第1576話 完全進化
ロストエデンの頭に六本のねじれた角が生え、さらに背中に左右三枚ずつ、計六枚の翼が生えた。
その背中の翼を羽ばたかせると、あのロストエデンの巨体が浮かび始める。
「アイツまさか、飛んで逃げるつもりかよ!?」
日影は思わず声を上げた。
続いて、近くにいたシャオランも困惑の声を発する。
「つ、翼が生えたって、ロストエデンが進化したってことぉ!? け、けど、今までロストエデンはボクたちに倒されてから進化してた! 戦闘中に進化したことは一度もなかった! それがどうして今になって!? ボクの踏みつけで倒しちゃったってワケじゃないよね!?」
そのシャオランの疑問に、本堂が答える。
彼自身、現在進行形でその要因を推測しながら。
「恐らくだが……あのロストエデンが第七形態に進化する時、俺達はロストエデンが進化している途中から攻撃を始めていた」
「あの、緑の泥の状態の時だよね?」
「そうだ。故にロストエデンもゆっくり時間をかけて進化できず、俺達に対して緊急的に戦闘態勢を整えたのではないだろうか」
「そ、それって、つまり……」
「この説に当て嵌めれば、あの翼が生えたロストエデンこそが、真の第七形態という事になる……」
そうしている間にも、ロストエデンは飛翔を続けている。
ついに上半身が完全に浮かび上がり、下半身の尾も根元から先端にかけて徐々に地上を離れ始めている。
「いかん……! 絶対にロストエデンを逃がしてはならない! ここで奴を逃がせば取り返しのつかない事になる! 世界中を飛び回って細胞を散布する厄災になるぞ!」
「分かってる! 節約してる場合じゃねぇな! ”オーバーヒート”使うぜ!」
「アイツがこのまま北に逃げたら、その先にあるのは俺たちの合衆国だ。行かせねーぜ……!」
ロストエデンの逃走を阻止するために、日影たちは一斉に挑みかかる。
日影は”オーバーヒート”を再起動して。
他の皆はエヴァの”天女の羽衣”の飛行能力で。
だが、ここでロストエデンの思わぬ迎撃。
ロストエデンの頭の上に浮いている月桂冠が、突如として高速回転を始める。その回転が速くなるごとに、月桂冠が明るい緑色に輝き始める。
次の瞬間、その回転する月桂冠から次々とビームが射出された。
一直線のビームではなく、日影たちを追尾して湾曲するホーミングビームだ。
「うおッ!? 新しい攻撃だと!?」
日影は”オーバーヒート”の機動力で、この緑のホーミングビームをギリギリ回避するが、日影に回避されたビームはUターンしてきて、再び日影に襲い掛かる。
他の皆も、それぞれこのビームに追い回されているようだ。
「く……! かなり巨大な光線だ。それに追尾性能も高い。いかん、”天女の羽衣”の機動力では避けきれん……ぐあっ!?」
「ほ、ホンドーが被弾しちゃったぁ!? うわわわ、こっちにも来てるぅ!?」
「どうやら、あの緑の光線、私たちの生命エネルギーに反応して追ってくるみたいね。本当に、この私でもうんざりするくらいしつこいわね……!」
「っとと、あぶねー!? マモノ化してるホンドウはともかく、俺なんかほとんど生身の人間だから、あんなの直撃したら木っ端微塵になっちまうー!」
「ジャック、こっちに来イ! トラクタービームで瓦礫をかき集めて防護壁を作ル!」
皆、それぞれでどうにかこの緑の追尾光線に対応しているが、これではとてもロストエデンを攻撃するどころではない。
だが、皆は信じている。
この局面なら、エヴァがどうにかしてくれるはずだと。
彼女を信じて、今は回避に専念する。
そのエヴァも、この事態を黙って見逃すはずがない。
空へ逃げようとしているロストエデンを、重力操作で地上に引きずり下ろす用意をしていた。
「皆が光線から逃げ回っている現状、私がどうにかするしかありませんね」
「やっちゃってエヴァちゃんー! キミならやれるー!」
「分かっていますスピカ。では、堕ちよ……」
スピカの声援を受けて、エヴァが能力を発動しようとした、その時だった。
ロストエデンがエヴァの方を見て、一つの左手で指さしてきた。
それと同時に、エヴァがその場に倒れてしまった。
「か、は……!?」
「え、エヴァちゃんー!? どうしちゃったのー!?」
慌ててエヴァに駆け寄るスピカ。
見れば、彼女の顔や両腕、さらにはローブの隙間から見える首元、恐らくはローブの下の全身に至るまで、あの白い花が咲いていたのだ。彼女の身体を包み込むように、数えきれないほどに。
「うわ!? これ、あの生命エネルギーを奪う白い花!? なんでこんなにいきなり、こんなにたくさん!?」
「して……やられました……。ロストエデンは私を狙ってピンポイントで、私に付着していた奴の細胞を急成長させたのです……。恐らくは、あの追尾光線と同じく、完全進化によって手に入れた新しい能力でしょう……」
「い、今すぐその花を引き抜いて、ロストエデンに攻撃してー!」
「そうしたいのですが……腹立たしいくらいに指先に力が入りません……。これでは、この白い花を引きちぎるのも……」
「うええー!? 今のワタシじゃその花は引き抜けないし、他の皆もロストエデンの方に夢中だし……。あ、コレもしかしてやばい状況……?」
「それだけではありません……! 私の力が抜かれた以上、皆を支えていた”天女の羽衣”が……!」
そのエヴァの言葉通り、ロストエデンに接近している皆を宙に浮かべていた風のヴェールが消滅してしまった。ジャックとコーネリアスが地上へ真っ逆さま。
「おおおお!? 急に飛べなくなったんだがー!?」
「他人の能力で空を飛ぶというのハ、こういうことがあるのが恐ろしイ」
「いけない! シャオランくん、二人を助けるわよ!」
「わ、わかった!」
シャオランとミオンの二人も風のヴェールを消失してしまったが、二人はもともと風の練気法で空中を跳躍できる。ジャックをシャオランが、コーネリアスをミオンが、それぞれ空中でキャッチした。
しかし、そうしている間にロストエデンは羽ばたき続け、ついに尾の先端までもが地上を離れ、全身が完全に浮かび上がった。
「おい!? もう完全にロストエデンが逃げちまうぞ! エヴァはなんで何もしねぇんだ!? 何かあったのか!?」
ロストエデンに接近中の日影が声を上げる。
振り返ったその先に、皆の姿は無かった。
皆の風のヴェールが消滅して、地上へ降りてしまったからだ。
「クソッ! こうなったらオレだけでもやらねぇと! 一枚か二枚、あの翅を千切ってやれば飛べなくなるか!?」
日影は”オーバーヒート”を使い、戦闘機のような速度でロストエデンに立ち向かう。
ロストエデンも、接近してくる日影を攻撃してきた。
回転する月桂冠から撃ち出される追尾光線。
さらに左の三つの手、計十五本の指から撃ち出される直線の光線。
緑の光線の弾幕が、日影めがけて襲い掛かる。
その全てをどうにか掻い潜りながら、日影は『太陽の牙』を構える。
「ナメんじゃねぇ! この程度の弾幕……!」
……が、その時。
日影の右から、いきなり凄まじい質量がぶつけられた。
何か、巨大な建築物でも叩きつけられたかのような衝撃。
「がはッ……!?」
日影は斜め下へ吹っ飛ばされ、エヴァの炎によって焼け焦げていたビルにぶち込まれてしまった。
日影を打ち据えたのは、ロストエデンの尾の先端だった。
あまりにも長大でロストエデン自身も持て余し気味だった尾だが、先ほどの完全進化によって、細かく動かせるようになったらしい。
とうとう。
今度こそ。
ロストエデンを阻む者は、誰もいなくなってしまった。