第1567話 幸せな人生だった
エドゥにトドメを刺すことなく、日向は北園を抱えてショッピングモールから出てきた。
しばらく北園を抱えて歩いていた日向だが、やがてすぐに息が切れてきた。北園を抱えていた両腕にも力が入らなくなってきたらしく、たまらず彼女をその場に降ろしてしまう。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「だ、だいじょうぶ日向くん?」
「大丈夫……って言いたいところだけど、ごめん見てのとおり……。なんだかんだでエドゥは強かったし、それより前に北園さんとも戦ってたし、もうヘトヘトだ……」
「私もエドゥくんに奪われたエネルギーが戻ってなくて、まだちょっと満足に動けないの……」
「ヴェルデュになって体力も上がっているはずの北園さんが、俺より動けなくなるくらいに消耗してるって相当だよな。俺たちはいったん、どこかでしっかりと休んだ方がいいのかもしれない」
「そうだね。あっ、あそこに車があるよ」
北園が指さした先には、真っ赤なオープンカーが路上に停められていた。街は見渡す限りボロボロだが、この車は今に至るまでレッドラムやヴェルデュの破壊から免れていたらしく、綺麗な状態である。
エンジンキーは見当たらないので運転はできないが、オープンカーなのでドアをまたいで車内に入ることはできる。日向と北園は後部座席をソファー代わりにして休むことにした。
「車の持ち主には悪いけど、勝手に使わせてもらおう。今の俺たちには腰を落ち着けられる場所が必要だ……」
「さんせーい……」
後部座席に乗り込むと、二人は同時に、溶けるようにシートに身体を預けた。北園はわずかに、日向の方に身体を傾けている。
しばらく会話も交わさずにゆっくりしていた二人だったが、ここで日向が北園に声をかけた。
「……北園さん」
「なぁに、日向くん?」
「何か、俺に話したいことがあったりする?」
「……なんでわかったの?」
「なんとなく。さっきから北園さん、少しソワソワしてるように見えたから」
「敵わないなぁ。……うん、ちょっと大事な話があるの。さっきエドゥくんに捕まって意識を失っている間ね、予知夢を見たみたいなの」
「予知夢を……?」
その単語を聞いて、日向は北園の方に身体ごと向き直り、しっかりと彼女の話を聞く姿勢に。
「どんな予知夢だった?」
「あの時と同じ夢。一番最初に日向くんに伝えた、はじまりの予知夢」
「あれか。『太古から存在してた悪意』と、俺たちが戦うっていう……。エヴァを除く俺たち五人が、狭山さんと戦ってたんだよな?」
「……違ったの」
「え? 違う……?」
「『太古から存在していた悪意』っていうのは、狭山さんだった。そして、それに立ち向かう五人は、日向くん、日影くん、本堂さん、シャオランくん、そして……エヴァちゃんだった」
「…………。」
「考えてみれば当然だよね。ヴェルデュになった私は、ここでロストエデンと一緒に滅びる運命なんだから。みんなと一緒に狭山さんのところまでいけないのは当たり前だった。みんなを導いて、ここまで連れてくる……きっとそれが私の役割だったんだよ」
少し申し訳なさそうに、北園は日向にそう告げた。
しかし北園は、話を終えてから日向の顔を見て、驚かされた。
日向は涙を流しながら彼女の話を聞いていたのだ。
その彼の瞳は悲しみというより、怒りを湛えているようだった。
「ひ、日向くん? どうして泣いてるの?」
「だってこんなの、あんまりだろ……」
「あんまりって……?」
「北園さんは今まで予知夢に苦しめられてきた。予知夢のせいで両親を亡くしたし、予知夢に振り回されて、誰かを傷つけるような、やりたくないこともやってきた」
「う、うん……」
「それが、最後は、皆をここまで連れてきて、それで仕事は終わりだから後は死ぬだけって、酷すぎるだろ……! こんな惨い話があってたまるかっ……!」
とうとう最後には、日向は泣き崩れてしまった。
膝に顔がつくくらいに俯き、怒りと悲しみで全身が震える。
そんな彼を、北園は背中の上から優しく抱きしめた。
「ありがとう日向くん。こんなふうに言うのは悪いかもだけど、私のために泣いてくれて嬉しい。色々とひどい間違いばかりしてきちゃった私だけど、こんな私でも、泣いてくれるくらい大切にしてくれる人に出会えた。それだけで、私は思えるんだ。幸せな人生だったって」
「北園さん……」
「……でも、まだその幸せな人生を振り返るのは早いよね。私がまだ無事ってことはロストエデンも無事なんだから、早く体力を回復させて、日影くんたちを手伝いにいかないと」
「うん……。そうだ、な……」
戦いに行けば、それが今度こそ彼女と一緒にいられる時間の最後になるだろう。そう思い、日向はやや複雑そうに、北園の言葉にそう返事した。
しばらくそのまま日向は俯き続け、北園も彼の背中を抱擁し続けた。
やがて日向は落ち着きを取り戻し、顔を上げた。
まだその表情に悲しみは残っているが、それ以上の力強さがあった。
「……ありがとう北園さん。おかげで落ち着いた」
「うん。どういたしまして」
「……というか、北園さんがまだ無事なあたり、まだ日影たちはロストエデンを倒せてないのか? レオネ祭司長さえ倒せばロストエデンも倒せると思ったんだけど、違うのか……?」
「たしかに私、まだ元気なままだね。あいかわらず身体に力は入らないけど、それはエドゥくんにエネルギーを奪われたからだし……」
「そういえば北園さんは、ロストエデンの倒し方について何か知らない? ロストエデンの細胞を取り込んだヴェルデュとして」
「ごめん、何もわからないの……。倒し方も含めて、ロストエデンから何か知識を与えられたっていうのはまったく無いの」
「そっか。いや、ありがとう。けれどこの調子じゃ、エドゥやレイカさんも北園さんと同じかな。俺の考えはまた間違ってたのか、それとも日影たちが手こずってるだけなのか……」
「私も日向くんたちと一緒にロストエデンと戦うって宣言しちゃったし、今すぐにでも向こうの応援に行ってあげたいけど……」
そう語る北園を、日向は見る。
彼女の消耗はかなりのものだ。
今の彼女をロストエデンのもとへ連れて行くのは危険だろう。
すると、北園が日向に声をかけてきた。
「ねぇ、日向くん……」
「どうしたの、北園さん?」
「私も、エドゥくんほどじゃないけど、ヴェルデュになって他人からエネルギーを吸収できる能力があるのは知ってるよね……?」
「ああ、知ってる」
「日向くんのエネルギーを分けてくれたら、少しは早く回復すると思うんだけど……」
「分かった。それでいこう」
「そ、そう言ってくれると思ったけど、ずいぶんあっさりオーケーしてくれたね? 怖くないの? 今の私、仮にもヴェルデュなのに」
「怖いもんか。ヴェルデュになってもやっぱり北園さんは北園さんだよ。それに、確かにさっきは俺たち戦ったけど、今の北園さんなら大丈夫だって分かってるから。さ、早く」
「いいんだね? 言質取ったよ?」
「……はい?」
すると北園は。
後部シートの上に、日向を押し倒した。
「き、北園さん?」
「リラックスしてねー日向くん。私の場合、急いでエネルギーを回復させるなら、この方法が一番効率がいいから」
「あのー。北園さん? 目が、何と言うか、その、肉食獣……」
「立体駐車場では好き放題してくれたもんねー。今度はこっちの番だよー?」
あかん。やられる。
ここ数日で最も強烈に、日向の直感はそう訴えてきたそうな。