第1563話 声が語る彼の過去
どこからか、声が聞こえた。
日向とエドゥの戦闘中に。
エドゥも、触手に捕まっている日向も、二人そろって周囲を見回し、今の声の主を探し始める。
「俺の名前を呼んダ……? いったい何者だァ!? どこにいやがル!」
声の主を探しながら、エドゥは叫ぶ。
一方、日向は今の声になんとなく聞き覚えがあったらしく、誰の声だったかを思い出している。
「そう、たしか、エドゥが拠点にしていた市庁舎でも聞いたことがある声だった。生存者か……?」
そして、声の主は姿を現さないまま、再びどこからか声を発した。
最上階まで吹き抜けになっているこのフロアに、幼い少年の声が響く。
「エドゥはもともと、ストリートチルドレンじゃなかった。ごく普通の一般家庭で生まれたんだ。けれどエドゥの父親は、エドゥが八歳くらいの時にリストラされて職を失った。それでエドゥの父親は荒れて、家庭内で暴力を振るうようになった。耐えられなくなった母親はエドゥを置いて家を出て行った。だよね?」
「お前……マジで誰ダ……? なんで俺のことを知ってやがル!?」
「そして、エドゥもまた父親の暴力に耐えられなくなって……」
「うるせェ!! それ以上喋んなァ!!」
声が聞こえた二階フロアめがけてエドゥは触手を伸ばし、その位置を柵ごと粉砕した。
しかし、そこに声の主はいなかった。
幼い少年の声は、少し間をおいて再び言葉を紡ぎ始める。
「……エドゥも父親の暴力に耐えられなくなって、家を出た。それが、彼がストリートチルドレンになった経緯」
「クソッたレ! どこダ! どこにいやがル!」
「エドゥはそれまで、貧しい暮らしを知らない普通の少年だった。そんな彼がいきなり路上の暮らしに放り込まれるのは、それこそ天国から地獄に落とされたようなものだった。普通なら三日と経たずに、どこかで野垂れ死んでいた」
「黙レ! 黙れぇェ!!」
周囲をめったやたらに破壊するエドゥだが、やはり声の主は見つからない。
声の主は話をしながら移動し続けているのか、その声はあちこちから聞こえてくるようにも感じる。
「……でも、エドゥは生き延びたんだ。生まれついてのストリートチルドレンでは持っていない知恵をうまく使ったんだ。周囲から疎外される前に、他の孤児のみんなを上手くまとめあげて、そのリーダーになった。ストリートチルドレンのグループを作って、その規模を少しずつ大きくしたんだ」
「やめロ! 話すな! それ以上は話すなァ!!」
声の主はただエドゥの過去について話をしているだけなのに、エドゥはひどく狼狽している。何か隠したい過去でもあるのだろうか。
声の主は話を続ける。
それなりの規模に成長したエドゥのグループは、地元のギャング団からも一目置かれるようになり、その一団の下部組織となった。
下部組織とは言っても、そのギャング団とエドゥのグループの戦力差は歴然。つまるところ、潰されたくなければ自分たちの手下になれ、と脅されたようなものだ。
下部組織になってからというものの、それこそ使い走り、あるいは鉄砲玉のように、エドゥたちはギャング団から危険な仕事を体よく押し付けられた。
それでもエドゥは、ギャング団からの仕事を、仲間たちと共に上手くこなしていった。時にはやむなく犠牲を出しながらも。
そんな生活が続く中、”最後の災害”が発生。
レッドラムの軍勢がこのリオデジャネイロの街を襲撃した。
エドゥたちを支配していたギャング団は、この混乱に乗じてリオデジャネイロの街を掌握することを目論み、敵対組織、さらには地元警察や軍隊にまで攻撃を行なった。
だが、それだけの数の組織を敵に回し、さらにはレッドラムまで暴れていたのだ。ギャング団はその全ての敵を叩き潰したものの、大勢の構成員を失い、戦力は大幅に弱体化。
そして、この騒動の隙にギャング団を離脱していたエドゥたちは、壊滅した軍隊からくすねた銃火器で武装し、消耗したギャング団を壊滅させ、下剋上に成功したのである。
この街の支配者となったエドゥは、自分たちのグループをエドゥアルド・ファミリーと改名。破壊され、生き残るために市民同士が物資を奪い合うこの街に彼なりの秩序をもたらすため行動を起こし、現在に至る。
それが、エドゥのここまでのおおよその経歴。
表の世界で生きてきた少年が、裏の世界でこれ以上ないほどにのし上がったサクセスストーリーだ。
「……でも、別にエドゥは成功なんてどうでもよかった。そうだよね、エドゥ?」
その言葉に、エドゥはビクリと肩を震わせた。
やはり彼は何かに怯えている。
「最初は、エドゥはただ生きるのに必死だっただけ。生きるために仲間を集めていたら、そんなエドゥのリーダーシップに引き寄せられて、いつの間にか大きな集団になった」
「や、やめロ! 黙レ!」
「別に大きな集団にする目標なんてエドゥには無かった。それでも、その規模からギャング団に目を付けられた。抗争を避けるためにも、エドゥはギャング団の傘下に入るしかなかった」
「うるさいッ! 喋るなッ!」
「エドゥ一人なら、どこかに身を隠して逃げてしまうこともできたんだろうけど、彼はそれをしなかった。意外と責任感が強いから、自分について来てくれたファミリーのみんなを見殺しにできなかったんだ。そしてそれは、ギャング団を潰してからもそうだった。そうじゃないと、わざわざ街を管理して秩序をもたらしたりしないよ。ね?」
ここまで聞けば普通に美談なのだが、それでもエドゥは声の主を沈黙させようと暴れている。もう周囲一帯はボロボロだ。
声の主は、さらに話を続ける。
今度は心なしか、少し声のトーンが低く感じた。
「……エドゥは、最初は自分一人だけ生き残るつもりが、けっきょく最後までみんなを引っ張り続けた。時にはギャングの仕事のために犠牲になったファミリーもいた。街の管理が上手くいかなくて、飢え死にさせてしまった生存者もいた。そんな時は批判の声も出てきて、容赦なく彼に浴びせられた」
「や、やめロ……」
「エドゥは頼りになりすぎた。そしてファミリーのみんなも生存者のみんなも、エドゥに引っ張られることに慣れすぎちゃったんだと思う。エドゥは批判されることは多かったけど、みんなから労わられることはほとんどなかった。そんなだから、少しくらい派手に怠けたいって思うのも仕方ないよね」
「やめろヨ……」
「エドゥはエドゥなりに頑張っていたのに、そこへキミたちが……ヒュウガ兄ちゃんたちが来た。圧倒的なチカラでヴェルデュを蹴散らして、自由自在に食べ物を生み出して生存者に分け与えたキミたちは、本来ならエドゥに向けられていた人望と希望を一気に持って行っちゃった」
「やめろっつってんだろうがぁぁァ!!」
エドゥは床に巨大な触手を突き刺し、周囲からのエネルギーを吸収し始める。これなら声の主がどこへ潜んでいようと、その生命力を吸い上げてしまうだろう。
しかし、その時。
エドゥがエネルギーを吸収し始めたタイミングで、彼の正面の三階フロアから小さな人影が飛び出してきた。
三階から飛び出してきた人影は、エドゥの目の前に着地。
彼の下半身でもある触手の山に飛び乗った。
飛び出てきたその人物は、全身が様々な色の花弁に覆われた、随分とカラフルな人型のヴェルデュだった。顔まで花弁に覆われて素顔は見えないが、流暢に言葉を話していたところを見るに、恐らくエドゥや北園と同じ「元の人格がメインのヴェルデュ」なのだろう。
その人物は、目の前のエドゥに対して、トドメの言葉を投げかけた。
「エドゥ。キミの本当の欲望は、怠惰や色欲に溺れることでも、人気を奪ったヒュウガ兄ちゃんたちに復讐することでも、ましてやこの星の英雄になることでもないよね? キミの本当の欲望……本当の願いは……」
「黙れぇぇェ!!!」
右の拳を握りしめて。
エドゥは、そのカラフルな花のヴェルデュを殴り飛ばしてしまった。
吹っ飛ばされ、床の上を滑る花のヴェルデュ。
やがて停止すると、ぐったりとしながらも身を起こし、再び口を開いた。
「キミはただ、自分の頑張りを誰かに褒めてほしかったんだ」