第1574話 羽虫のようであろうとも
エヴァ、ジャック、コーネリアスの三名を加えて、日影たちは再びロストエデンに挑みかかる。
ロストエデンは先ほどと同じく、街の北を目指して進行。もしも逃がして他の国に到達でもしたら、この街を崩壊させた緑の地獄がさらに広がってしまう。それを防ぐためにも、ロストエデンはここで倒さなければならない。
エヴァの”天女の羽衣”の能力によって、空中を飛び回りながらロストエデンに攻撃を加える日影たち。前後左右上下と立体的な機動力でロストエデンを攪乱する。
ヘリコプターのプロペラのように、本堂が身体ごと高速回転しながら両腕の刃でロストエデンに斬りかかる。
「はっ……!」
ロストエデンは右腕を伸ばして本堂を捕まえようとしたが、逆に本堂はその右腕の上に飛び乗って、回転しながら駆け上がりつつ切り裂いた。
そのロストエデンの首回りでは、ジャックが攻撃中である。
レイカたちから譲り受けた高周波ブレード『鏡花』を使って。
右の義手で『鏡花』を握り、連続して振り回す。
「おりゃりゃりゃりゃーッ!!」
正直なところ、ロストエデンの巨体と比較したら『鏡花』の刃はあまりにも小ぶり。大したダメージになっているとは思えない。
しかし、ほんの少しでもロストエデンにダメージを与え、傷を再生させるための生命エネルギーを消費させることを期待して攻撃し続ける。どのみち、現状ジャックができることはこれくらいしかない。
「ったく、気が遠くなる作業ってヤツだな!」
そのジャックを攻撃するため、ロストエデンがジャックを巻き込むように、自分の首筋に左手を叩きつけた。煩わしい小蝿を叩き潰すかのように。
そのロストエデンの攻撃を、ジャックは先読みしていた。
飛び上がってロストエデンの左手を回避し、逆にその手甲に斬りかかる。
「いくぜ! ”超電磁居合抜刀”ッ!!」
鞘に組み込まれたレールガン機構を作動させ、居合の構えから斬撃を撃ち出した。
その技の性質上、撃ち出された斬撃の勢いを上手くコントロールしなければ刀そのものがどこかへ飛んで行ってしまう恐れもある技なのだが、ジャックは見事にコントロールに成功し、完璧な形で抜刀を繰り出した。さすがの運動神経である。
ジャックの居合抜刀を受けたロストエデンの左手甲には、先ほどまでのジャックの斬撃より何倍も大きい切り傷が入った。刀による傷とは思えないほどの斬撃痕だ。
ロストエデンがジャックに気を取られている間に、コーネリアスが攻撃を仕掛ける。対物ライフルは先ほどレイカに破壊されたので、右の義手に仕込まれているトラクタービームを使う。
「どんな武器モ、どんな能力も使い方次第ダ」
まずはトラクタービームで瓦礫を持ち上げ、ひとかたまりにする。さらに”吹雪”の異能を使用し、固めた瓦礫を氷結させて、より大きな氷塊に。
そしてコーネリアスは、その氷塊を巨大なフレイルのようにぶん回して、ロストエデンの右頬を殴りつけた。
「Eat this...!」
人間なら一撃で潰されて即死していたであろうが、巨大なロストエデンからすればちょっとした石ころをぶつけられたようなものかもしれない。この氷塊で殴りつけられても微動だにしない。
しかしコーネリアスは諦めない。
ジャックと同じように、効くまで攻撃を続けるのみである。
「俺たちとテ、顔の周りで羽虫が飛んでいれバ、冷静に考えると全くもっテ取るに足らない小さな存在なのニ、連中を追い払おうとすル。お前はいつまで俺たちを無視できるかナ」
「羽虫よりよっぽど性質悪いけどな俺たちは! ブゥーンブンブン!」
コーネリアスの言葉に合わせるように、ジャックが再びロストエデンに斬りかかる。
二人の挑発に乗ってか乗らずか、ロストエデンも北へ進みながら次々と反撃を繰り出してくる。六本の腕を振り回して皆を叩き落とそうとする。頭上に浮かぶ月桂冠から細胞をまき散らし、その細胞にエネルギーを送って爆破させる。
また、空気中のロストエデンの細胞が皆の身体に付着し、そこから白い花を咲かせて生命エネルギーを奪おうとしてくる。咲いてくるたびに皆は白い花を千切って捨てるが、その間にロストエデンから注意が逸れてしまうのが厄介だ。
ロストエデンの進路上のビルの屋上にて、エヴァが『星の力』を充填している。強力な攻撃を放つ用意だ。
「射貫け……”シヴァの眼光”!!」
エヴァが構えた杖の先端から、スパークを放つ灼熱の光線が放たれた。流れゆく星のように、ロストエデンめがけて超高速で一直線。
ロストエデンもエヴァの攻撃に反応。
六つの手、計三十本の指から緑の光線を発射。
三十条の光線は、全て一点で交差、集中するように放たれた。
その集中点にて、エヴァの光線と激突。
「負けません……! やぁぁっ!」
両者の撃ち合いはしばらく拮抗していたが、やがてエヴァの光線がロストエデンの光線を突破。そのままロストエデンの胸部を貫いた。これまでロストエデンに与えた傷の中でもかなりのダメージとなっただろう。
しかし、その胸から背中にかけての風穴を、ロストエデンは自己再生して塞いでしまった。焼け焦げていた体表が剥がれ落ち、その下から新しいツタが生えてくるようにして、ロストエデンはダメージを回復してしまう。
「なるほど……」
ロストエデンがダメージを回復したのを見て、エヴァが何やら関心したようにそうつぶやく。
そのエヴァの隣にいたスピカが、声をかけてきた。
「厄介な再生能力でしょー? 日影くんの『太陽の牙』のダメージまで回復しちゃうんだ」
「はい。私もその場面は見ていました。皆さんと合流する前に」
「『星の力』を使った再生能力は、『太陽の牙』で封じられるはずだよね? どうしてロストエデンは再生できるのか、何か分かることはないかなエヴァちゃん?」
「たった今、解明しました」
「え、ホントに?」
「機械で言うなら、壊れたパーツの交換といったところでしょうか。ロストエデンはただ傷を塞ぐのではなく、傷を受けて古くなった身体の一部を廃棄し、まったく新しい身体に造り替えています」
「あーなるほど! 日影くんから斬られて『回復できなくなった部分』を、その傷ごと切り離しちゃってるのかー! そして、日影くんの炎を受けていない完全に新しい細胞で穴埋めしてるんだね!」
「そういうことです。私も今まで思いつかなかった方法です。仮に私が、植物を腐らせる毒をロストエデンに打ち込んだとしても、その毒が回る前に、毒を受けた傷を廃棄されてしまうでしょうね」
二人がやり取りをしている間に、ロストエデンは再び攻撃態勢。
六本中二本の腕を触手のように伸ばし、エヴァを捕まえにかかる。
エヴァはこのビルの屋上から飛び降り、ロストエデンの腕を回避。
先ほどまでエヴァが立っていた場所にロストエデンの腕が襲い掛かり、ビルの屋上が崩落する。
「あの再生能力を支えているのは、この街全体に咲き誇っている白い花です。あれがこの大地そのもののエネルギーを吸い上げ、ロストエデンに供給しています」
「そうだとは思ったけど、これだけ大量の花、ワタシたちじゃどうにもできなくてさー!」
「お任せを。私ならなんとかできると思います」
そう答えると、エヴァは風の権能で地上にゆっくりと着地。
そして杖を構えて、声高らかに詠唱した。
「焼き尽くせ……”ラグナロクの大火”!!」