第1564話 自覚
エドゥの過去と、彼が秘めていた本当の欲望を暴露した、色彩豊かな花々に包まれた人型のヴェルデュ。
彼はただ、誰かに褒めてほしかった。
これまでの自分の努力を。そして歩んできた道のりを。
誰かに褒められたい。
誰かに自分の努力を認めてほしい。
十代の少年であれば、誰もが持つであろう健全で当たり前な欲求。
幼くして親の元を離れた彼は、今に至るまでその欲求を満たせずに生きてきたのだろう。
彼の努力。
過酷な裏社会で、仲間たちをまとめ上げながら生き延びてきた日々。
”最後の災害”によって壊れた街を、まがりなりにも立て直して管理した功績。
ただ純粋に、持って生まれた能力だけで非日常に立ち向かうことになった彼は、ともすれば日向以上に「巻き込まれた無力な一般市民の代表者」なのかもしれない。
このヴェルデュの言葉を受けて、エドゥはわなわなと震え始める。
そして……。
「二度と……二度と喋れねぇようにしてやるぁああアアアアッ!!」
エドゥは巨大な触手を一本振り上げ、それを花のヴェルデュめがけて振り下ろした。
その時だった。
「”最大火力”ッ!!」
日向がそう叫び、それと同時に尋常ならざる熱波が彼から発せられた。
日向はエドゥの触手で拘束されていたが、その彼を拘束する触手は一瞬のうちに消し飛び、それでもなお熱波の勢いは止まらず、花のヴェルデュを攻撃しようとしていたエドゥにも叩きつけられた。
「がぁぁぁぁッ!? あつ、熱イ!? な、なんだこの火力はァ!?」
花のヴェルデュを攻撃しようとしていたエドゥは大きく怯み、触手を振るうどころではなくなった。全身を手ではたき、受けた火傷の痛みを振り払おうとしている。
超火力で触手を振り払った日向だが、すでに”最大火力”の使用は停止している。これ以上の使用は、あの花のヴェルデュや、エドゥに囚われている北園にまで被害が及びかねない。
その間に日向は、先ほどエドゥに殴られた花のヴェルデュに声をかけた。
「ありがとう。君の話にエドゥが夢中になってくれたおかげで、エネルギー吸収の勢いが弱まった。その隙を突いてどうにか脱出できたよ」
「ん……」
「……君が誰かは、なんとなく想像がついた。後のことは俺に任せて、君はどこか安全な場所に退避してくれ」
「一つだけ……。エドゥを、理解してあげてほしいんだ。それが、僕の欲望」
「分かった。俺は怒りや憎しみじゃなくて、理解を以て、エドゥを止める。あいつがこれ以上、自分の名誉を自分で傷つけないよう、無理やりにでも止めよう」
「ありがとう……」
日向に礼を言うと、花のヴェルデュは素早く走り出し、この建物から出て行った。
一方、エドゥもダメージから復帰したようだ。
全身に受けた火傷はそのままに、日向を睨みつける。
「クサカベ……テメェェェッ!!」
エドゥから名前を呼ばれた日向は、ゆっくりと彼の方を振り向く。あの花のヴェルデュに宣言した通り、怒りや憎しみを込めた目ではなく、しっかりとエドゥの本質を見据えようとする理性の目で彼を睨み返す。
「ただお前の過去を話していただけのあのヴェルデュを、どうしてあそこまで意地でも黙らせようとしていたのか疑問だったけど、ようやく合点がいった。つまりお前は、自分の罪を自覚するのを恐れていたんだな?」
「う、うるせぇぇッ!!」
日向の言葉にビクリと震え、エドゥは触手で薙ぎ払ってきた。
触手が狙うのは日向のわき腹。
日向は地面に伏せる勢いで身体を低くし、触手の下をくぐり抜けた。
「お前は、お前が守ろうとしていたファミリーや生存者たちを、『ヴェルデュとして、さらに強い力を手に入れるため』に犠牲にした! お前を信じてついて来てくれたファミリーや生存者の皆を、自分の欲望のために食らったことを認めたくなかったんだ!」
「ち、違ェ! あんなヤツら、どうだってよかっタ! 俺のチカラを高めるためなら、いくらだって消費してやル!」
言い返しながら、エドゥが触手を伸ばしてきた。
それらの触手を回避し、時には”点火”で焼き斬り、日向は語りかけ続ける。
「じゃあどうして、今もまだこの街を守ることに執着してるんだ! 自分でも言ってただろうが! ファミリーや生存者を守るためだって!お前はなんだかんだで、責任感は強い人間だからな!」
「そ、そうだ……俺は皆を守るため……いや違ウ! それは違ウ……!」
「ああ、そう思いたいだろうな! 守るべきファミリーや生存者はもういない! お前が犠牲にした!」
「う……ぐぅゥゥゥ……!」
「お前の欲望は『誰かから褒めてほしかった』ってさっきのヴェルデュは言ってた。けれどそれは俺たちじゃなくて、今までお前について来てくれたファミリーや生存者の皆に感謝されたかったんだろ。彼らのことを『どうでもいい』なんて思っているはずがない。でも、その『感謝される機会』を、お前は自分から捨てたんだ! 彼らから感謝される機会を、自分で自分から永遠に奪ったんだ! きっと彼らが口には出していなかっただけの『感謝』を、一時の感情で一緒に殺してしまった! その罪を認めたくなかった! 違うか!」
「うわぁぁぁあぁああッ!!」
エドゥの触手攻撃がさらに激しさを増した。
地団駄を踏む子供のように、めったやたらに触手を振り回し、叩きつけ続ける。
「だって、だって仕方ねぇだロ!? 勝手について来たのはアイツらダ! それでも俺は、勝手について来たアイツらの面倒も頑張って見てやろうって思ったのニ! アイツらは、最終的には俺じゃなくてお前らの味方をしやがっタ! 裏切ったのはアイツらの方だッ!!」
「本当にそう思うのか!? お前も彼らを必要としていたんじゃないのか!? ファミリーや生存者の皆がいなかったら、お前は今、ここでこうして生きていられたのか!? 裏切ったのはお前の方だ! 彼らから向けられていた信頼も! お前自身が向けていた信頼もっ!」
「黙れェェッ!! 黙ってろぉぉッ!!」
エドゥが振り回した触手が、日向の腹部を直撃。
日向は二階のテラスに打ち上げられたが、”復讐火ですぐさまダメージを回復。
「くっ……!」
二階に上がった日向を叩き落とそうと、エドゥが触手を叩きつけてくる。
触手が叩きつけられるたびに、殴打された二階のテラスの一部分が崩落する。
日向は円を描くテラスをぐるりと走り、叩きつけられる触手と崩れる足場から逃げる。
その日向の進路を断つように、別の触手が叩きつけられた。
日向が立っていた床も崩落し、床と共に日向は一階へ落ちる。
「ぐぅっ……!」
落下の痛みをこらえながら立ち上がる日向。
そんな日向を狙って、エドゥは十本の触手の先端を向ける。
エドゥが構えた十本の触手が螺旋状に引き絞られる。
そして、留め具を外したかのように、全ての触手が日向めがけて襲い掛かった。
力を解放された十本の触手は、ドリルのように回転しながら日向に襲い掛かる。
「粉々にしてやるッ!! ”貫く緑棘”ッ!!」
「太陽の牙……”紅炎一薙”っ!!」
炎を宿した『太陽の牙』を、日向は横一文字に振り抜いた。
放たれた鋭い炎波が、エドゥの”貫く緑棘”計十本、その全てを斬り飛ばした。
「ああァぁぁアあアッ!! なんでだッ!? なんで勝てねェ!? 俺はチカラを手に入れタ! もう誰にも負けねぇはずなのニ! もうお前らの手を借りずとも、俺の力でヴェルデュどもを始末できるのにッ!! 俺が、俺が皆を守れるのにッ!! もう誰も犠牲にしなくて済むはずなのにぃぃッ!!」
甚大なダメージを受けて悶え苦しみながら、泣き喚くように言葉をまき散らすエドゥ。
そのエドゥにトドメを刺すため、日向は彼に走り寄る。
右に構える『太陽の牙』は、灼熱の炎を纏っている。
しかしエドゥもどうにか体勢を整え、複数の触手を床に突き刺した。
この一帯の全ての生命力を根こそぎ奪う、あの能力を使うつもりだ。
「お前が来たから、俺の全てが狂ったんダ!!
俺の目の前から消え失せろ、クサカベェェェッ!!」