第1560話 謝罪と贖罪
自分が間違っていた。
確かに、北園は日向にそう告げた。
「北園さん……もしかして正気に戻った……?」
恐る恐る、北園にそう尋ねる日向。
大量出血したせいで相変わらず顔色が悪い北園だが、今までのように微笑みながら日向に返答する。
「まだ、日向くんと二人だけの未来を手に入れたいって欲望はあるけれど、それ以上に、もう日向くんと戦いたくない。日向くんを傷つけたくない。そう思ったら、なんだか頭の中がスッキリしてきて、自分が今までやってしまったことの重大さがやっとわかってきた」
恐らく北園は、まだヴェルデュとしての「自らの欲望を最優先させる」という性質は残っているのだろう。しかし日向への想いから「ただ愛する彼を守りたかっただけ」という自身の欲の真意に気づき、ヴェルデュの性質を自力で抑え込んでしまったのだと思われる。
「本当にごめんなさい、日向くん……。私は、とんでもないことをしてた……。もう私には謝る資格だってないかもだけれど……」
「いや……嬉しいよ。北園さんがそういうことを言ってくれるなんて、もう二度とないって思ってたから」
日向がそう返事をすると、北園は少し申し訳なさそうながらも、微笑みながらうなずいた。
北園はまだ仰向けに倒れている体勢だったが、改めて日向と話をするために身を起こそうとする。その時に少しふらついたので、日向が彼女の身体を支えた。
日向に支えられながら、北園は立ち上がる。
身を寄せ合って向かい合う形で、再び北園が日向に声をかけた。
「ねぇ日向くん」
「なに、北園さん?」
「怒るつもりとかはまったくなくて、本当にただ純粋な質問なんだけど、私のことを『殺したくない』って言ってくれたわりには、けっこう思いっきり刺したよね?」
「ああ、まぁ、うん……。俺は北園さんの後、日影とも戦わなくちゃいけない。北園さんは『俺が日影と戦いたくない』って思ってるのも知ってただろ? だから、その気になれば身内もやれるっていうのを証明しないといけないと思って……ものすごいキツかったけど……」
「そっか。うん、私の自業自得だね。さっきの勝負も、ほとんど日向くんに終始いいようにやられちゃってたし、認めなきゃね。私の負け。日向くんは強かった。きっと日影くんにも勝てると思う」
「ありがとう。うん、負けないよ。たとえ相手が日影でも」
弱い言葉は使わず、ハッキリと日向はそう宣言した。
そんな彼を見て、北園も安心したようにうなずいた。
「話は変わるんだけど今から日向くんはロストエデンを倒しに行くんだよね?」
北園が再びそう話しかけてきた。
その問いに、日向はうなずく。
「そうなるな。まだ北園さんが無事ってことは、日影たちもロストエデンを倒しきれていないだろうから。思ったより手こずってるみたいだな」
「私も手伝っちゃだめかな……?」
「え? でもそれは、北園さんの命を自分から捨てるようなものじゃ……」
「わかってる。でも、日向くんがこの先の未来に……日向くんが目指す未来に進むには、ロストエデンを倒さないといけないでしょ? その未来に私は一緒に行けなくなっちゃったけど、せめてお手伝いくらいはしたいの」
「北園さん……」
「……とは言っても、私はみんなに攻撃して、ひどいことを言っちゃったし、オネスト・フューチャーズ・スクールの子たちや、生存者の人たちの命も奪った。こんな化け物になった私が今さら、またみんなと一緒に戦いたいなんて、聞いてくれる方がどうかしてると思うけれど……」
言いながら、彼女の表情がどんどん沈む。
自分がしでかしたことの重さを、改めて徐々に認識しているかのように。
そんな彼女の、桜色になったボブヘアを、日向はぽふりと撫でた。
「きっと大丈夫。皆なら、また北園さんを迎え入れてくれると思う。もし日影あたりが駄目だって言ったら、その時は俺が一緒にぶっ飛ばしてやるから」
「ふふ。ありがと」
「……あ、でも、一つだけ俺からも確認させてほしい。今の北園さんはヴェルデュだから、ロストエデンの手下みたいなものだよな? たとえば、ロストエデンに近づいたら操られて、また俺たちの敵に回ったりはしない……?」
「それなら心配いらないと思うよ。たしかに私はロストエデンの細胞を取り込んでヴェルデュになったけれど、私や、あとはレイカとかは、見てのとおり人格のメインが私たちだから。むしろロストエデンの細胞を私たちが支配してる、みたいな?」
「そ、そうなのか」
「うん。だから、私の中の細胞を通してロストエデン本体から何か仕掛けられることはないと思うな。もしそれが最初から可能なら、日向くんに寝返った私は、とっくにロストエデンに操られてると思うし」
「なるほど……。けれど、それじゃあ今まで北園さんやレイカさんが俺たちを攻撃してきたのは、ロストエデンの洗脳とかじゃなくて、本当に自主的だったんだな……」
「うん……。『自分の欲望に抵抗できなくなる』っていうヴェルデュの性質が洗脳の一種と言えるかもしれないけれど、本当に私たちは自分から進んで日向くんたちに攻撃してた。自分たちがやっていることは正しいって本気で信じてた。今はもう、さっきまでの自分が信じられないって思ってる……」
そこまで言うと、日向以外の仲間たちがまた自分を受け入れてくれるか再び不安になったのか、北園は身を縮めるようにして押し黙ってしまう。
そんな彼女に、日向は優しく声をかけた。
「俺は正直なところ……北園さんはロストエデンと戦ってほしくないって思ってるような気がする。少しでも長く生きていてほしいからかな……」
「日向くん……」
「でも北園さんはロストエデンと戦いたいって思ってる。それはきっと俺のためだけじゃなくて、もっと他にも理由があるんじゃないかな?」
「……うん。みんなに迷惑をかけちゃったから、そのお詫びがしたい。私が奪ってしまった命があるから、この私の命は最後まで燃やし尽くして、無駄に終わらせたくはない」
「立派な理由だと思う。だったら俺は、その北園さんの望みが叶えられるよう、全力で手伝うだけだよ」
「日向くん……ありがとう」
溢れそうになった愛情を体で表すように、北園は日向に抱きついた。
そんな彼女の柔らかさを壊さないように、彼も優しく抱擁を返した。
……だが、その時。
日向と北園、両名は急に身体の力が抜けたような感覚に襲われ、その場に膝から崩れ落ちる。
「う……!?」
「あう……? い、今の、何? 日向くんも、だいじょうぶ?」
「あ、ああ。けど、なんだこれ……。腕から骨と筋肉が無くなったみたいに、まったく力を入れられない……って、北園さんっ!」
「えっ?」
北園の背後から、緑の触手が数本伸びてきていた。
その触手の群れは北園を捕まえ、日向から引き離してしまう。
「あっ!? な、なにこれ!? 日向くん助けて!」
「き、北園さん!」
そのまま触手に連れ去られてしまう北園。
触手が引っ込んだ先は、この立体駐車場とつながるショッピングモールの出入り口だった。