第1551話 あばよ
レイカがジャックに、ヴェルデュ化した彼女の最強の大技を放つ。
”超電磁居合抜刀・大烈風”と名付けられたその技は、刀身に”暴風”の異能で生み出した圧縮竜巻を纏わせ、居合抜刀と同時に真空刃として撃ち出す技である。
その威力は尋常ではなく、一回目の使用では向かいのビルを上と下で真っ二つにし、二回目ではこのビルを右半分と左半分で切り分けてしまった。
そんな究極の抜刀術が、ジャックめがけて放たれる。
たとえジャックの義手でガードしようとも、とうてい防御できるような威力ではない。義手ごとジャックは斬り飛ばされてしまうだろう。
おまけにジャックは、先ほどレイカの斬撃によって左腕の義手を故障してしまった。今から彼女の一撃を凌ぐのに左腕は使えない。
彼のこれまでの戦い全てを振り返っても、これ以上ないほどの絶望的状況。
そんな中でジャックがとった行動は。
彼の最強の一撃、”パイルバンカー”の使用準備だった。
「イチかバチか、やるしかねぇ!」
常人の何倍も優れているジャックの体幹。
これを限界まで引き絞り、全身を連動させて正拳突きを放つ。
シンプルだが、それゆえに驚異的な威力を叩き出す、ジャックの必殺技だ。
とはいえ、今のジャックは左の義手が動かせない。
”パイルバンカー”を放つぶんには問題なさそうだが、準備にわずかなタイムラグが生じてしまった。
そのわずかなタイムラグが命取りとなる。
ジャックが拳を繰り出すより、レイカが刀を抜く方が圧倒的に速い。
「やっぱ、分の悪い賭けだったか……?」
……しかし、ここでレイカの動きがわずかに鈍る。
彼女の中のアカネが、レイカを全身全霊で止めてくれたからだ。
「あぁぁぁぁッ!! 止まれこのバカぁぁぁッ!!」
「……っ!」
レイカが顔をしかめる。
彼女の黒髪と青目が、少し赤色に染まりかけた。
だが、それだけだった。
すぐにレイカは立て直し、改めて居合抜刀を放つ。
だが、アカネが作り出したそのわずかな隙のおかげで、ジャックの”パイルバンカー”とレイカの”大烈風”の発射タイミングが同じくらいになった。
「っしゃあ! ナイスだぜアカネ!」
「けどよジャック! あのレイカの技はヤバい! アンタの”パイルバンカー”じゃ、腕ごと身体をぶった斬られるよ!」
アカネの言うとおりだ。
レイカの居合抜刀のタイミングは多少遅れたものの、まだジャックと同時に放つ程度のもの。このまま彼の拳とレイカの刃が激突すれば、打ち負けるのはジャックの方だ。
「いいや任せろ! 好機は見えたぜ! ”パイルバンカー”ッ!!」
ジャックが捻じった体幹を解放し、渾身の右突きを放った。
限界まで弦を引き絞り、撃ち出した大弓のように。
対するレイカも同時に抜刀。
鞘のレールガン機構によって、雷光と共に居合が放たれた。
「”超電磁居合抜刀・大烈風”!!」
ガギン、と音がした。
ジャックの拳は、レイカに命中していない。
しかし彼の身体も、真っ二つに斬られてはいない。
何が起こったのか。
ジャックは、右手の中指と人差し指を立てて、その二指でレイカの刀の柄頭を押さえ、彼女の居合を止めていたのだ。
「オマエの居合の威力は本物だ。だがな、威力が乗ってるのはあくまで刃だ。こうやって、居合が出てくる前なら止められる」
「……!」
ここまでほとんど無表情だったレイカが、驚きで目を丸くした。
レイカを止めていたアカネも、これを見て驚愕している。
「コイツぁたまげたね……。レイカの居合の軌道とタイミングを完璧に見切ってたのはもちろん凄いし、拳じゃ届くかどうかわずかに不安だった射程を、二指を立てることで射程を伸ばし、居合の速度が乗り切る前に……最高のタイミングで食い止めた。そこまで計算しやがった。まったく、天才の所業だよ」
そして、居合抜刀を止められた以上、今のレイカは隙だらけだ。
すぐさま飛び退き、ジャックから距離を取ろうとする。
だが、ジャックもレイカを逃がさない。
レイカが飛び退くと同時に距離を詰め、右の親指をピンと立てる。
「あばよ、レイカ」
ジャックがスイングするように右腕を振るう。
立てた親指がレイカの首筋を貫いた。
突き刺した親指を曲げて、鉤爪状にしてそのまま引き裂く。
レイカの頸動脈が破壊され、彼女の首筋から噴水のように血が飛び出た。
「あ……」
ガクリと膝をつき、顔が見えなくなるほど項垂れて、レイカは動かなくなった。
戦闘は終了した。
コーネリアスとエヴァもジャックのもとへ駆けつける。
「ジャック! 大丈夫でしたか?」
「おう、エヴァ。なんとかな。ただ、ちょいと斬られすぎた。止血頼めるか?」
「お任せください」
「ジャック。やったのカ」
「ああ。やっちまったよ、コーディ」
肩をすくめ、どこかやるせないような様子で、ジャックはコーネリアスの言葉に返事した。
それから三人は、その場に跪いたままジッとしているレイカを見る。
再び動き出すような気配は、もうまったくない。
それが、嫌でも彼女との別れを実感させる。
すると、レイカの側にアカネの姿が現れて、ジャックたちに声をかけた。
「お疲れさんジャック。もうレイカは動けない。コイツを止めてくれてありがとな」
「……ああ」
これで良かったのか、とジャックは口にしたかった。
しかし、その言葉が彼の口から出ることはなかった。
良いわけがない。
苦楽を共にし、ここまで生き抜いてきた相棒の命を奪った。
良いわけがない。
彼女の末路の良し悪しを、他人が決める資格はない。
良いわけがないのだが。
それをアカネに言っても、彼女も困るだけだろう。
良いわけがないのだが。
しかし、必要なことだった。
これで良かったのか。
その言葉を、胸の奥からせり上がってきそうな熱と共に飲み込んだ。
……と、その時だった。
首から血を流して動かなくなっていたレイカが、言葉を発した。
「あの……あなた……」
「っと……まだ喋れるのか。どうした、レイカ」
「これを……」
そう言ってレイカは、自分が使っていた高周波ブレード『鏡花』をジャックに差し出した。
それと同時に彼女は顔を上げ、ジャックを見つめる。
血に塗れていたが、どこか靄が晴れたような表情をしていた。
「私はもう、あなたを忘れてしまいました。けれどあなたは、私を憶えているのでしょう? だから、お願いです。私を、忘れないでくれませんか?」
「……オーケー。オマエみてーな良い女、忘れろっていう方がムチャだぜ。ま、俺の好みじゃねーんだけどな」
「……ふふ」
レイカとの会話を終えると、ジャックは彼女から『鏡花』を受け取った。
それから彼は、アカネに声をかける。
「アカネ。オマエはこれからどうするんだ?」
「レイカと一緒に行くよ。レイカの肉体がアタシの肉体なんだ。この肉体がお陀仏なら、アタシもここまでってことさ」
「そーかい。悪かったな。ゆっくり休んでたところを緊急で起きてもらった上に、そのまま死んでくれなんざ……」
「いいさ。楽しかった。あのままアンタらに忘れられるくらい長くゆっくり休んでいるよりは、ここで一発ド派手に楽しく暴れて、楽しくおっ死んだ方がアタシらしいさ」
「違ぇねぇ。……んじゃ、またいずれ、あの世で会おうぜ、戦友」
そう告げて、ジャックはその場を立ち去る。
コーネリアスとエヴァも、アカネたちに声をかけた。
「……達者でナ、アカネ」
「ああ。そっちこそな。ここまで生き残ったんだ。この後すぐに地獄で再会とかしたら、ぶっ飛ばすからな?」
「ふっ。善処しよウ」
「さよならです、アカネ」
「さよなら、エヴァの嬢ちゃん。……うん、アンタやっぱ可愛いね。レイカがドハマりしてたのも分かるわ。あーあ失敗した。アタシも可愛がっとけばよかった」
「や、やめてください。私は格好良い女性を目指してるのです。不服を申し立てます」
「ちぇ、フラれちまったよ」
そして三人はレイカとアカネを残して、この場を後にした。