第1548話 忘れてはいけなかったもの
ジャックの言葉を受けて、レイカが動揺し始めた。
その影響は、コーネリアスとエヴァを足止めしていたレイカの分身たちにも影響が現れていた。分身たちの動きが急に悪くなってきたのだ。
「分身たちノ動きのキレが落ちたナ」
「今なら一気に突破できそうです。はぁぁっ……!」
エヴァは自分の周囲に竜巻を発生させて、分身たちを吹き飛ばした。
コーネリアスも素早い動きで徒手空拳を繰り出し、分身を霧散させる。
そして二人は、ジャックとレイカのもとへ駆けつけた。
今度はジャックたち三人が、少し間合いを開けてレイカを取り囲む形に。
「レイカの様子がおかしいナ。ジャック、何をしタ?」
「コイツが忘れていたものをちょいと自覚させてやったんだよ。今は動きが鈍くなってるが……これがラッキーな方に転んでくれると嬉しいんだがな」
いったんレイカへの攻撃を止めて、様子を見る三人。やはり元はレイカも大切な仲間だったので、どうしても期待してしまう。彼女が元に戻ってくれる展開を。
……が、しかし。
レイカの周囲に二体の分身が現れて、レイカに声をかけた。
「レイカ? ドウシタノ? レイカ?」
「ダイジョウブ。ワタシタチヲミテ。アナタハ、ワタシタチダケミテクレレバイイ」
「……そう、ですよね……。私には、あなたたちさえいてくれれば、それでいい……」
「クソッ、ダメそうだな!」
すぐにジャックはデザートイーグルを抜いて、レイカの脳天に銃口を向けて引き金を引いた。
だが、レイカは刀でジャックの弾丸をはじいた。
そのままゆらりと、彼女は刀を構えてジャックを見据える。
「ひどいじゃないですかジャックくん……。いきなり撃ってくるなんて……」
「あーあ。アンラッキーな方に転んじまったか、チクショウ」
「こんなひどいジャックくんは、もう私の友達じゃないから死んでしまってもかまわない……。私には、この子たちさえいてくれればいい……!」
そのレイカの言葉の終わりと同時に、再び彼女から十体の分身が出現。先ほどと同じくコーネリアスとエヴァに四体ずつ、そしてジャックに二体の分身とレイカ本体が斬りかかった。
新たに出現した分身たちは、先ほどと比べて攻撃こそ大振りだが、動きが速くなっている。その大振りな攻撃についても速度は上がっているので、体感的なスピードは先ほどとそう変わらない。結果として純粋に速度と攻撃力が上昇しただけであり、先ほどより格段に厄介だ。
「くゥ……! 俺はジャックほど接近戦は得手ではなイ……これ以上は凌ぎきれン……!」
「コーネリアス! こちらへ! 二人でカバーし合えば、幾分かマシになるはずです!」
「了解しタ。しかシ、またジャックが孤立してしまったナ……」
コーネリアスの言うとおり、ジャックは再び二人から離れ、レイカ本体と二体の分身の相手を強いられている。
分身たちとレイカの動きが大振りになったことで、ジャックは先ほどよりも彼女らの動きが見切りやすくなっていた。拳を振るって分身たちをかき消し、レイカのボディーに一撃を入れる。
「おりゃッ!!」
「うぐぅ……!」
しかしレイカも負けじと斬撃を繰り出し、ジャックに浅い刀傷を刻む。
消滅させられた分身も、間髪入れずに再生成。
「この子たちは、どこにもいなくなったりしない! 絶対に私を一人にしない、最高の友達……! 最高の……いや、友達は……大切な存在は……違う……大切なのはこの子たち……!」
刀を振るい続けるレイカだが、また様子がおかしくなってきた。
ジャックはレイカの猛攻を凌ぎつつ、彼女の様子を窺う。
「レイカのヤツ、まださっきの動揺を引きずってるか……?」
ジャックの見解は正しい。
今、レイカの中では、無数の記憶が湧き出ては消えている。
マモノ災害の始まりから現在にかけて、仲間たちと共に戦ってきた記憶。仲間たちと共に鍛えあった記憶。仲間たちと共に笑いあった記憶。
その記憶の中に、顔が思い出せない人物がいる。
それも一人ではない。複数だ。
皆、忘れてはいけないはずの人物だったはず。
そのうちの一人は、特に大切な存在だったはず。
それなのに、思い出せない。
どうして、忘れてしまったのか。
なぜ、忘れようと思ったのか。
自分はヴェルデュになってまで、何がしたかったのだろうか。
「……違う! それは、私がヴェルデュになって、この子たちが側にいてくれるようになった今、もう考えなくてもいいことよ……!」
自分に言い聞かせながら、レイカは刀を振るい続ける。
その太刀筋は混乱によって揺らぐどころか、さらに力強くなってきている。
「くぅーッ! キツいぜ……! コイツぁ、ちょいともう一回、無理やりにでも隙を作るしか……!」
言いながら、ジャックはサバイバルベストから、なぜか自分のスマートフォンを取り出した。
その時。
レイカの分身が身を屈め、ジャックの右脚を深く斬りつけた。
「ぐッ!? しまった……!」
「好機! ”超電磁居合抜刀・大烈風”!!」
レイカが刀身に竜巻を纏わせ、そのまま刀を鞘に納めた。
先ほど向かいのビルを切り裂いた超常の居合抜刀を放つつもりだ。
あの威力は、とてもガードもできないし拳で弾くこともできない。
脚を斬られて体勢を崩している今では、先ほどのようにその場で回避もできない。
再びの絶体絶命。
そんな状況でありながら。
ジャックはレイカに、先ほど取り出したスマートフォンの画面を見せた。
「ほれ見ろレイカ!」
「あ……これって……」
ジャックが見せたスマートフォンの画面には、フォト機能で撮影した一つの画像が映し出されている。ARMOUREDのメンバーの集合写真だ。ジャックとコーネリアス、それからマードック。
そして、その三人に混じって写っているのは、レイカではなくアカネだ。
「よく見ろよ! オマエが忘れてる『大切なモン』だぜ!」
「あ……ああ……」
レイカがジャックのスマートフォンに手を伸ばそうとする。
だが、もうジャックは先ほどのような希望は抱かない。
隙だらけになった今のうちに、レイカを左拳で殴り飛ばした。
「らぁぁぁぁッ!!」
大きく吹っ飛ばされ、床を転がるレイカ。
コーネリアスとエヴァを攻撃していた分身も再び動きが悪くなったらしく、二人は分身の群れを撃破。
「またジャックが何かしたのカ?」
「レイカから、危険な気配がします……。彼女自身をも壊してしまいそうなくらい、気配が震えているような……」
そしてジャックに殴り飛ばされたレイカは、ゆっくりと立ち上がった。
頭を抱え、呼吸が荒くなり、震える声でつぶやき始める。
「だって……今さらそんなもの見せられたって……皆が帰ってくるわけじゃない……」
「……レイカ? どうした、これまでの動揺とは様子が……」
「駄目です……もう私に何も思い出させないで……もうこれ以上、私に寄り添わないでくださいっ!!」
その瞬間。
レイカから十体の分身が放たれ、一斉にジャックに斬りかかった。
ジャックは先ほどレイカの分身に脚を斬られ、負傷している。
その場から満足に動けないまま、この十体の分身の斬撃を防がなければならない。
「き、厳しいなッ……!」
左右の拳を必死に振るい、分身の斬撃を打ち払うジャック。
その結果、七体分の斬撃はやり過ごせた。
だが、残り三体の斬撃が、ジャックの死角となっている左側から迫る。
「やっぱムリか……!」
……しかし、分身たちの刃がジャックを刺し貫こうとしたその直前で、分身たちの動きが止まった。
寸止めされるような形で、どうにか九死に一生を得たジャック。
急いでその場から離れるが、まだ分身たちは動かない。
「……なんだ? 何が起こってやがる?」
ジャックは、コーネリアスとエヴァを見た。
二人は左の手のひらを左右に振って「違う違う」とジェスチャーを取った。
コーネリアスとエヴァのおかげではない。
今度はレイカを見てみるジャック。
レイカは何やら、見えない力に縛られて苦しんでいるような状態だった。頭痛をこらえるように左手で頭を押さえ、歯を食いしばっている。
「く……うぅ……!」
「レイカの方で何か異変が起こったみたいだな。だが、いったい何が……」
……と、その時。
ジャックは、自分の隣に誰かが立っている気配を感じた。
コーネリアスとエヴァではない。二人はレイカを挟んで彼の正面に立っている。
ジャックは、隣に立っている、自分を助けてくれた何者かの顔を見た。
「お……オマエは……!」




