第1544話 再考
日影が砕いた氷柱の破片をかいくぐり、北園が目視による超能力攻撃を仕掛けてきた。日影の脳髄を電撃で焼くつもりだ。
これを阻止するため、日影は北園の顔に左手を伸ばす。
「くッ……!」
「無理だよ! この間合いじゃ届かない!」
北園の言葉どおり、日影が伸ばした手は北園には届かなかった。
……だが。
日影が大きく開いた手のひらが、北園の視界を覆い隠す。
そこへ、北園が超能力を行使。
その結果、電流が発生したのは、日影の脳髄ではなく左手だった。
もちろん電流を流された痛みは強烈で、その痛みは日影の左肩まで上がってきたが、脳髄を焼かれるよりはずっと耐えられる。
「痛っつぅ! だが、もらったぜ北園ッ!」
「しまっ……!?」
日影が、右手で逆手に持つ『太陽の牙』を大きく振るい、北園の腹部を切り裂いた。
「おるぁぁぁッ!!」
「きゃあああっ!?」
刀身から灼熱の炎をジェット噴射させていた日影の剣。
これを受けた北園は大量出血し、傷口にも大火傷を負う。
普通の人間であれば即死していただろうが、ヴェルデュとなった北園は生命力も上がっているらしく、まだ倒れる様子はない。しかし今は受けた傷の痛みに耐えるのが精いっぱいらしく、腹部の傷口ばかりを気にしていて、日影は視界にも入っていない。
「一気に決めるッ!」
再び柄を逆手に握り、反時計回りに一回転しながら、日影は北園めがけて『太陽の牙』を振り下ろす。
北園が顔を上げた。
日影と北園の目が合う。
超能力で反撃されそうだが、このままいけば日影の攻撃が命中する方が早いだろう。
ところが。
北園が、つらそうに声をかけてきた。
「ひ、日影くん……」
「ぐ……!」
思わず、日影は振り下ろそうとした剣を止めてしまった。
本当にここで彼女を斬ってもいいのか、と迷いが生じてしまった。
その隙に、北園が両手で念力の波動を発射。
「ああああああっ!!」
「うぐぁッ!?」
大型トラックに正面衝突でもされたかのように、日影は大きく吹き飛ばされた。強烈な衝撃を全身に叩きつけられ、日影の意識が混濁する。彼の視界がぐにゃぐにゃに揺れる。
しかし、意地と根性ですぐに意識を視界を回復させ、日影は立ち上がった。
日影が立ちあがった時には、北園はこの場から飛び去って姿を消していた。先ほど日影から受けたダメージを回復させるため、一時退却したのだろう。
「仕留め損ねちまったか、クソ……。覚悟していたつもりだったが、いざその瞬間が来たら、やっぱりキツいな……。無意識に手を止めちまった……」
日影はエヴァのように敵の気配を感知する能力は持たない。
北園の姿を見失ってしまった以上、この広い街の中に隠れた彼女を見つけ出すのは不可能だ。
「いったん日向たちのところに戻るか。まだロストエデンも残ってるしな。北園がいない間に、ロストエデンの本体であるレオネを見つけ出して倒すことができりゃ、全部終わるはずだ」
そうつぶやいて、日影は”オーバーヒート”でこの場から飛び去った。
◆ ◆ ◆
一方こちらは日向、本堂、シャオラン、スピカ、ミオンの五人。
五人は変わらず、ロストエデンと交戦中だ。
ロストエデンは大きく腕を振り上げ、前方にいる本堂とシャオランを叩き潰そうと拳の鉄槌を振り下ろす。右、左、再び右と連続で。
直撃を受ければ、一発で道路のシミにされる。
しかし二人は持ち前の機動力を活かし、ロストエデンの拳を回避し続ける。
「ロストエデンは、倒しても更に強くなって復活する。まともに相手をする必要は無い」
「コーネリアスがレオネ祭司長を倒すまで、ロストエデンが邪魔しないようにボクたちが引き付ける!」
二人とも電撃や風の練気法”衝波”などで牽制程度の攻撃はするが、積極的にロストエデンにダメージを与えることはせず回避に徹する。
そんな二人が煩わしくなったか、ロストエデンが次なる攻撃を仕掛ける。二人の周囲に、緑色に光る大きな蕾を咲かせたのだ。
「爆発する蕾か」
「そこらじゅうに咲いてるよ! 回避の移動先にも注意して!」
緑の蕾が花開き、次々と爆発する。
その爆発に巻き込まれないよう、二人はまだ爆発しない蕾を見極めつつ回避を続ける。
だが、ここでシャオランの動きが止まる。
彼の足に、道路を覆うように生えていたツタが絡みついていた。
「やばっ、ヴェルデュ化した植物だ……!」
幸い、シャオランの現在位置には緑の蕾は生えていないのだが、ロストエデンが直接シャオランを叩き潰しにかかった。その巨大な右拳を振り上げ、シャオランめがけて振り下ろす。
地の練気法”大金剛”で防御を図るシャオラン。
だがその直前、動けないシャオランのもとにミオンが駆けつけてきた。
ミオンは全身から燃えるような赤色の気質を発する。”火の練気法”だ。
そして、振り下ろされたロストエデンの右拳を、踏み込みながらの重ね掌底で打ち上げる。
「はいっ!!」
ミオンとロストエデンの拳の衝突は凄まじいものだった。
衝撃の余波で、周囲のビルのいくつかの窓ガラスにヒビが入ったほどだ。
そして、打ち勝ったのはなんとミオン。
赤い気質の発散と共に、ロストエデンの右拳をはじき返した。
「し、師匠、やっぱすごい……」
「うふふ。まだまだシャオランくんには負けないわよ? さ、それより早く、今のうちに足のツタを剥がしなさいな」
「う、うん!」
シャオランは練気法で強化した筋力で、足に絡みついたツタを引きちぎる。
その後、再びロストエデンが右拳を振り下ろしてきたが、今度は師弟そろってその場から飛び退き、回避した。
ここで、どこからともなく蟲のヴェルデュの群れが集まってきた。一匹一匹が人間の手ほどの大きさがあり、強靭な顎を持つ肉食虫のヴェルデュである。集られたら肉を貪られ、一瞬で骨にされてしまうだろう。
無数の個体が集まって形成される群体の怪物に、拳で殴ったり剣で斬ったりするのは非常に効率が悪い。大火力で一掃するのが定石だ。それは本来なら北園の役目なのだが、その北園はもういない。
なので日向が”紅炎奔流”を放ち、蟲のヴェルデュたちを焼き尽くした。
「邪魔するな!」
「ブブブ……」
「よし、片付いた。けど……意気込んで戦闘を始めてみたのはいいものの、俺の火力じゃ下手するとロストエデンを倒してしまいかねない。倒したらパワーアップしちゃうからな。さてどうしたものか」
……と、ここで日向が持っている通信機が受信音を鳴らす。
連絡を入れてきたのはジャックだ。
『おうヒュウガ! そっちはどんな調子だ? こっちは今、レイカと交戦中だ! コイツが悔しいことにかなり強くてな! コーネリアスとエヴァにも戦ってもらってる! そういうわけで、とてもレオネの狙撃どころじゃないってこった!』
「いつまでもロストエデンが止まらないと思ったらそういうことか! ロストエデンの攻撃も激しい。ずっと耐久戦は続けられない。すぐにでもレオネ祭司長を仕留めてほしいところだけど……」
その時、日向のもとに日影が飛来。
”オーバーヒート”で紅い軌跡を描きながら、日向の近くに着地した。
「お、日影。……ええと、その、北園さんはどうなった?」
「心配そうな顔してるな。安心しろ……っつっていいのか微妙なところだが、まだ北園は死んでねぇ。仕留め損ねちまった。傷は負わせたからしばらくは引っ込んでるだろうが、またすぐ復帰するだろうな。アイツには”治癒能力”がある」
「そっか。北園さんは、まだ……」
ここで日向は考える。
ジャックたちがレオネ祭司長を狙撃できなくなった以上、ここからどうするか。
いずれ再び日向たちを攻撃してくるであろう北園のことも対策を練らなければならない。
時間にして五秒強ほど。
しばらく沈黙した後、日向は口を開いた。
「北園さんは……俺が止めておく」