壁を展開する北園。
ロストエデンの巨大な頭突きが、彼女のバリアーに叩きつけられる。
北園のバリアーは、ロストエデンの頭突きを防ぎ切れなかった。
バリアーごと北園は頭突きに押し潰され、その衝撃でアスファルト舗装された道路が粉砕される。
「きゃあああっ!?」
巨大な岩が空から落下してきたような一撃だったが、ヴェルデュとなったことで肉体が飛躍的に強化された今の北園ならどうにか耐えられる。
しかし、ロストエデンが再び頭を振り上げた。
もう一回、北園に頭突きを落とすつもりだ。
先ほどはバリアーが盾になったのでいくらかダメージが軽減されたが、バリアー無しでまともに喰らえば、いくら今の彼女でも危険だ。
その北園を、横からコーネリアスが滑空してきて救助した。
北園がいなくなったその場所に、ロストエデンの頭突きが叩きつけられた。
「た、助かったぁ……」
「無事か、ミス・キタゾノ。来たのがヒュウガでなくて悪かったナ」
「い、いえそんなことは! ありがとうございますコーネリアスさん! でも、ロストエデンはどうしよう……」
「あア……。これ以上白い花を咲かせないためにモ、まずあの月桂冠を落とすべきだろうガ、こちらの消耗も激しイ。ヒュウガも”星殺閃光”というカードを切った。極めて分が悪い状況ダ……」
ここで、ロストエデンの月桂冠が再びホーミングビームを発射。
ロストエデンの頭部を斬りつけようとしていた日向を撃ち落とす。
「ぐあっ!?」
日向は咄嗟に『太陽の牙』で防御したが、防御もろとも爆風で吹き飛ばされてしまった。左肩から地面に激突し、そのまま転がる。
「ぐぅぅ……! まずはあの月桂冠をどうにかしないと……。でも月桂冠の始末をしている間に、ロストエデンは完全に体力を回復させるだろうな。そうしたら、もう”星殺閃光”を使えない俺じゃロストエデンは倒せない。そもそもあの月桂冠を先に破壊しても、あれもまたロストエデンの能力で再生する可能性だって十分にある……」
手段を選ばないのであれば、ロストエデンを倒すための選択肢はただ一つ。ここから一時撤退することだ。日向が”星殺閃光”を再使用できるようになるまで待ち、万全の体勢を整えてからロストエデンに再挑戦する。
だが、日向たちが撤退している間に、ロストエデンは他の地域を襲うだろう。飛行能力を獲得した今のロストエデンならば、一日あれば北アメリカ大陸まで移動することも容易だ。それを日向は看過できない。
「八方塞がりだ……。どうすれば…………ん?」
ふと、日向が何かに気づいた。
信じられないものを見たらしく、これ以上ないほどにキョトンとした表情をしていた。
先ほどまで呆れる勢いで再生していたロストエデンの傷が、今はそのまま残っている。
ロストエデンの再生が、止まっているのだ。