第1571話 全ての命を消費して
ロストエデンの尾の付け根あたりに張り付いて攻撃していた本堂だが、その攻撃をいったん中止して、自身の両腕を見た。
彼の両腕に、小さな白い花がたくさん咲いていた。ちょうど、この街を埋め尽くすように咲いている白い花を、そのままサイズダウンしたような見た目の花だ。
「わわっ、本堂くんどうしたのその腕ー!?」
「気が付いたらこうなっていました。何やら、腕の力が抜けていくような感覚が……」
……と、ここで本堂の頭の中にミオンの声が響く。
彼女の超能力の”精神感応”のようだ。
(本堂くん! 私とシャオランくんの拳に、周りに生えているような白い花が咲いちゃったわ! 拳の力が抜けていっちゃうのよ! そっちは大丈夫!?)
「……どうやら、ミオンさんたちも同じ状況のようです。やはりこれは、ロストエデンの細胞が付着したことが原因によるものでしょう。奴が今もなお大量に散布している分と、俺が奴に直接攻撃したことで付着した分、両方合わせれば相当な量の細胞を浴びたことになる」
「でも、キミが作った予防薬のおかげで、もうロストエデンの細胞はキミたちの身体を侵食することはないはずじゃ!?」
「恐らくは、ロストエデンが第七形態に進化したことで、細胞の感染力自体も向上していると思われます。きっと予め予防薬を飲んでいたから、この程度で済んでいるのです。もしも耐性を付けていなかったら、今ごろこの身体は花塗れになって地面に転がっていたかもしれない」
試しに本堂は、腕に生えた白い花を手で掴み、思い切り引きちぎってみた。
本堂の皮膚ごと千切れたので痛みを感じたが、腕に咲いた花は引き抜くことができた。抜けていっていた力も少しずつ戻っていくように感じる。
「良し。多少手荒になるが、身体に咲いた花は除去できるらしい」
(本堂くん! この花、手で引き抜くことができるわよ! 皮膚ごといく必要があるからちょっと痛いけど、力が抜けるのを止められるわ!)
「……どうやら、また向こうも同じ状況のようだ。素手で除去できるなら、恐れる必要はほぼ無いだろう。再び花を植え付けられたら、その都度除去するのみ」
本堂は道路の上を走り、再度ロストエデンに接近。
尾の付け根あたりに近寄ると、その両腕の刃に雷と暴風を宿す。
「”風雷斬”……!」
身体全体で大きく回転するように、本堂は左右の刃でロストエデンを切り裂いた。雷電が迸る暴風が、ロストエデンの傷をさらに抉る。
ロストエデンも本堂が煩わしくなったのか、攻撃を仕掛けてきた。ロストエデンを中心として、緑の蕾が一面に咲き誇る。
本堂はロストエデンの体表を駆け上がり、ロストエデンの尾の上へ。
ちょうどその後、地上の緑の蕾が全て爆発した。
ロストエデンの尾の上に登った本堂は、再び両腕の刃でロストエデンに攻撃。目にも留まらぬ速度で、自分の足場となっているロストエデンを徹底的に切り刻む。
また先ほどの白い花が本堂の腕から生えてきた。
本堂は白い花を除去しながら攻撃を続行。
「しかしこの花は、ただ此方の力を吸い出すだけが役割か? 吸い取ったエネルギーを使って成長するような様子は見られないが……」
ロストエデンを攻撃しながら、本堂がそうつぶやく。
それはスピカも同じ疑問を抱いていたらしく、本堂の言葉に続く。
「確かにキミのエネルギーが吸い取られている以上、どこかにそのエネルギーが運ばれているのは間違いない。パッと思いつくのは……ロストエデン?」
「つまりこの花は、俺達のエネルギーをロストエデンに送る役目を持っているのか……。だが、この程度の吸収量なら、ロストエデンにとっては微々たる物だろう……」
……と言いかけていた本堂だったが、周囲を見回してハッとした。
地上では、街を覆う植物群、それから活動を停止したヴェルデュたちにも、本堂と同じ白い花が咲いている。
「いや……まさか……あの地上に咲いている白い花、その全てがロストエデンにエネルギーを送っているのか……!? 植物やヴェルデュ、果てにはこの大地そのものからエネルギーを吸収して……!」
「そ、それって超マズいよー!? ロストエデンは攻撃にも回復にも”生命”のエネルギーを使ってる! それを枯渇させないとロストエデンはダメージを回復させ続けて、いつまで経っても倒せない! だから、まずはそのエネルギーを切らそうって話だったのに……」
「このままでは、このリオデジャネイロの街全体に咲いている白い花が、ロストエデンに無尽蔵の生命エネルギーを供給し続ける……!」
「ど、どうしよう本堂くんー!? まずはロストエデン周辺の白い花の除去とか!?」
「それは現実的ではありません……。量は勿論ですが、恐らくは地上の花も、俺達に生える花と同じです。つまり、除去した側から新しい花が生えてくるはず」
それにしても、だ。
今までロストエデンは、自身の細胞を他の生物に感染させてヴェルデュを生み出し、己の尖兵として利用してきた。
それが今では、全てのヴェルデュたちに活動を停止させ、エネルギーを吸い取るだけの道具として利用している。
己以外の全ての命を、己というただ一つの花を存続させるために消費する。これぞまさしく生命の罪業と言えるだろう。
「兎に角、こうなっては、ロストエデンが再生できない傷を負わせることが可能な日影と、まだ此処にいない日向が頼みの綱です。あの二人……特に日向の大火力が無ければ、ロストエデンを倒すことはまず不可能……」
「うーん、日向くんはちゃんと来てくれるかなー……!? 北園ちゃんも相当な強さだったし、負けていなければいいんだけど……!」
「スピカさん。日影に今の話を伝えに行ってもらえますか? 『太陽の牙』がロストエデン討伐の最大の鍵となった以上、彼には攻撃のペースを上げてもらわなければ」
「わかったー! 本堂くんも気を付けてねー!」
スピカは本堂から離れ、日影のもとへ向かう。
日影は相変わらず、ロストエデンの正面に陣取って戦っているようだった。
ロストエデンが六本の腕を触手のように伸ばし、日影を捕まえようとする。
日影は”オーバーヒート”の機動力で、ロストエデンの腕から逃げつつ、すれ違いざまにその腕を斬りつけていく。
「気持ち悪ぃ腕だな! クラゲか何かかテメェは!」
「日影くんー!」
「あん? スピカか?」
スピカが無事に日影に合流。
先ほどの本堂との話を、手短に彼に伝えた。
「……というワケなんだよー! 日向くんがここに来ない場合、ロストエデンを倒せるかどうかはキミに懸かっていると言っても過言じゃない! もっとガンガン、ロストエデンに攻撃しちゃって!」
「なぁスピカ……。オレの攻撃は、ロストエデンじゃ回復できないっつう話だったよな?」
「え? うん、そうだけど……」
「オレも攻撃に夢中で、そのことをすっかり失念してたんだけどよ……アレ見てくれ」
そう言って、日影がロストエデンを指さす。
その顔や腕には、傷一つ付いていない。
「あれ……ロストエデンは無傷だね……。まだ全然攻撃できてないの?」
「違ぇよ、さっきから飽きるくらいに斬りつけてやってる。だがな、オレの攻撃も、アイツは回復しちまうんだよ……」