第145話 ギロチン・ジョー
「グオオオオオオオッ!!」
ワニのマモノが咆哮を上げる。
下水道全体に響き渡る、おぞましい雄たけびだ。
「ぎ、ぎやあああああ恐竜だあああああああ!?」
「落ち着けシャオラン。あれは恐竜ではなくワニだ」
「どっちにしたって化け物だよぉぉぉぉぉぉ!?」
シャオランが泣き喚くなか、雄太が巨大ワニを指差す。
「あ、アイツだよ! 僕が見つけたマモノはアイツだ!」
「わ、ワニのマモノ!? クモじゃなくてそっちだったか! 日本にワニなんて普通はいないから、候補からは完全に外してたな……!」
「日向くん、下水道にワニって、ゲームでもよくあるの?」
「わりと結構ある。俺が知ってる限り、犬と戦車のRPG、警察署が舞台のサバイバルホラー、サイキックシティあたりは……どうなんだろ?」
『日向くんの話は置いておいて、データベースに情報があったから提供するよ。ソイツの名前は『ギロチン・ジョー』。以前、アメリカのワシントンで出現し、『ARMOURED』が討伐した記録がある。自分も日向くんと同じ理由で、まさかコイツが潜んでいるとは思わなかったな……。もしや、ニュースになっていた、例の動物園から脱走したワニなのだろうか?』
「へぇ。『ARMOURED』が倒してるのか。そりゃあ、オレたちも負けてはいられねぇな……!」
『ARMOURED』の単語を聞いた瞬間、日影が前へ出る。
ギロチン・ジョーも大口を開いて日影との距離を詰める。
「グオオオオオオオッ!!」
「だ、ダメだ日影! ここじゃ狭すぎる! 正面切って戦うのは無謀だ! 『太陽の牙』ごと丸かじりされるぞ!」
「ちぃ! そうみたいだな! 戦いやすい場所に誘い出すしかねぇか!」
『12時の方向に真っ直ぐ行くと、地下の調整池がある。そこにおびき寄せよう』
狭山の指示を受け、五人は雄太を連れて走る。
ギロチン・ジョーも牙を剥いて追ってきた。
「グオオオオオオオッ!!」
ギロチン・ジョーが声を上げると、日向たちが走る通路の先が波打って、巨大な水流が押し寄せてきた。
「やはり、水流はアイツが操ってるのか」
「ど、どうするの!? このままじゃボクたち、アイツの口まで押し流されるよ!?」
「対策は考えてある! 北園さん、凍結能力だ!」
「りょーかいだよ、日向くん!」
北園が下水に手を浸し、冷気を放出する。すると前方の下水が凄まじいスピードで凍り付いていき、水流の波も凍って止まった。
六人は凍った下水に上って、その上を走る。
「水流は止まったが、波になっている部分が壁になって通れねぇぞ!?」
「私が発火能力で溶かそうか?」
「いや、水蒸気爆発とか起こると危ないし、ここはシャオランの出番だ」
「わかった! 任せて!」
シャオランは走るスピードを上げて、五人を追い抜く。
大きく息を吸い込み、赤色のオーラを身に纏う。『火の練気法』だ。
凍った波に走り寄り、震脚を踏む。
足元の氷が大きくひび割れる。
「……はぁッ!!」
そしてそのまま背中を突き出し、鉄山靠を叩きつけた。
凍った波は一撃で粉砕され、六人を遮る壁は無くなった。
「ナイス! さっすがシャオラン!」
「ヒューガも、良い指示だったよ!」
破壊された波を跳び越え、氷の道が終わり、再び六人は下水の中へ。
その後ろからギロチン・ジョーが氷を粉砕しながら迫ってくる。
ガチガチと歯を鳴らして、六人を追い立ててくる。
「グオオオオオオオッ」
「クソ、意外と足が速いぞアイツ!」
「はぁ……はぁ……疲れてきた……」
「む。いかんな。雄太君が体力の限界だぞ」
まだ小学三年生である雄太は、当然ながら五人と比べて身長が小さい。五人が下水に浸かっているのは、せいぜい脛の辺りまでだが、雄太は膝下くらいまで浸かっている。その分体力の消耗も激しいし、もともとの体力にも大きく差がある。
「時間稼ぎする必要があるな。北園さん! ギロチン・ジョーに凍結能力を!」
「りょーかいだよ!」
北園が下水に手を浸し、今度は逃げる道とは逆の道を凍らせる。
氷はみるみるうちに通路を奔り、ギロチン・ジョーごと周りの氷を凍らせた。
「グオオオオオオオッ!?」
氷は相当に分厚く、頑丈だ。
氷柱が隆起し、ギロチン・ジョーの巨体を巻き込んでいる。
北園が事前に言っていたとおり、この下水道内では凍結能力の威力が上がっているようだ。ギロチン・ジョーは氷に包まれ、すっかり身動きが取れなくなった。
「よし、少し欲張っておくか」
そう言って、本堂が氷の上に飛び乗る。
この氷に電気を流し、ギロチン・ジョーに電撃を喰らわせるつもりだ。
「じゃ、じゃあ俺たちは感電しないように逃げるぞー!」
そう言って日向たちは全力疾走で逃げ出した。
……だが、北園だけは留まっている。
「北園さん!? そこにいると巻き込まれるよ!? 俺たちは下水に足が浸かっているから、氷から下水を伝って電撃を喰らってしまう!」
「だいじょーぶ! 空中浮遊で避けるから! そして私もあのマモノに電撃をお見舞いする!」
「でも、北園さんの空中浮遊って、使用中は他の能力を使えないんじゃ……?」
「まぁ、今までは両手で制御してたからね。けど今の私は、浮くだけなら片手で出来るよ! さらにパワーアップしているのだ!」
「マジか! もっと早く言ってほしかった!」
「ゴメンね! ちょっと驚かせたかったの!」
「北園さんってそういうところあるよね! でも、そういうことなら任せた!」
「うん、任せて! ……じゃあ本堂さん!」
「ああ、食らわせるぞ!」
氷の上の本堂が、両手を氷へと付ける。
北園が左手を胸に当てると身体が宙へ浮き、右手から稲妻が迸る。
「おぉぉぉぉぉ!!」
「りゃあああああ!!」
本堂の身体から氷を伝って、猛烈な電撃がギロチン・ジョーに流れる。
北園が右手から電撃を撃ち出し、氷に包まれたギロチン・ジョーに直撃する。
北園の電撃は本堂にも流れるが、電撃を吸収できる本堂はダメージを受けない。
それどころか、北園の電撃を上乗せしてさらに強力な電撃を発する。
巨大ワニさえ悲鳴を上げる、電撃サイクルの完成である。
「グオオオオオオオッ!?」
「これはもしかして、このままいけば討伐できちゃうんじゃないかな!?」
……しかし、ギロチン・ジョーを覆っている氷がピシピシとひび割れる。
そして遂には無残に砕け散り、ギロチン・ジョーは氷から脱出した。
「グオオオオオオオッ!!」
「ちっ、やはりそう簡単にはいかないか。逃げるぞ北園」
「りょーかいです!」
北園が凍結能力を使ったため、もはやギロチン・ジョーを止めるほどの下水も無い。先に逃げた仲間たちに追いつくため、二人は全速力で通路を走る。
本堂は”迅雷”を使い、強化した脚力で駆け抜ける。
北園は両手で空中浮遊を制御して、すいすいと下水の上を飛んで行く。
「なぁ北園。そうやって空中を飛べるなら、わざわざ下水に足をつける必要も無かったんじゃないか?」
「空中浮遊って集中力が必要で、結構疲れるんですよ! それこそ全力疾走と同じくらいです! おいそれとは使えません! こういう時のために温存してました!」
「そんな裏事情があったのか。ちゃんと温存してたのは偉いな」
「えらいでしょー! もっと褒めてくれてもいいですよ!」
「グオオオオオオオッ!!」
「ギロチン・ジョーも『えらいえらい』と言っている」
「ウソだー!?」
二人が進んでいくと、やがて通路は終わり、だだっ広い空間へと出た。等間隔に巨大な柱が立っており、まるで地下神殿の如き様相である。そしてここにも、五人の脛くらいまでの高さの水が溜まっているようだ。
ここが狭山の言っていた調整池だ。前方を見れば、日向たちが手を振っている。二人が通っていた通路は、調整池に溜まった水を流すための巨大な排水管だった。
排水管から飛び降りて、二人は仲間たちと合流する。
「おーい二人とも! こっちだー!」
「日向くん! ……あれ? 雄太くんは?」
「地上に避難させた! この奥に地上への出入り口があるらしいから! たぶん、周囲を警戒している警察に保護されてると思う!」
「そっか! 良かった!」
五人が再び合流すると同時に、ギロチン・ジョーが排水管から這い出てきた。雄たけびを上げて五人を威嚇する。
「グオオオオオオオッ!!」
「よし、これだけ広い場所なら思う存分動けるぞ。さぁて、決着だ!」
日向の掛け声とともに、仲間たちも構えを取る。
下水道での戦いは佳境へと差し掛かった。
「下水道の王者決定戦だね、日向くん!」
「それ辞退しちゃダメかな?」