第1575話 最後の一押し
ビルから飛び降りたエヴァが”ラグナロクの大火”を行使。
彼女の杖の先端から、超規模の火炎放射が放たれる。
その火炎の規模たるや、街そのものを呑み込みかねないほど。ロストエデンの下半身だけでなく、周囲一帯、高層ビルの中腹まで、何もかも焼く。半端な高さのビルは完全に炎に沈み、丸ごと炙られた。
仲間たちまで巻き込みそうな攻撃範囲だが、すでに皆は上空に避難してくれている。シャオランやジャックが引き気味な表情で、炎に包まれる眼下の街を眺めていた。
「ま、巻き込まないように撃ってくれたんだよね!? 適当にぶっ放したわけじゃないよね!?」
「ヤベーことになってんな。地獄だぜ地獄。焦熱地獄そのものだ」
一方、街ごと炎に炙られているロストエデンだが、これまでの度重なる進化の結果、植物で造られたような身体でありながら炎に高い耐性を持っている。エヴァの炎もあまり効いていないのか、涼しい顔をしていた。
しかし、この街を覆い尽くすように咲いていた白い花は、エヴァの炎によって黒焦げになっていた。ロストエデンの周辺の花は全滅だ。
「おー! 白い花が掃除されちゃった! あの花は炎への耐性を持ってなかったの?」
「いいえ、恐らくは持っていたでしょう。しかし、その耐性をも貫通して焼き尽くせるよう、私の炎を強化しました。ここまで六体の『星殺し』を倒し、『星の力』を取り戻し続けてきた成果です」
「なるほど、さすが……! ロストエデンだって、植物なのに火に強いなんてデタラメをやるんだから、同じチカラを使うエヴァちゃんだってそういうのはお手の物ってワケだね」
「そういうことです。私が感知した限りでは、ロストエデンとの距離が近ければ近いほど、あの白い花はより多くのエネルギーをロストエデンに供給できるようです。こうやって奴の周辺の花を片付ければ、再生能力を回すためのエネルギー供給は大きく削がれる」
「これは、いけるかもだね……!」
無限とも思える再生能力を持つロストエデンだが、その再生能力を支える土壌を取り除けるなら、討伐も現実的になってくる。最大火力である日向の復帰を待たずしてロストエデンを倒せるかもしれない。
だが、白い花が燃え尽きて焼け焦げた地上から、また新しい白い花が咲き始める。先ほどからずっとロストエデンの月桂冠がまき散らしている細胞が、再び大地に根を張ったのだ。
「ああー、また花が咲き始めてる」
「ですが、数はまだ十分ではありません。先ほどよりもエネルギー供給力は落ちているはず。それに”ラグナロクの大火”はまだまだ使用可能です。この調子で攻撃し続ければ、倒しきれるはずです……!」
再び地上の白い花が多くなり始めてきた。
エヴァも再び”ラグナロクの大火”を使い、白い花をいま一度焼き払う。
皆もエヴァの呼吸を感じ取ったのか、攻撃の姿勢をさらに強める。
日影、本堂、ジャックの三人がロストエデンの周囲を飛び回り、めったやたらに斬りまくる。
コーネリアスは近くの崩れたビルから、剥き出しになっていた鉄筋をトラクタービームで五本回収。それを振り回してロストエデンに叩きつけ、突き刺す。
ミオンがロストエデンの腹部に潜り込み、”如来神掌”を打ち込んだ。
その威力は、ロストエデンの巨体にも十分に通用するほど。
強烈な衝撃を受けて、ロストエデンの上体がわずかに前へ下がる。
そのロストエデンの後頭部に、シャオランが飛び乗った。
そして蒼白い気質と”地震”の震動エネルギーを右足に宿し、足の下のロストエデンを震脚で踏みつけた。
「はいッ!!」
轟音と衝撃が波紋となって空に広がる。
ロストエデンは、さらにガクリと上体が前へ下がった。
頭の上のシャオランを排除するべく、ロストエデンが右手を伸ばす。
家よりも大きい巨大な緑の手がシャオランに迫る。
誰であっても逃げ出したくなるような、恐ろしい状況。
しかしシャオランは勇気を振り絞り、もう一撃。
ロストエデンの後頭部で、震脚を踏んだ。
「やぁぁッ!!」
再び強烈な衝撃が、リオデジャネイロの街に響き渡る。
ついにロストエデンは完全に倒れ込み、額が大地に墜落した。
その衝撃で、アスファルト舗装された街の地表が派手にひび割れる。
だが、その直後。
ロストエデンの頭から、急に巨大な何かが飛び出してきた。
「わわぁ!? な、なに!?」
シャオランは慌ててロストエデンから距離を取る。
幸い、その飛び出てきた何かは、ロストエデンの左右の側頭部から生えてきた。後頭部にいたシャオランには命中しなかった。
しかし、頭から何かが出てくるというのは、これまでにないロストエデンの行動パターンだ。シャオランを含めて、皆はいったんロストエデンから少し距離を取り、その様子を窺う。
「ロストエデンめ、一体何を仕掛けるつもりだ」
「野郎の頭から生えてきたのは……あれはツノか?」
日影の言うとおり、先ほどロストエデンの両側頭部から飛び出てきたのは、ねじれた太い角だった。ちょうど、ヤギの角と同じ造形に見える。
そのねじれた角は左右の頭にそれぞれ三本ずつ、合わせて六本生えた。正面から見ると、何やら王冠のようなシルエットにも感じる。
さらに、ジャックが何かに気づいたらしく、うずくまっているロストエデンの背中を指さした。
「……おい、アイツの背中を見てみろよ。なんか、変なコトになってねーか?」
彼の言葉を受けて、日影たちはロストエデンの背中を見てみる。
ロストエデンの背中には、特にこれといった部位や器官などは存在しない。色こそ緑だが、人間と同じような見た目の背中である。
そのロストエデンの背中が、蠢いていた。
ロストエデンの背中の体皮の内側で、何かが動き回っているような。
「うわ、なんだアレ……」
「あの背中から、何か出てくるのか……?」
そして本堂の言葉のとおり、木の幹が砕けるような音と共に、そのロストエデンの背中を突き破って何かが出てきた。
最初は、それが何かよく分からなかった。
一目では分からないような奇妙な形をしていたからだ。
緑色の何かがひとかたまりに固められているような器官。
しかし数秒ごとに、その塊が徐々に広がっていく。
やがて完全に広がり切って、姿を現したのは翼だった。
ふわりとした白い花弁のような、左右三枚、計六枚の白翼だ。
「アレは……羽? 翼か……?」
「翼だと……。おい、それは拙いのではないか?」
本堂がつぶやく。
その彼の視線の先で、ロストエデンが背中の翼を羽ばたかせ始める。
天使の羽というより、虫の翅のような翼を。
ロストエデンの巨大な身体が、地面を離れて浮き上がり始めた。