第1577話 再び、集う
日影は撃墜された。
エヴァは白い花によって無力化された。
地上の皆ではもう追いつけない。
そもそも、彼らの火力でロストエデンを墜とすことはまず不可能。
逃がしてしまう。
世界中に、あの白い花が咲き乱れることになるだろう。
世界中の生命が、ロストエデンに吸引されてしまうだろう。
どうにかしなければ、と皆は思った。
しかし同時に、もはやどうしようもない、と直感してしまった。
(……だいじょうぶ! 任せて!)
皆の頭の中に、そんな声が響き渡った。
聞き慣れた、しかし不思議と、とても懐かしい声だった。
その時、北へ向かおうとしていたロストエデンの進路上に、膨大な熱気と冷気のエネルギーが急速に集まり始める。
一点に凝縮された熱気と冷気は、やがて互いに反応し合って大爆発を巻き起こした。その威力は大空に打ち上げられた花火よりも大規模で、巻き込まれたロストエデンの巨体が空中で傾いたほどだった。
バランスを失い、ロストエデンが地表へ落ちていく。
そのロストエデンに、空から高速で接近する一つの影。
その影は、ヴェルデュ化している北園。
そして、彼女に抱えられている日向だった。
「目標ほそくー! 日向くん投下ー! いってらっしゃーい!」
「いってきまーす! 後でちゃんと回収してくれよー!」
北園はロストエデンめがけて、抱えていた日向を投げつけた。
投下された日向は、落下しながら『太陽の牙』を構える。
「太陽の牙……”最大火力”ッ!!」
日向の『太陽の牙』が尋常ならざる熱波を発し、それと同時に長大な緋色の光刃を形成する。日向自身もその熱波に消し飛ばされそうになるが、”復讐火”の高速回復で無理やり肉体を維持。
ロストエデンが日向めがけて左腕を伸ばしてきた。
さながら植物が成長するように、ロストエデンは自身の腕をある程度まで自在に延長することができる。
ロストエデンの左手が、日向を捕まえようと迫ってくる。
その開かれた左手を、日向は緋色の光剣で一閃。
ロストエデンの左手が、上から半分斬り飛ばされた。
日向はロストエデンの左手を突破し、そのままロストエデンの背中の上ギリギリを通過。
その通過の際に、ロストエデンの翅の根元を狙って、再び『太陽の牙』を振り抜いた。
「りゃああああっ!!」
ロストエデンの左の翅三枚が、日向の灼光の斬撃によって斬り飛ばされた。
日向はロストエデンの背中の上を通過し終えると、”最大火力”を解除。先回りしていた北園にキャッチされて離脱。
そしてロストエデンは地上に落下した。山のような巨体が地上に落ちて、地響きが鳴り、膨大な量の土煙が舞い上がった。
その後、日向と北園はいったんロストエデンから離れて、地上にいる皆のもとへ。
日向と北園が降り立ったその場所には、本堂とシャオラン、ジャックとコーネリアス、そしてエヴァとスピカとミオンがいた。エヴァの”天女の羽衣”が解除されて、彼女に異変が起こったと察知した本堂たちが、エヴァに咲いていた白い花を除去して助けている最中だった。
日向と北園が姿を見せると、七人はそれぞれ驚きの表情を見せていた。無理もないだろう。日向はともかく、先ほどまで北園はヴェルデュとして敵に回っていたのだから。
「ごめん、待たせた! やっと合流できた!」
「日向……! それと、北園か……?」
「キタゾノがいるぅ!? ヒューガ、なんでキタゾノと一緒にいるのぉ!?」
「まぁ、説得に成功したというか、何と言うか」
「おいおい、アメイジングっつーか、アンビリバボーっつーか。いったいそっちで何があったんだよヒュウガ」
皆、それぞれ驚いたり、一周回って呆れた表情を見せたりしているが、概ね
北園が戻ってきたことを歓迎してくれているようである。
そんな中、日向と北園の姿を見て、一人静かに微笑んでいたのはコーネリアス。
「俺の助言ハ、大して役には立たなかったカ。それで良イ。あんな助言、役立つ場面が無いのであれバ、それが一番良いに決まっていル」
皆には聞かせず、口の中で彼はそうつぶやいた。
スピカ、ミオン、エヴァの三人も、北園の帰還に喜んでいる。
エヴァはまだ白い花の除去が終わっていないので、ミオンが素手で取り除いている最中だ。
「良乃が、戻ってきました……!」
「実際のところさ、ホントに何がどうなって北園ちゃんがこっちに戻ってきてくれたかはやっぱり分からないけど、なんだか日向くんなら成し遂げてくれそうな予感がちょっとだけしてたよ」
「ふふ、分かるわその気持ち。彼はこれまでも針の穴を通すようなギリギリの駆け引きで『星殺し』を倒してきた。不可能を可能にしてくれる……星と運命の導きを味方につけているみたいよね」
「……ところでミオンさん。なんだかあの二人、なんと言うか、ちょっと垢抜けた?」
「なんだかそんな雰囲気よねー。今日はお赤飯かしら?」
「『おせきはん』とは、何ですか?」
「若いっていいわね~」
「だねー」
クスクスと微笑むミオンとスピカを見て、エヴァはただ首をかしげてハテナを浮かべていた。
しかし、皆の話題の中心である北園はというと、やはり先ほどまで皆を裏切っていた申し訳なさから、気まずそうな表情をしていた。日向の背中の後ろに隠れたそうにモジモジとしている。
「あ、あのぉ……えっと、そのぉ……」
さらに、ここで空から燃え盛る人影が。
日影が”オーバーヒート”で戻ってきた。
北園を見ても、分かっていたと言わんばかりに落ち着いている。
「ったく、ロストエデンの野郎……。あの尻尾、あんなに機敏に動かせるなら最初からそう言っとけってんだ。……んで、やっぱりお前だったか、北園」
「ひ、日影くん……」
ヴェルデュになってから、北園が目の敵にしてきた日影が目の前にいる。彼女の緊張は最高潮に達した。
「北園さん……大丈夫?」
日向が声をかけ、助け船を出そうかと視線で問いかける。
しかし北園は「だいじょうぶ」と返事して、深呼吸。
そして、皆に向かって連続で、勢いよく頭を下げまくった。
「ご……ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 私がどうかしてました! みんなを傷つけてしまって、ひどいこともいっぱい言っちゃって、ほんとに、本当にごめんなさいーっ!」
腰を九十度以上深く折って、北園は皆に謝罪した。
そんな北園の言葉を受けて、皆は彼女を許しているようだった。
しかし、どう声を掛けたらいいか少し迷っているようでもあった。
まずは、本堂が口を開いた。
「俺は絶対に許さない……とシャオランが言ってた」
「言ってないんだけどぉ!?」
「無論、俺はシャオランと違って、今一度お前を受け入れよう、北園」
「本堂さん……!」
「だからボクそんなこと言ってないんだけどぉ!? ぼ、ボクだって歓迎してるからね!? 戻ってきてくれて嬉しいよキタゾノ!」
「ふふ、わかってるよ。シャオランくんも、ありがとう」
「私も良乃が戻ってきてくれて嬉しいです。今日は『おせきはん』でお祝いです」
「ありがとう、エヴァちゃん! ところで、えっと、なんでお赤飯なのかな? まさかとは思うけど……」
「スピカとミオンが何やらそう言ってましたので。『おせきはん』とは何かお祝いの時に食べるものだと解釈しました」
「あ、あー! なるほどね! うんうん! 今日はお赤飯だね!」
何やら慌て気味の北園と、ついでにソワソワしている日向を見て、やはりエヴァは頭の上にハテナを浮かべていた。
和やかな空気はいったん置いて、北園は日影に向き直る。
「日影くんも、ごめんなさい。日影くんには特にひどいこと言ったり、攻撃しちゃったりして……」
「まぁ、お前がオレを恨む気持ちは分かるさ。オレはそれでいい」
「日影くん……」
「……それよりも、心配なのはお前だ。ヴェルデュになった以上、お前の命とロストエデンの命は結び付いてるんだろ? オレと日向が決着を付ける前に、このままじゃお前が……」
「うん……。でも、だいじょうぶだよ。私は日向くんが目指す未来に一緒に行けなくなっちゃったけど、日向くんの中で思い出として残れるなら、私はそれでいい」
「そうかい……。分かった。それじゃあ悪ぃが、さっそく力を貸してくれ北園。あのデカブツをぶちのめすには、やっぱりお前の大火力が必要だ」
「りょーかい! お詫びも兼ねて、がんばって働くよ!」
北園の覚悟を聞いて皆が悲哀の表情を浮かべたが、すぐにその表情を引き締めた。いま一番つらいのは北園であるはずだ。その彼女が前を向いているなら、自分たちも俯いている場合ではない。そう思ったからだ。
改めて、ロストエデンに向かって構える日向たち十人。
ロストエデンも身を起こし、日向たちを見据えている。
「終わらせよう、ロストエデンを!」
「うん! 決着をつけよう!」
「小説や映画なら、もはや後は完全勝利するだけの展開だな」
「ロストエデンをやっつけたら、いよいよサヤマだよ! 負けられないよね!」
「エヴァ、身体の調子はもう大丈夫なのか? さっきまで調子が悪そうだったが」
「まだ万全ではないですが、花を取り除いてもらったおかげで、どうにか復帰できそうです。力も徐々に回復しています」
「ワタシは直接は戦えないけど、やれるだけのことはやるよー!」
「それじゃあ私はスピカちゃんの分まで、アーリア代表として頑張らなくちゃね~」
「もちろん、俺たちARMOUREDも最後まで援護するぜ」
「Time to work...!」
声を掛け合い、十人は一斉に動き出した。
最後の『星殺し』を討滅するために。