第1549話 覚醒と忘却
ジャックは、いつの間にか自分の隣に立っていた何者かの正体を確かめる。
その人物は、レイカの分身のようなエネルギー体だった。
ただし、色は分身たちのような緑色ではなく、赤色。
レイカと同じくらい長い赤色の髪を、リボンで結んでポニーテールにしている。左腰に下げているのは、レイカが持つ高周波ブレード『鏡花』とまったく同じ刀。
顔もレイカと瓜二つ。
勝気な笑みが印象的な、二十歳前後の少女。
「おはようさんジャック! ちょっとアタシが寝てる間に面白いコトになってるじゃんか! なぁ!?」
「おま……アカネか!?」
ジャックの前に現れたのは、アカネだった。
どうやらレイカの”二重人格”の超能力で具現化した姿のようである。
彼女はアメリカにて、光剣型のレッドラムとの戦いで魂に致命的なダメージを受け、数十年単位の休眠状態に入っていたはずだった。
いや、それ以前に、アカネのことを忘れていたはずのレイカが、彼女を具現化させるはずがない。アカネは間違いなく、本来ならこの場に現れるなどありえない人物だったはずだ。
コーネリアスとエヴァもジャックたちのもとに駆けつけ、突然現れたアカネに驚愕している。
「アカネ……!? 目を覚ましたのカ!?」
「歓迎すべきですが、今は疑問の方が大きいです……。いったいどうやって覚醒を……?」
「このアカネ様が、ただレイカの中でぐーたら寝てるだけと思ったかい? 見てのとおり、レイカは”二重人格”の超能力を応用してたくさんの分身を生み出せるようになったけど、それはヴェルデュ化して増幅されたレイカの精神エネルギーのおかげで実現したモンだ。あの子のエネルギーが増幅されたってことは、アタシの魂の修復に使えるエネルギーも増えたってことだよ」
「それで、予定以上の回復力で魂を修復して、実体化を……!」
「そういうことさね。まぁ、急いで出てきたんで、まだ万全の状態ってワケにはいかないんだけどさ」
そう言って両腕を広げ、身体全体を見せるアカネ。
確かにところどころ、彼女の身体はノイズが走ったようにぼやけることがある。
「見てのとおり、とても直接戦闘できるような状態じゃない。せいぜいレイカの肉体に働きかけて、アイツの動きを阻害するのが精いっぱいだよ。この姿だっていつまでも維持できるモンじゃない」
「いや、おかげで助かったぜアカネ。最高のタイミングで復活してくれたな」
「だろ? んじゃ、これでもアタシゃまだ怪我人だからさ、あとはゆっくりしてていいかい?」
「あん? 随分とやる気がねぇじゃねーか。さては偽物だなオマエ」
「はっは! そうこなくちゃね! ……そうだ、復活ついでに土産話も持ってきたよ」
「みやげだ?」
「レイカの中で何が起こってたか。そして今、何が起こってるのか。そんなところの話をね」
そう言ってアカネは、ジャックたちに説明する。
ヴェルデュ化したレイカの思考や、彼女の現在について。
レイカが抱えていた欲望。
それは、失ったアカネの代わりとなる友達を得ること……ではなかったのだ。
そういった部分も含まれてはいるが、根本的なところは違う。
「どこから話したモンかな……。レイカってさ、まだ自分に近しい人間の死に立ち会ったことって無かったんだよ。いや、もちろんウチのチームのメンバーも大事に思ってるし、ケルビンの死を聞かされた時もアイツは悲しんでた。けど、たとえば家族とか、ARMOUREDの皆くらい近い人間は、まだ喪ったことがなかったのさ」
「オマエはまだ死んでねーってのにレイカがめちゃくちゃ落ち込んでたのは、それも理由の一つってワケか?」
「そうさ。そして、その次は大将が死んだね?」
「……ああ、その通りだ。オマエはその時はもう眠ってたから、マードックの最後を見届けたワケじゃないよな? レイカの記憶を参照したか」
ジャックの問いにアカネはうなずき、話を続ける。
「最初は、アタシがいなくなったことに対する悲しさが大きかったみたいだった。けど、ロストエデンの細胞に感染してからかな。アタシのことだけじゃなくて、大将のこととか、これまで喪った仲間たちのこととか、全部悲しくなったんだよあの子は」
「キタゾノが言ってたな。ロストエデンの細胞は、感染したヤツの欲望を増幅させて、欲望に素直にさせるとか」
「ヴェルデュ化したレイカの欲望は、アタシに代わる半身を見つけること。それも、殺されてもアイツの側を離れないような半身。短期間のうちに何度も重なった身内の死が、アイツにトラウマを植え付けちまった」
「だから、消しても消しても新しく生み出せるあの分身は、今のレイカの理想のお友達ってわけか……」
「そういうこと。そして同時に、すでに喪ってしまったものに対して悲しまないように、あの子はアタシを含めて、戦死してしまった仲間たちのことも時間と共に忘れていってる」
「じゃあオマエだけじゃなくて、まさかマードックや他の連中のことも……!? おいレイカ、今の話はマジなのか!?」
ジャックがレイカに声をかけた。
レイカはぼんやりとジャックを見つめた後、返事をした……のだが。
「……あなたは、誰でしたっけ?」
「は? おい、ふざけてんのかレイカ?」
信じられない返答を受けて、思わず怒気混じりに聞き返すジャック。
そんな彼はアカネが止めた。
「落ち着きなジャック。アタシが説明する。まずレイカは、アンタのおかげでアタシのことを思い出して、連鎖的に他の連中のことも思い出した」
「そ、そうか。思い出せたのか」
「ただ……今のアイツにとって、いなくなった連中のことを思い出すのはツラすぎたみたいだ。ロストエデンが増幅させた欲が、レイカの心を弱くした。その結果、レイカは再忘却した。今まで忘れていた連中だけじゃない。アタシやアンタらのことも忘れたようだよ」
「はぁ!? なんでそこまで……!?」
「アンタらもアタシも、レイカにとっては『大切な存在』だ。その『大切な存在』をこれ以上失うことをレイカは恐れた。だったら、最初からアンタらのことは知らないことにして、絶対にいなくならない新しい友達だけを側に置けば、もうあの子は何も失わずに済むことになる。そして、その新しい友達を奪おうとするアンタらを斬ろうとしている」
「は、破綻してるぜ……。俺たちのことも大事なのに、ロストエデンを守るために、その大事な俺たちを死なせようってのか?」
「ああ、破綻してるね。自分で説明しててワケ分からなくなるよ。レイカはもう『友人を死で失う悲しみを回避すること』……ただその目的だけしか見えなくなっちまってる」
「バッカ野郎がよぉ……。このジャック様がオマエより先に死ぬワケねぇじゃねーか。いらねー心配して自爆しやがって……」
ジャックは、レイカに憐みの目を向けた。
コーネリアスとエヴァ、そしてアカネも、それぞれの想いでレイカを見る。
四人がレイカと向かい合う。
レイカは相変わらず魂が抜けたような状態だが、それでも四人に対して刀を構え、戦闘態勢をとった。
「アカネ、最後に聞かせてくれ。レイカは、もう助からねーのか?」
「そうさね……アンタが期待してるような展開は、無いだろうね。さっきも言ったとおり、レイカの心は完全に狂い果ててる。もうアンタらの声は届かないだろうね。あの子の中にいるアタシの声さえ聞いてくれないんだから。それにどのみちロストエデンを倒せば、ヤツと共存関係にある、あのアタシらの肉体も死ぬ」
「そうか……」
「ただ……ある意味では、レイカはもう助かってる。アンタのおせっかいのおかげで、アイツは一瞬だけでも正気に戻ったんだからね。そして今、アタシがここにいる」
「助かってる、か……」
「それにね、ヴェルデュにならなかった元々のレイカの性格なら、きっと罪の清算を望むよ。そして、それはきっとアンタたちに任せたいと思ってるはずさ。……おっと、もう姿を投影するのも限界みたい。じゃ、後は頼んだよ」
そう言うと、アカネの姿は消えた。
消えはしたが、ここからもレイカの動きを阻害し、ジャックたちのサポートをしてくれるだろう。
それを聞いたジャックは、最後の決意を固めた。
目の前のヴェルデュを掃討するためではなく。
他ならぬ彼女のために、その彼女を討つ。
「……いいぜ、レイカ。これまでやらかしたこと、全部許されちまうくらいにキツいの喰らわせてやるから、歯ぁ食いしばれよ」
「…………はい。ご面倒をおかけしますが、お願いしますね。名前も知らない、けれどなぜか懐かしい人……」
最後の力を振り絞るように返事をして。
レイカは十体の分身を生み出し、四人めがけて斬りかかってきた。