第1541話 かつて仲間だった少女
レオネ祭司長を狙撃しようとしたコーネリアスだったが、レイカが駆けつけて阻止してきた。
現在、ジャック、コーネリアス、エヴァの三人は、奇襲を仕掛けてきたレイカと向かい合い、戦闘態勢をとっている。
レイカは、政府市庁舎にいた時と比べて、姿が少し変わっていた。
右腕にいくつか生えていた極小の百合のような花は、今では彼女の右腕全体を包み込んで真っ白になっている。肩口のあたりは特に花弁も大きめで、小さめの白いマントをかけているようにも見える。
右腕だけを包み込んでいた緑のツタは、今は彼女の全身を覆っているようだ。彼女の衣服の破れた箇所、その下に見えるのは肌色ではなくツタの緑色である。タートルネックの首元からもツタが伸びており、その先端は彼女の顔の下部にまで到達している。
通常の人型ヴェルデュや虫類ヴェルデュと比べたら、まだレイカとしての原型は留めている。だが、もう完全にヴェルデュに堕ちてしまったということは十分過ぎるほどに伝わる。そんな外見だった。
二丁のデザートイーグルをレイカに向けながら、ジャックは彼女に声をかけた。
「よぉレイカ。しばらく見ないと思ったら、ふざけたタイミングで顔見せやがって」
「地上から、あなたたち三人が飛んでいるのが見えたんですよ。絶対にロストエデンを狙撃するポイントを探しているんだろうなと思って、急いで追いかけてきました。間に合ってよかったです」
「よかったじゃねーよこのヤロー。それで……やるんだな? 俺たちと」
最後の確認。
三年間、肩を預け合った戦友と、ここで雌雄を決するための。
さすがのレイカも少し寂しそうな表情をしたが、ハッキリとジャックたちに向かって答えた。
「……はい。正直なところ、自分でもこんなこと言うなんて、以前の私じゃ絶対にありえないっていう自覚はあります。でも、それでも、今の私には、他の全てを犠牲にしてもいいと思えるほどに、私の中の友達が大事なんです。ロストエデンが倒された時、私もヴェルデュとして一緒に滅びるのは構わない。でも、この友達と永遠の別れになってしまうのは嫌だ。そう思ってしまうんです」
「そうかい。ま、くだらない物欲とか思想で暴走するんじゃなくて、ただ純粋に友達のためっていうのが、ヴェルデュになっても相変わらずオマエらしいな」
「相変わらずと言えバ、ヴェルデュになっても胸は進化しなかったようだナ」
「ちょっとー!? それは聞き捨てならないですよ少尉!?」
「やめてやれよコーディ。きっとレイカもついに自覚したんだ。胸が大きいレイカなんざレイカじゃないってな。だからあえて胸を進化させなかったんだろ。俺には分かる」
「何一つ分かってませんよっ! この戦いが終わったら、そっちの方も進化してみせますからね!」
「今の死亡フラグだよな?」
「死亡フラグだったナ。ドジな部分も進化では治せなかったカ」
「こ、このお二人は! ああ言えばこう言う!」
思わず昔のノリでツッコむレイカ。
しかしその後、急に吹き出し、そして笑い出した。
「……っふふ。ふふふっ。あぁ、ありがとうございます。皆さんを裏切ってから、こうして以前みたいに楽しい話ができるなんて、もう二度とないだろうなって思っていましたから」
「そうだな。満足したか?」
「ええ。おかげさまで。これで……もう何の心残りもなく皆さんを斬れます」
そう告げて、レイカが刀を構えた。
ジャック、コーネリアス、エヴァの三人も、それぞれの武器を構えなおす。
「ジャック。よろしいのですね?」
「ああ。悪ぃなエヴァ。俺たちの因縁に付き合わせちまって」
「構いません。それに、私もレイカには良くしてもらいました。お二人ほどではありませんが、私も彼女とは決着をつけたかった」
「そうかい。歓迎するぜ同志。コーディもいけるな?」
「無論ダ」
「オーケー。そんじゃ……ケリつけっか、レイカ。俺たちの三年間に」
「ええ。終わらせましょう。私たちの三年間を」
一陣の風が、このタワーマンション屋上を吹き抜ける。
ジャックが左右のデザートイーグルの引き金を引いた。
放たれた二発の銃弾をレイカが刀で打ち払い、ジャックめがけて斬りかかった。
◆ ◆ ◆
一方その頃。
リオデジャネイロの街の一区画で、大きな爆発が起こる。
その爆発による黒煙が晴れると、その中には日影がいた。
彼は両膝をついて、ぐったりとその場で倒れてしまった。
「かはッ……はぁ……ぐッ……!」
その日影を見下ろす、北園とロストエデン。
北園はロストエデンの左肩に乗りながら、日影に声をかけた。
「すごいね……。私とロストエデンを同時に相手して、ここまで耐えるなんて」
「防御と逃げに徹すれば、まぁこんなもんだ……。はぁ……はぁ……」
「でも、ここまでは耐えたけど、ここからはどうかな?」
北園がそう言うと、ロストエデンが右腕を振り上げた。
日影を叩き潰すつもりなのだろう。
「ちッ……!」
すぐに”オーバーヒート”を再発動し、この場から離れようとする日影。
しかし、それよりも早く北園がロストエデンから飛び降りて日影の前方に着地。そして日影を凝視した。
「逃がさないよ」
北園に凝視されると、日影の全身から赤色の棘が無数に生える。
先ほども披露した、超能力で彼の血液を氷柱にする技だ。
「ぐああああッ!?」
”オーバーヒート”は発動できず、日影はその場に倒れてしまう。
そして、ロストエデンの右拳が振り下ろされる。
「クソッたれ……!」
「勝った……! さよなら、日影くん……!」
……だが、その時。
日影のすぐそばに、シャオランが駆けつけてきた。
シャオランは”空の気質”の領域を展開。
その領域にロストエデンの右拳が侵入した瞬間、彼は右拳を振り上げる。
「通天炮ッ!!」
天まで届くかと思うほどの衝撃音が鳴り響いた。
ロストエデンの拳は、シャオランの拳の威力によって相殺され、止められていた。
すると今度はミオンがやって来て、ロストエデンに向かって右の手のひらを勢いよく突き出す。
「”如来神掌”!!」
彼女の手のひらから、ロストエデンにも負けないほどの巨大な衝撃波が発せられる。
ロストエデンはこの衝撃波を真正面から受けた。
その結果、ロストエデンの巨体がわずかに浮き上がり、地響きと共に背中から道路の上に倒れた。
それから遅れて日向、本堂、スピカの三人もこの場に姿を現す。
日向は日影のもとへ駆け寄り、彼を助け起こした。
「日影! 大丈夫だったか!?」
「大丈夫に見えるか? ったく……。勝手に抜けるわ、来るのは遅ぇわ……」
「わ、悪い。これには色々と理由が」
「どうせ北園がヴェルデュになっちまって絶望してたとか、そんなとこだろ?」
「み……見事に言い当てられて何も言い返せない」
「ふん。……向こうで何があったのかは後で聞かせてもらう。今は、目の前の状況が優先だ」
日影に言われて、日向は前方へ目を向ける。
そこには、日向を見つめる北園の姿があった。
「来ちゃったんだね……日向くん……」