第1553話 時計の針は戻らない
時間は少し遡り、まだジャックたちがレイカと戦闘を繰り広げているころ。
こちらは日向の様子。
彼は通信でエヴァから北園の居場所を教えてもらい、その場所へ向かっている最中だった。
「エヴァの情報が正しければ、あの建物にいるはず……」
そうつぶやく日向の視線の先には、この街の大型ショッピングモールらしき建物がある。建物内に立体式の屋内駐車場を持つタイプのモールだ。
「分かってはいるけど、北園さんも買い物に来たわけじゃないだろう。どこかで体力の回復に専念してるはずだ。そしてそれは、できるだけ自分はしっかりと身を隠しつつ、外の様子も良い感じで窺える場所が望ましい」
そうなると、調べるべき場所はおのずと絞られてくる。
もっとも可能性が高そうなのは、日向が口にした二つの条件を満たせる立体駐車場だろう。
さすがのエヴァも、あの建物のどこに北園がいるかは正確には分からなかった。日向の推測が当たっていることを祈るしかない。
ショッピングモールへ向かう途中、気になる光景を目にした。
街を覆う植物が、あちこちで枯れ果てているのだ。
「植物が枯れてる……。たしか、エドゥがそんな能力を持ってたな。周囲の植物やヴェルデュから無差別にエネルギーを吸収して枯らしてしまう能力を」
エドゥも近くにいるのだろうか。
ここで遭遇はしないことを祈りつつ、日向は走る。
それから数分後、日向はショッピングモールへ到着した。
本館の方には目もくれず、立体駐車場へと向かう。
外壁から内部まで様々な植物が絡みついている立体駐車場。ここに到着すると、日向は一階や二階は無視して、さらに上の階を目指す。高い階層の方がより周囲を広く見渡せる。休息と周囲の警戒を同時に行なうなら、北園もきっとそこにいる。
やがて日向は立体駐車場の最上階、五階までやって来た。
このフロアのどこかに北園がいるかもしれない。
日向は足音を忍ばせたりはせず、足早に歩きながら周囲を見回す。
「北園さん! どこにいるんだ!?」
大きな声まで上げて、日向は北園の姿を探す。
その時、不意に日向が足を止めた。
「……北園さん」
日向の前方にて、暗くなった外の景色をバックにして、北園が静かに佇んでいた。相変わらず、桜色の花びらで作られたドレスに身を包んだような姿で。
日影に斬られた腹部の傷は、すでに完全に塞がっている。
何やら不満そうな表情で、彼女は日向を見つめていた。
「日向くん……どうしてここに? 言っておくけど日向くんの相手をしてるヒマなんてないよ? ロストエデンが攻撃を受けてる。早く日影くんを殺して、他のみんなも止めないと」
「北園さんをそこまで駆り立てるのは、俺が頼りないから……なんだよな。ずっと俺の弱気な言葉を聞かせちゃったんだから、嫌でもそうなるよな……」
『幻の大地』で日影と決闘した時のことを思い出す。
あの時も、北園は日向のことを心配して、日影と戦おうとしていた。
ジ・アビスを倒すためにヨーロッパを旅していた時、北園に夜這いを仕掛けられた時のことを思い出す。あれもまた、日向の未来のことを心配したがゆえの行動だった。あの時以外にもうタイミングは無いかもしれない。そう思われたのだろう。
「思い返せば、北園さんには心配かけてばっかりだったんだな、俺って」
「……うん。正直、ずっと不安だった。いつも弱気な日向くんを見てると、本当に日影くんに勝てるのかなって。だから私が日向くんを助けたい、助けなきゃって思った」
「本当にごめん北園さん。元々の性格なんて変えようがないから、俺はこのまま弱気でもいいって思ってた。なんだかんだ、弱い言葉を吐いていると落ち着くし。でも、それじゃいけなかったんだな……。俺だけじゃない、誰かの人生も一緒に背負う人間としての覚悟が足りなかった。もっと頼りになる姿を見せるべきだった」
「ううん、私こそごめんね。日向くんが日影くんに勝つために色々と努力してたのは分かってた。だから、私が余計な口を挟んだら、『それだけじゃ足りない』って、日向くんの努力を否定してしまうような気がして、怖くて言えなかった」
「こうして改めて見てみると、遠慮ばかりだな俺たちって。仮にも付き合ってる関係のはずなのに」
「ふふ、そうだね。でも、もう時計の針は戻らない。今になって後悔しても、私も、日向くんも、もうやり直すことはできない……」
そう言って、北園が日向のもとへ歩み寄ってくる。
一歩、また一歩と彼女が日向に近づくにつれて、二人の間に緊張が走る。
その走る緊張が、物語っていた。
どうあっても、今の日向と北園は、ロストエデンを倒そうとする人間と、ロストエデンを守ろうとするヴェルデュの関係なのだと。
「私は日向くんのためにヴェルデュになった。私が日向くんとの二人だけの未来を手に入れるには、ロストエデンに存在し続けてもらわないと困る。ロストエデンの死が、私の死につながるから」
「それでも俺は……ロストエデンを倒す。この星に平和を取り戻すには、避けては通れない敵だ」
「ひどいなぁ。私はこんなにも日向くんのことを想ってるのに、それでも日向くんはロストエデンを倒しちゃうんだ。全部、私に任せてくれればいいのに。今の私なら、日向くんの全ての問題を解決してあげられる」
「その気持ちは嬉しいよ。でも、俺が目指す未来と、今の北園さんが目指す未来は、あまりにも違いすぎる」
「だったら、少し乱暴にでも、私が目指す未来に日向くんを引き込むしかないね。私たち二人が幸せに生きていける未来。それがたとえ、他のみんなを犠牲にしたとしても」
「俺が今の北園さんに勝てば、日影にも勝てる可能性は十分にあるって証明できるよな。だったら、それを証明する。たとえ俺のためでも、北園さんはそこまでする必要は無かったんだって分かってもらう」
そう言って日向も『太陽の牙』を構える。
その剣の切っ先を、まっすぐ北園に向ける。
一瞬、剣を構えた日向が、わずかに北園から目を逸らした。
とても悲しそうな表情を見せながら。
しかしすぐに、再びまっすぐ北園を見る。
最初に剣を向けた時よりも少し悲哀が混じった、覚悟を決めた瞳で。
北園も大きく呼吸をして、集中力を高める。
彼女の身体から青い精神エネルギーが、スパークを放ちながら発露する。
「そこまで言うなら、相手してあげるよ。でも、日向くんの強さを証明する必要はないよ。そんなことしなくても、私の能力はもう日向くんを明確に上回ってるんだから!」
その北園の啖呵を戦闘開始の合図として、両者は同時に動いた。
日向と北園。
太陽と月。
この物語の、はじまりの二人。
長い時間と旅路の果てに。
地球の裏側で、二人は初めて相対する。