第1554話 日向VS北園
ツタや雑草が生い茂るリオデジャネイロの立体駐車場にて、日向と、ヴェルデュ化した北園が相対する。
北園は開幕から目視超能力を行使。日向の体内の血液を氷柱状に凍結させ、串刺しにしようとした。
しかし日向も、北園の最初の一手を先読みしていた。
持っていた『太陽の牙』を、振り下ろすように投げつけた。
「はっ!」
北園は、まさか戦闘開始からいきなり日向が『太陽の牙』を投げてくるなど想像していなかった。ギョッとした表情を見せて身体を左へ反らし、縦回転して飛んできた『太陽の牙』を回避する。
「わわっ。あぶないなー!」
投げられた『太陽の牙』を回避した北園は、改めて日向をその視界に収めようとする。
しかし日向は、極端なまでの前傾姿勢で北園に猛接近。
彼女の視界から逃れつつ、両脚に飛びつくようにタックル。
「きゃっ……!?」
いくら今の北園の身体能力が高くなったとはいえ、受ける体勢をまったく取らないまま脚に組み付かれたら、もはや身体能力など関係ない。体勢は完全に崩され、物理的にも立っていられなくなる。
前に向かって倒れた北園は、床に両手をついてギリギリ着地。
すぐに立ち上がろうとするが、背中の上から日向が覆いかぶさり、彼女の首をチョークスリーパーで絞め上げた。
「あぐ……!?」
「確かに北園さんの身体能力はとても強くなったし、能力も強化された。けど、知識までは変わってない。近代格闘技を相手にどうやって戦えばいいか、今でも全然知らないだろ!?」
日向のチョークスリーパーは完全に極まっている。
この技が極まり、完璧な形で頸動脈を絞め上げられると、人間は十秒と経たずに意識を失うと言われている。
背後から首を絞められている以上、日向を視認して超能力を浴びせることはできない。北園は日向に首を絞められながらも、右へ左へと転がり、彼の腕を握りつぶす勢いで振りほどこうとしている。
「は、放して……!」
しかし、日向の腕は離れない。
たとえそれなりの身体能力の差があろうと、完全に極まったチョークスリーパーから逃れるのは非常に難しい。まず不可能と言っても過言ではないほどに。
だが北園も、想定以上に日向のチョークスリーパーに耐えている。
ヴェルデュ化により、意識も落ちにくくなっているのだろうか。
「たしかに、これは一本取られちゃったね……。でも、今さらそんな攻撃じゃ、私にトドメはさせないよ……!」
そう言うと、北園の全身から電撃の衝撃波が発せられた。
”電撃能力”のパワーを全身から発散させたか。
「ぐあっ!?」
日向もさすがにこれは耐え切れず、吹っ飛ばされた。
近くに止まっていた自動車のフロントガラスに叩きつけられる。
日向はすぐに身を起こして動き出し、自動車の陰に隠れるようにして北園の視界から消える。目視超能力で攻撃されるのを防ぐためだ。
日向が陰に隠れた自動車を、北園はひと睨み。
すると、いきなり自動車が大爆発を起こした。
自動車の内部を”発火能力”で焼いたのだ。
自動車を爆発させれば日向も爆風であぶり出せる。そう考えていた北園だったが、日向はすでに隣に停まっている自動車の陰に隠れて、最初の自動車の陰から離れていたようだ。爆発が起こっても日向は飛び出てはこない。
確認のために、大破炎上している自動車の裏に北園が回っても、そこに日向の姿は無かった。
「どこに隠れても無駄だよ」
そう小さくつぶやくと、北園は、日向が隠れていると思われる自動車の列に右の手のひらを向け、そこから火炎の光線を発射。十台近くあった自動車をいっぺんに吹き飛ばしてしまった。
見るも無惨な姿になり果てた自動車の列。
しかし、そこにも日向はいなかった。
北園が最初の自動車の裏を確認している間に、ここから離れてしまったと思われる。
その時、銃声が聞こえた。
そして同時に、北園の右わき腹に衝撃が二回。
どこからか日向がハンドガンで射撃してきたのだ。
北園が人間のままだったら、今ので勝負は決まっていた。
しかしヴェルデュ化した北園は桜色の花びらで身体が覆われており、その桜色の花びらが日向の銃弾を防いでしまった。
「そこにいるんだね?」
自分の身体に弾丸が撃ち込まれた角度から、北園は日向の居場所を割り出し、その方向を振り向く。
彼女の視界の先にあるのは、この立体駐車場の丁字路。
弾丸が撃ち込まれた角度から考えると、日向は右の通路の角に身を隠していると思われる。
北園は丁字路の右の通路に向かって、火球を発射。
火球が右通路の角にぶつかると、大爆炎が巻き起こる。
右通路の角はおろか、その周囲の外壁や天井まで一緒に吹き飛ばしたほどの爆炎だった。
外壁が崩れ、よりいっそう外の景色が見えるようになったその場所に日向がいるかどうか、北園は確認しに向かう。
「派手に吹き飛ばしちゃうと、ちゃんと日向くんを倒せたかどうか分かりにくいのがちょっと不便かな。無事に私の炎をやり過ごして、あの近くの物陰から飛び出してくる可能性もある。慎重にいかないとね。早くロストエデンを守りに行きたいけど、あせらずに……」
言いながら、北園はゆっくりと、自分が吹き飛ばした丁字路の右通路を覗き込んだ。
そこに日向の姿はなかった。
その場所に隠れている気配もない。
北園をハンドガンで撃った後、すぐにその場から移動したのだろう。
「私の目に入らないようにとはいえ、逃げてばっかり……」
その時、北園は一つの可能性に思い至る。
日向は時間稼ぎのために北園と戦っていて、その間に日影たちがロストエデンを倒すという作戦を展開しているのではないか、という可能性だ。
そしてそれは、まさに日向が日影やジャックに提案した作戦そのものである。
「あんまり逃げてばっかりじゃ、私も飽きちゃうよ? ロストエデンを守りに行っちゃうけど?」
立体駐車場内を歩き、日向の姿を探しながら、北園はどこかにいるであろう日向にそう呼び掛ける。
その時、また一回の銃声が聞こえた。
日向のハンドガンの音だろう。
だが今度は北園を銃撃したわけではないようだ。何の痛みも感じなかった。
「今の音は? いったい何を狙ったの?」
すぐに銃声が聞こえた方向を見る北園。
そこにあるのは一台の赤いワゴン車。
その時。
北園の目の前のそのワゴン車が、いきなり北園に向かって、ひっくり返りながら飛んできた。
「え!?」
思わず驚いた北園だが、すぐにバリアーを展開し、飛んできたワゴン車を受け止めた。彼女が展開した念壁と、ワゴン車の天井が激突する。
そのワゴン車を挟んで、北園の前方には日向が立っている。
紅蓮の炎を宿した『太陽の牙』を振り上げながら。
「そっか……! 今の銃声は、日向くんが自分で自分の左手を撃ったんだ。”復讐火”を発動させて、このワゴン車を私に投げつけるために……!」
「太陽の牙……”紅炎奔流”っ!!」
日向が『太陽の牙』を振り下ろし、刀身から灼熱の炎が放たれる。
その炎が、北園が受け止めているワゴン車の底部に直撃。
日向の炎と、その炎を受けたワゴン車が、同時に大爆発。
北園も、その巻き上がる爆炎に包み込まれた。