第1559話 涙
視点は変わり、こちらは日向と北園。
ツタで心臓を串刺しにされ、氷柱と化した血液で身体を内側から突き破られ、挙句の果てに全身を炎上させられて。
それでも日向は歩みを止めず、北園を追い詰めて。
ついに、彼女の腹部を『太陽の牙』で刺し貫いた。
「あ……う、ぐ……!」
激痛で表情を歪ませる北園。
口からは大量の血を吐き、剣を刺された傷からも尋常ではない出血。
誰がどう見ても致命傷だが、北園はまだ諦めていなかった。
「ま……まだ……。まだ私の命は尽きてない……。”治癒能力”ですぐに傷口を塞げば、私はまだ戦える……」
刺された剣を引き抜こうと、反射的に北園は『太陽の牙』に手を伸ばそうとしたが、腹部の痛みがあまりにひどく、震える手でゆっくりと剣に手を伸ばすことしかできない。
そして、北園が『太陽の牙』に手を触れる、その前に。
日向が、彼女の腹部から勢いよく剣を引き抜いた。
「うぁっ……」
北園は、剣を引き抜かれた勢いで一緒に引っ張られて、前のめりに倒れる。
その倒れそうになった北園を、日向が受け止めた。
先ほどまで北園を貫いていた『太陽の牙』を捨てて、両腕で彼女を抱きとめる。
「なに、やってるの、日向くん……? 早く、私にトドメを刺さないと。私はまだ、負けてはいないんだから……」
苦しそうに、耳元でささやくように、北園は日向にそう告げる。
その彼女の言葉に返事せず、日向はゆっくりと北園を足元に寝かせた。
北園を仰向けに寝かせると、日向はすぐに彼女の腹部の傷を両手で押さえ始める。力強さを感じる動作だったが、見た目ほど力は入れていないらしく、むしろ北園としては優しささえ感じられる感触だった。恐らくは、彼女の腹部からの出血を止めようとしてくれている。
北園の腹部を押さえながら、日向は言葉を発した。
彼女の方は見ず、彼女の腹部の傷だけを見ながら。
その表情も、垂れ下がった前髪によって、北園からは見えない。
「この傷を回復させて、立ち上がって、また北園さんが襲い掛かってくるとしても、俺はそれで構わない。俺はここで北園さんを倒すつもりで来たけど、俺のせいでヴェルデュになってしまった北園さんを俺が殺す資格は無い。日影たちがロストエデンを倒すまで、とことん北園さんに付き合うつもりだ。北園さんが諦めるまで、何度でも倒してみせる」
「それも……罪滅ぼしのつもり……?」
北園は、顔を上げながら日向にそう尋ねた。
この時、日向が改めて北園の方を向いた。
先ほどまで分からなかった彼の表情が、北園も確認できた。
日向は、泣いていた。
静かに、両の目から涙を流していた。
「……なんて、言ってみたけどさ……。やっぱり俺は、北園さんを殺せない。殺したくない。死んでほしくないんだよ……。たとえ、またさっきみたいに死ぬほど痛い目に遭わされたとしても……!」
先ほど北園を刺し貫いた時、日向の心臓は破裂したかと思うほどに跳ね上がった。呼吸が満足にできなくなり、吐き気すら感じた。倒れる彼女を受け止めた時も、一緒に倒れてしまいそうなくらいに手も脚も震えていた。
それほどまでにショックだったのだ。
自分が北園を刺したという事実が。
心優しい彼女を自分が殺したという、すぐそこにある罪科が。
「北園さんは倒さないといけない。でも、死んでほしくない。馬鹿なことやってるって自覚はあるけどさ、これが俺の覚悟なんだ……! いずれ終わってしまう運命だとしても、最後の最後、ギリギリまで生きていてほしいんだ……! それがたとえ、最後まで北園さんが俺に攻撃してきたとしても!」
涙を流しながら、必死の形相で、日向は北園にそう訴えた。
そしてこの時、北園は気づく。
彼の涙を見るのは、これが初めてだったと。
マモノ災害から現在に至るまで、日向もまた数えきれないほど痛い思いを、そして辛い思いをしてきた。たくさんの友人や戦友を喪った。それで泣き言を口にしたことは多々あれど、涙を見せることだけは決してなかった。
北園は、思った。
自分は、とんだ勘違いをしていたのかもしれないと。
自分の存在を奪う影が現れて、その影を倒さないと自分に未来は無い。そしてその影は非常に上昇志向が強く、まともに戦えばまず勝ち目はない。
そのような絶望的な運命に落とされて、弱音を吐き、文句を言ったことは数あれど、涙の一粒すら見せず受け入れ、立ち向かおうとした彼が、弱いわけがなかったのだ。
そんな日向が、いま初めて涙を見せている。
北園を殺さなければならないという、その事実に。
そんな彼の表情を見ると、北園も胸が痛くなった。
彼にそんな表情は似合わない。そんな表情はしてほしくない。
そして、そんな表情をさせてしまった自分が、許せなくなってきた。
まだ北園の傷はそのままで、血も流れ続けている。
息も絶え絶えになりながら、彼女は日向に問いかけた。
「最後に聞かせて、日向くん……」
「なに……?」
「私は、日向くんと一緒に生きていく未来が欲しかった……。日向くんの存在を奪う日影くんを倒したくて、ヴェルデュになった……。ヴェルデュになった以上、ロストエデンには生きていてもらわないと困るから、ロストエデンを狙う他のみんなも裏切った……」
「うん……」
「そこまでした私の覚悟を、日向くんは受け入れてくれなかった……。でもそれは、たぶん、みんなを裏切った私が嫌いになったからじゃ、ないよね……?」
「ああ、そうだよ……」
「教えてほしいの……。今、日向くんが目指している未来は、どんな未来……?」
「北園さんと一緒に生きて、他の皆も一緒に笑い合える、そんな未来。皆が笑い合える未来にするには狭山さんを倒して、この星を救わないといけない。でも北園さんがヴェルデュになってしまったから、もうその未来に北園さんを連れていけなくなってしまった。それが、今の俺が目指すことになってしまった未来だよ」
「そう……だったね。日向くんは、そういう未来を目指す人だった……。そういう、助けられそうな人は誰でも助けようとする正義感に熱いところも、私は好きだったのになぁ……」
心の底から悔いるように、北園はそうつぶやいた。
それからすぐに彼女は、刺し貫かれた自分の腹部に右手を伸ばす。
そして同時に、その右手から青い光が発せられた。”治癒能力”だ。
北園の傷口がみるみるうちに塞がっていくが、日向はそれを止めない。
ただ、もう北園は自分の命を捨ててしまいそうな気配があったので、少し驚いた様子で彼女の回復を見つめていた。
やがて、北園の傷が完全に塞がった。
すでに大量の血を流してしまったので、相変わらず顔色は悪いようだが。
そして北園は。
日向の左頬を右手で撫でながら、口を開いた。
「ごめんね、日向くん。間違っていたのは、私の方だった」