第1556話 残酷で、美しい
北園の爆撃により、戦闘の舞台だった立体駐車場は崩壊した。
今はもう瓦礫の山と化している。
北園は日向を仕留めたかどうか確認するため、瓦礫の山と化した立体駐車場に降りようとしたが、すぐにその動きを止めた。
「……下手に地上へ降りるのは危ないよね。日向くんの次の手を考えるなら、たぶん瓦礫の中に身を潜めて、私が近づいてきたところを攻撃しようとするはず。日向くんも今の爆撃で負傷してるなら”復讐火”を発動できる。きっとものすごいスピードで私に接近できるから……」
そこまで考えると、北園は両手から火球や電磁球を発射し、すでに瓦礫の山と化している立体駐車場を再び爆撃。爆発と共に、地上に積もっている瓦礫がさらに細かく砕かれていく。
「私が一番、日向くんのことを分かってあげられるんだもん。日向くんが考えていることなんて、全部お見通しなんだから……!」
やがて一発の火球が巻き起こした爆炎により、日向が隠れていた瓦礫が破壊された。日向も爆炎にあおられて吹き飛ばされる。
「うわっ!? 熱つつつっ!?」
「見つけた。ここからじゃ目視の超能力は届かないけど、日向くんも攻撃方法は限られる。この安全圏から一方的に攻撃してあげる」
北園は地上の日向めがけて、火球と電磁球による爆撃を続行。
日向は右へ左へ必死に逃げるが、何度も吹き飛ばされてしまう。
転げまわり、炎と電流にその身を焼かれ、傷だらけだ。
「うぐぅっ!? くそ、やっぱり素直にここまで降りてきちゃくれないか! だったら!」
日向は『太陽の牙』を振りかぶる。
振りかぶった刀身が、渦巻く灼熱の炎を纏う。
そして日向は、北園に向けて『太陽の牙』を振り下ろし、刀身の炎を射出した。”紅炎奔流”だ。
これを見て、北園は得意げに微笑む。
「さっきは自動車の爆発と合わせても、日向くんの炎は私のバリアーを完全には突破できなかった。もう”星殺閃光”でも使わないと、日向くんは私を倒せないよ!」
そう言うと、北園は両手でバリアーを展開。
力の差を見せつけるように、日向の炎を真正面から受け止めてみせた。
……だが。
炎と黒煙が晴れると同時に、北園は驚きで目を丸くすることになる。
「……あれ? 日向くんが地上にいない? どこかに隠れた?」
「いいや、その逆だよ」
「えっ!?」
北園の頭上から声が聞こえた。
すぐさま顔を上げる北園。
日向が彼女の頭上を取り、『太陽の牙』を振りかぶっている。
「今さら”紅炎奔流”で北園さんのバリアーを突破できるなんて最初から思っていなかった。だから、ワゴン車を爆破した一発目の”紅炎奔流”はブラフに使った。北園さんにわざとバリアーで防御させて、『もう”紅炎奔流”は恐れる必要は無い』って刷り込んで、炎を目くらましに使うっていう発想から遠ざけるために」
炎で北園の視界を塞いでいる間に、日向は”復讐火”を発動して大ジャンプし、彼女の頭上を取ったのだ。
日向の”復讐火”はまだ効果が続いている。
振りかぶった『太陽の牙』を、北園のバリアーに思いっきり叩きつけた。
「らぁぁぁっ!!」
「くぅっ!?」
地上へ向かってまっすぐ吹っ飛ばされる北園。
地面に激突する直前に体勢を立て直し、着地した。
日向もまた落下し、地上へ着地。
しかし”復讐火”の効果は途切れ、今の彼は常人としての身体能力しかない。
そんな状態で高所から落下すれば、当然ながら足骨は砕け散る。
「っぐぅぅ!!」
足から崩れ落ち、膝を強打し、最後は上半身が地面に叩きつけられた。
意識を失ってもおかしくない重傷だったが、すぐさま日向は”復讐火”を発動。
再び飛躍的なパワーアップを発揮した日向は、一直線に北園へ接近。彼女を刺し貫くべく『太陽の牙』を構える。
この瞬間、日向を待ち構える北園はハッとした。
この光景は、夢で見た覚えがある。
日向が、北園を刺し貫く予知夢。
「……でも、日向くんが教えてくれたんだよ? 予知夢には、抗ってもいいんだって」
因果とは、美しくも残酷なものだ。
かつては全ての予知夢を実現させようと躍起になっていた北園が、今は予知夢に抗おうとしている。
日向は以前、予知夢のためなら誰かを傷つけるのも厭わなかった彼女を止めたが、今は彼が北園を傷つける予知夢を実現させようとしている。
接近してくる日向を視界に捉える北園。
”電撃能力”を使い、日向の脳髄に電流を流そうとする。
日向はそれを阻止するために、左手で握っていた砂を北園の顔面めがけてばら撒く。
北園が砂を避けるにしても、払いのけるにしても、一瞬だけ超能力の発動が遅れる。その一瞬の猶予さえあれば、日向の刃は北園に届く。
……が。
「そう来るって思ってたよ!」
北園は左へ身体を反らし、日向が投げつけてきた砂を回避。
それと同時に右腕を突き出し、ドレスの袖のようになっている桜色の花弁から緑色のツタを伸ばしてきた。
まっすぐ、そして鋭く伸びてきた北園のツタは、日向の心臓を貫いた。
「ぶぐっ……!?」
日向は、口から大量の血を吐いた。
さっきまで猛烈な勢いで北園めがけて走っていたのが、嘘のように失速する。
「勝った……! 貫かれたのは私じゃなくて、日向くんだったね……!」
勝利したのは北園。
彼女は今までのように明るい笑顔を見せて、そうつぶやいた。
ところが。
日向はまだ倒れない。
北園のツタに心臓を串刺しにされながらも、立ち続けている。
その目もまだ死んでおらず、北園をまっすぐ見据えている。
「はぁっ……はっ……げほっ……」
「ま、まだ倒れないの? もう勝負は決まったでしょ? ここから逆転なんて、いくら日向くんでも無理だと思うよ……?」
北園の声は聞こえなかったのか。
それとも、聞こえていたのか。
とにかく日向は、ツタに心臓を貫かれながらも、北園に向かって一歩前進した。自分の胸を貫くツタをさらに深く通しながら。
「”再生の炎”でギリギリ命をつなぎ止めてるの……? とにかく、まだやる気なら、こっちも容赦しないよ……!?」
そう言って、北園は”凍結能力”を行使。
血色の氷柱が、日向の腕や背中を内側から突き破った。
「あぐぁ……!?」
日向の身体が、前に向かってガクリと倒れる。
無理もない。これほどの攻撃を受けて生きている人間などいない。
……いや。
日向は踏ん張った。
そして歩みを再開し、北園に向かってまた一歩進む。
「こ、来ないでよ!」
北園は目視による”発火能力”を行使。
日向の全身が炎に包まれた。
「うぁぁぁぁぁ!?」
大きくのけ反り、日向は熱さに悶え苦しむ。
だが、我に返ったかのように、また北園に向かって歩き出す。
その身が炎上していることさえお構いなしに。
心臓を貫かれ。
腕や背中を血色の氷柱で串刺しにされて。
現在進行形で全身を炎に焼かれて。
それでもなお。それでもなお。
もう、彼を傷つけたくない。
ボロボロという言葉すら生ぬるい日向の姿を見て、北園は一瞬、そう思った。
北園から見て、血まみれになりながらも歩みを止めない日向の姿は、惨たらしくも美しく、そして恐ろしくも愛おしく感じた。
愛おしく感じたからこそ、もうこれ以上攻撃したくない。
怖くて拒絶したいが、彼を完全に毀してしまうのは嫌だ。
愛おしく感じれば、嫌でも先ほどの日向からの口づけを思い出し、また北園の胸が高鳴り始める。
しかし一方で、これほど彼を傷つけた自分のことを、彼はどう思っているのか、それを考えるのが怖い。
一言ではとても言い表せない初めての感情が、今の北園の心を支配していた。
「な……なんで止まらないの……? そもそも、”復讐火”はまだ使えるんでしょ……? それを使って回復して、逃げちゃえばいいのに……」
近づいてくる日向に対して、北園はわずかに震えながら問いかける。
今の北園が日向に恐怖を感じているのは、それが理由のひとつ。
日向は、今すぐにでも彼を蝕む痛みから逃げられるはずなのに、そうしない。
また一歩、日向は北園に歩み寄る。
そして、炎に包まれながら、北園の問いに返答した。
「ここまで……さんざん隠れたり色々したりしておいて、今さらだけど……最後くらいは逃げたくなかったんだ……。北園さんをヴェルデュにしてしまったのは、俺だから……。これは、罰なんだ……」
「わ……私のためだって、いうの……?」
「勝手……だけどさ……かはっ……、これで少しは許して、くれないかな……。俺のためにヴェルデュになってくれて……そんな北園さんの善意を否定する、俺のことを……」
やがて、ついに日向は北園の右肩に左手をかける。
そして、『太陽の牙』を持つ右腕を引き絞り……。
「北園さん。俺の……勝ちだ」
ほんの一瞬、日向の全身が大炎上。
”復讐火”で、ここまでの傷を全て修復した。
それと同時に強化された腕力で。
日向は、北園の身体に『太陽の牙』を突き刺した。